トランプ叩きの危険性
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・安倍首相の外交スピーチライター著書が指摘するトランプ叩きの非常識。
・トランプ氏への罵詈雑言は米民主主義を貶め、草の根米国人を罵るに等しい。
・安倍首相のNY単身乗り込みは、自らの心眼でトランプ氏を見極めるため。
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安倍晋三首相や安倍政権の実態に内部から光を当てた、興味ある本が出版された。安倍首相の至近に長年あって、外交スピーチライターを務めてきた谷口智彦氏が書いた『安倍晋三の真実』(悟空出版)という書である。内容は盛りだくさんだが、とくに注目されるのは日本の一部にあるトランプ大統領へのののしりに対して、安倍首相自身の考えとして「トランプ氏を生み出した米国民主主義までを貶める」と非難している点だった。
▲写真 谷口智彦氏 出典:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科
『安倍晋三の真実』の著者の谷口氏は2013年に第二次安倍政権に入り、内閣審議官として安倍首相の英語での外交演説の草案づくりを手がけてきた。あくまで安倍首相自身が演説の骨子を作成するとはいえ、谷口氏が文章を起草し、アメリカ議会、国連総会、オーストラリア議会などでの英語演説を作ってきた。
▲写真 「安倍晋三の真実」(悟空出版)出典:amazon
谷口氏は現在は内閣官房参与という肩書だが、これまで一貫して安倍首相の近くにいて、頻繁で密接な協議を重ね、主要な対外演説の草稿を完成させてきた。谷口氏は「日経ビジネス」で編集委員やロンドン特派員を務めたジャーナリスト出身で、その後、学究生活や外務省副報道官という職歴を経て、安倍首相に起用された。
同書は安倍氏の言動や思考を多様な角度から紹介しているが、最も大きな比重をおいた点の一つは安倍氏とトランプ大統領との関係だった。同書は安倍氏がドナルト・トランプ氏という人物を政治リーダーとしてきちんと認め、しかも敬意を表して、信頼関係を築いていったことについて、以下のように伝えていた。
「安倍総理が自らに問う問いとは、『誰が米国の大統領であれ、その大統領と、最も強い関係を結ぶには、自分はなにをなすべきか』という、いつも自分の課題として戻ってくる問いです。それ以外ではあり得ません」
「安倍総理はドナルド・トランプ氏が大統領になったときには、トランプ氏の懐へと真っ先に飛び込み、堂々と日本の立場を説明したうえ、トランプ氏に『シンゾー、お前はウォリアー(武士)だな』、『いざとなったら尖閣も含め、日米安保条約の規定通りに日本を守る』と言わせたことです」
だが、日本側一般ではトランプ大統領を非常に厳しくこきおろす論評がなお盛んである。トランプ大統領の政策を批判するならまだわかるが、人格そのものを誹謗といえる悪口雑言でののしる。しかも外交やアメリカに詳しいとされる特定「識者」たちのトランプ叩きなのだ。私自身が最近の日本のメディアで聞いたり、読んだりしただけでも以下のような実例があった。標的はみなトランプ大統領である。
「無知で愚かだ」
「精神年齢が低い」
「野卑である」
「英語は小学生並み」
「安全保障をなにもわかっていない」
「殿、ご乱心」
こういう言葉をいきなりぶつけるのだから、人格攻撃を越えて、ヘイトスピーチ(憎悪表現)にも近い。同じ言葉を日本の政治家の固有名をあげて、浴びせたらどうかを考えれば、その非常識は明白である。
▲写真 米大統領選に勝利したトランプ氏@Fayetteville North Carolina(2016年12月6日)出典:トランプ大統領Twitter
このようなトランプ誹謗に対して『安倍晋三の真実』の著者の谷口氏は安倍氏自身の思考を反映させる形で次のように述べていた。
「ドナルド・トランプ氏を悪しざまに言う人たちは、トランプ氏を熱い思いで支持した草の根の米国人たちに向かって、罵詈雑言を投げかけるに等しいわけです。トランプ氏を生み出した米国民主主義まで、貶めようというのか」
「安倍総理は2016年11月、大統領選挙当選早々のトランプ氏を、ニューヨーク・マンハッタンのトランプ・タワー最上階に通訳1人を伴っただけで単身訪れたとき、まずは氏を大統領に就けた米国制度に依然として深い敬意を示していました。他方、メディアのかまびすしいトランプ報道にはあえて耳を傾けず、自分の心眼でトランプ氏を見極めようとして会いに行ったのです」
▲写真 アンドリュー空軍基地に向かう大統領専用機内での日米首脳(2017年2月10)。トランプ大統領就任直後にも安倍首相は訪米した。出典:トランプ大統領Twitter
安倍首相側のこの対トランプ認識は前記の悪口雑言とはあまりに対照的である。確かにトランプ氏がどんな資質の人物であっても、世界でおそらく最も民主的なアメリカ大統領選挙で選ばれた国家元首なのである。その外国の最高指導者を日本の外交官崩れが「無知で愚かだ」などとこきおろすことは、その元外交官たちが最近まで仕えていた安倍首相の態度とくらべると、ますます非常識にみえてくる。
トップ画像:日米首脳会談ワーキングランチ@米・フロリダ州(2018年4月18日)出典 首相官邸英語版Twitter(PM’s Office of Japan)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。