非核化交渉の障害はトランプ氏
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー2018#32
2018年8月6-12日
【まとめ】
・北朝鮮は米への飴と鞭で「非核化」切り札の温存図る。
・交渉の最大障壁はトランプ氏。北朝鮮は氏を利用し尽くすつもり。
・日本は「最大限の圧力」の立場維持を。米中間選挙後に動きあり。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41457でお読み下さい。】
あの「歴史的」な米朝首脳会談から2カ月経ったが、北朝鮮非核化交渉の進展はあまり芳しくない。筆者の周辺では、今回の首脳会談を北東アジア和平の「重要な第一歩」などと礼賛するばかりか、「鉄は熱い内に打て」とばかり、日本も対北朝鮮政策を変更すべではないかといった驚くべき意見すらあった。
しかし、本当に北朝鮮の「鉄」は「熱かった」のだろうか、そもそも打つべき「鉄」はあったのか、「鉄」よりも打つ「ハンマー」の方が先に熱くなってしまったのではないか。こんなことをジャパンタイムスの英語コラムに書いてみた。ご関心の向きはご覧頂きたい。
6月12日の米朝首脳会議直後、筆者は米朝交渉をボクシングに例えた上で、1Rは北朝鮮の粘り勝ちだが、2R目は未知数と書いた。しかし、今振り返ってみると、2Rはまだ始まっていない気がする。そもそもリング上では何も起きていないのではないのか。こんなことで3Rは始まるのか。北朝鮮の意図を改めて推測しよう。
北朝鮮には非核化する気が全くないとまで言い切る自信はないが、少なくとも「北朝鮮の核兵器と開発計画の廃棄」なるものは最後の切り札として、交渉の最終段階まで温存する可能性が高いのではないか。北にとってトランプ氏のような交渉相手は飛んで火に入る夏の虫であり、最後まで利用し尽そうとすることは間違いなかろう。
▲写真 トランプ米大統領 出典:The White House Frickr
政治的に見れば、トランプ氏は中間選挙まで北朝鮮との交渉について失敗を認めることができない。あくまで成功していると言い続けるしかないからだ。そのような状況の下で北朝鮮が「切り札」を温存するには、飴と鞭が必要だ。米兵士の遺骨返還は飴であり、ミサイル開発報道は鞭を象徴している。こうした傾向は当面続くだろう。
▲写真 北朝鮮から返還された朝鮮戦争で戦死した米兵の棺。65年ぶりの米本国への帰還をペンス副大統領が迎えた。(2018年8月2日ハワイ)出典:White House Facebook
トランプ政権内の温度差が大きくなりつつあることも気になる。これは北朝鮮だけでなく、対ロシア政策についても同様だ。北朝鮮の「段階的」「同時進行」を重視する交渉態度についてトランプ氏以外の米政府関係者は苦々しく思っていることだろう。交渉の最大の障害はトランプ氏自身であり、それは米国内政とも密接な関連がある。
日本は北朝鮮にどう向き合うべきか、とよく聞かれるが、日本は何が起きても動揺せず、「最大限の圧力」という今の立場を続けるべきだ。拉致問題進展のチャンスは必ず来る。それまでは北と接触を続け対話の可能性を探るしかない。米朝交渉が停滞すれば、北朝鮮の優先順位も変わる。中間選挙後にまた動きがある筈だ。
▲写真 日米首脳会談(2018年4月18日米・フロリダ州)出典:安倍首相Facebook
北は今後も核弾頭とミサイルの全ての面で秘密裏に開発計画を維持する可能性が高い。小型化、高性能化を進めると同時に、米との和平交渉を模索するだろう。これを止めるためには幾つか条件がある。米国には戦略的判断ミスを行わないよう働きかけ、中国には北に対する圧力を継続させ、韓国には前のめりの危険を諭す。言うは簡単でも実行は難しいだろうが・・・。
〇 欧州・ロシア
西欧は今週も本格的夏休みで特記すべき事項はない。
〇 中東・アフリカ
7日に米国の対イラン制裁が強化される。第1弾は自動車や鉄鋼などだが、11月には第2弾となる石油や金融の猶予期間も終わるという。その後もイランと取引を続けた企業には制裁金や米国での商業活動禁止が課されるのだろう。イラン国内が騒がしくなりつつある今、筆者にはイラン内政の動きが最も気になるところだ。
〇 東アジア・大洋州
今週は広島と長崎の週だ。国連事務総長が訪日し、安倍首相とも会談する。
〇 南北アメリカ
トランプ氏は2016年米大統領選中に長男がロシア人弁護士と秘密裏に面会した目的はクリントン民主党候補に不利な情報を得るためだったと認めたそうだ。あれあれ、以前はロシアの法律について話しただけと言っていたのに・・・。「完全に合法」だと主張するが、これがトランプ陣営とロシアとの合作でなくて何なのか?
ベネズエラで大統領の演説中に爆発物を積んだドローンが爆発した。同国政府は大統領暗殺が目的と断定したそうだ。犯行はコロンビアやベネズエラ亡命者が多く住む米フロリダ州との関係が疑われる右派勢力との見方だが、大統領暗殺計画にしてはちょっとお粗末ではないか。
〇インド亜大陸
4日からインドの対外関係相がキルギスとウズベキスタンを訪問する。16世紀初頭から北インド、17世紀末から18世紀初頭にはインド南端部を除くインド亜大陸を支配し、19世紀後半まで存続したムガル帝国の起源は中央アジアだったことを知れば、こうしたインドの動きもより深く理解できるだろう。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像:米朝首脳会談(2018年6月12日シンガポール)出典 White House Facebook
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。