.国際  投稿日:2018/6/28

「恐怖」こそカギ 金正恩氏が懇願した会談 米朝首脳会談総括 その2

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古森義久 (ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

 

【まとめ】

・北朝鮮側が首脳会談を懇願した事実は致命的に重要。

・金正恩氏の「恐怖」が国是の「核保有」放棄がを約束させた。

首脳会談をアメリカ側の失敗とする解釈は浅薄。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40688   で記事をお読みください。】  

 

 米朝首脳会談の結果を判断するには、まずその会談の原因を再認識することが欠かせない。この連載の第1回で説明したとおりである。あえて繰り返すならば、米朝首脳会談の開催を求めたのは金正恩朝鮮労働党委員長の側だという事実の重みである。米朝関係の構造的な変化をまず明示してみせたのは北朝鮮の側だという現実の意味は大きい。

 

トランプ大統領の側は今年3月に入って、金正恩氏が首脳会談を求めているという情報を韓国政府特使から伝えられるまで、そんな会談への前進の姿勢など、まったくみせていなかった。「最大圧力」と「軍事オプション」の政策標語の下にひたすら北朝鮮が核兵器を放棄することだけを要求していたのだ。

 

米朝首脳会談へと通じた道では、あくまで金正恩氏の側が韓国政府代表を通じて、アメリカ側に非核化の意向を明示したうえで、会談の開催を求めたのである。

 

 しかもトランプ大統領は会談の開催に合意した後、一度は「そんな会談には応じない」とキャンセルの意を表明した。北朝鮮側によるマイク・ペンス副大統領や、非核化問題でのトランプ政権の政策の中核となるジョン・ボルトン大統領補佐官へののしりが発せられたことに反発して、米朝首脳会談の中止を宣言したのである。

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写真)ジョン・ボルトン大統領補佐官(左)とマイク・ペンス副大統領(右)
出典)ジョンボルトンTwitter

 

北朝鮮側は外務次官の名の下にペンス副大統領を「政治的なバカ」と誹謗した。ボルトン補佐官に対しては「いやらしい人物」というののしりを浴びせた。北朝鮮当局はボルトン氏に向かって「人間のクズ」と悪口雑言を浴びせたこともあった。その誹謗の再現だったのだ。

 

北朝鮮のこの種の誹謗は正規の会談の前に敵側の攪乱を図る常套手段である。敵側の内部の分断を図る。敵側に過大な期待を抱かせる。敵側に北朝鮮側には大きな譲歩がありそうなことを示唆する。逆に北朝鮮側が公式の会合自体を拒みそうだという印象操作をする。とにかくありとあらゆる手段で相手側の内部を公式の行事の前に揺さぶるという戦術である。

 

だがトランプ政権はその戦術には引っかからなかったといえる。トランプ大統領は公式の行事である米朝首脳会談自体の中止を一気に宣告したからだった。北朝鮮側には明らかにトランプ大統領側にはもうここまできた以上、さらには史上初の米朝首脳会談の開催をここまで宣伝した以上、逆戻りは決してできないだろうという計算があったようだ。だからこそトランプ大統領のいまの側近中の側近のペンス副大統領とボルトン補佐官とを口汚くののしっても、会談の開催自体は変わらないと読んだのだろう。

 

この誹謗に激怒をみせたトランプ大統領の米朝首脳会談のボイコット宣言は強固そのもの、まったくの妥協の余地がない口調だった。5月24日のことである。北朝鮮の攪乱戦術はトランプ政権には通用しなかったのだ。かえって激しい反撃をくらう形となったのである。

 

北朝鮮はあわてふためいた反応をみせた。トランプ大統領の首脳会談キャンセル宣言のわずか半日後に、会談の開催を懇願したのだ。5月25日、北朝鮮当局はトランプ大統領に会談にのぞむことを文字どおり懇願したのである。「いつでも、アメリカ側の望むいかなる方式でも」とまでへりくだるという態度だった。しかも、あくまで非核化はしますよ、という姿勢だった。この懇願にトランプ大統領はそれなら応じるという様子で対応したのである。

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写真)首脳会談に臨む金正恩北朝鮮委員長とトランプ米大統領
出典)ドナルドトランプFacebook(2018年6月12日)

 

北朝鮮が非核化に応じることを大前提としてトランプ大統領と金正恩委員長との会談を再度求めたのである。繰り返しとなるが、この基本的な事実の認識は会談自体の総括を試みるうえでも致命的に重要なのだ。

 

北朝鮮がこれまでの「核兵器保有」という国是とも呼べる基本政策の放棄や修正を約束してまで、しかも年来の高圧的、好戦的な態度を一転させてまで、なぜ熱心にトランプ大統領との一対一の会談を望んだのか。

 

その理由は簡単にいえば、金正恩氏が自分自身や自己の政治体制への危険を恐れ、その存続を望んだからである。金正恩氏の恐怖だったのだ。ではなぜそんな恐れが生まれたのか。その原因はトランプ政権の「最大圧力」と「軍事オプション」である。この点での金正恩氏の心理を科学的に証明する方法はないが、客観状況や消去法での分析はこの因果関係を明示する。

 

2018年1月に金氏が世界各国の北朝鮮大使館に「トランプ政権による北朝鮮軍事攻撃の可能性について至急、調査せよ」という命令を出したという報道も、完全な確認こそできないが、「金正恩氏の恐怖→→トランプ大統領との首脳会談の切望」という因果関係を指し示す。

 

 金氏が急に電源のスイッチの入った電気人形のようにあたふたと中国の習近平主席や韓国の文在寅大統領と会談を重ねたことも、自己生存のために他国をタテとして巻き込んで、アメリカの攻撃をとにかく防ぐため、という説明が最も説得力を持つようにみえた。ワシントンの官民の専門家たちの見解もこの因果関係では程度の差こそあれ、一致している。要するにトランプ政権の風変りだが強硬な姿勢に金正恩氏が恐怖を感じ、前例のない妥協や譲歩の構えをみせ始めた、ということである。

 

 このような米朝首脳会談開催までの流れの経緯と構造を知っておくことは同会談の成果や意味を測るうえで欠かせない。会談後の共同声明に非核化の手続きの具体的な語句が入っていないから首脳会談自体がアメリカ側にとって失敗だったとするような解釈は、「木だけをみる」という浅薄な断定に思える。上記のような「森」にあたる全体像を考慮の要素に入れていないからである。

(その3に続く。その1。全5回)

写真)首脳会談に臨む金正恩北朝鮮委員長とトランプ米大統領(2016年6月12日)
出典)The White House Twitter

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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「危うし!日本の命運」「中・韓『反日ロビー』の実像」「トランプは中国の膨張を許さない!」など多数。

古森義久

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