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.政治  投稿日:2018/10/12

首相を脱走犯に例える朝日の自暴自棄


 

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・朝日編集委員が安倍首相を強盗、強制性交罪の脱走犯に重ねるコラム。

・犯罪行為と首相の義務と権利の行動を結びつける異様さと気持ち悪さ。

・安倍政権打倒に失敗した朝日の自暴自棄のふてくされた言動。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42455でお読みください。】

 

民主的に選ばれた日本の首相を強盗致傷、強制性交罪、窃盗罪の犯罪容疑者に重ねる。自分の嫌いな相手を叩くためには、どんな下劣な言辞もためらわない。朝日新聞も堕ちたものである。こんな感想を抱かされるコラム記事を10月8日付の朝日新聞朝刊で目にした。(リンクはWeb版、有料記事)

朝日新聞が自分たちの嫌いな敵をナチスにたとえる手法についてはこれまで何度も書いてきた。朝日のこの手口はとくに安倍晋三首相やその支持者に向けられる。安倍首相もその支持者も他民族大量虐殺のナチスとはなんの関係も、共通点もないことはいうまでもない。

だが朝日新聞は自分たちの嫌いな相手のイメージをとにかく悪くするために、悪魔の手でも、鬼の手でも借りるようだ。この手法は欧米の言論界では「悪魔化」とも評される。すでに邪悪の断定が決まっている過去の人間や集団を引き出して、その悪のイメージを現在の自分たちの論敵に押しつける。

さて、その朝日新聞がこんどは安倍首相を脱走犯人に重ねているのには、呆れ果てた。脱走犯というのは通俗的な言葉である。正確には「勾留中に脱走した犯罪容疑者」というべきだろう。そう、最近、世間を騒がせた樋田淳也容疑者である。同容疑者は窃盗容疑などで大阪府警富田林署に逮捕され。拘束されている間に8月12日に脱走して、行方をくらました。

▲写真 大阪府警富田林警察署 出典:大阪府警ホームページ

樋田容疑者はたくみに姿を消していたが、9月29日、山口県内で捕まった。48日間もの逃走だった。同容疑者は脱走してから盗んだ自転車で日本一周の旅をするような偽装をしていたという。

さてこんな事件を使ってまで安倍首相を叩くという朝日コラムは「政治断簡」と題され、筆者は編集委員の高橋純子記者だった。見出しは「逃走中なのか 挑戦中なのか」だった。この見出しは樋田容疑者と安倍首相への共通の批評のつもりなのだろう。

このコラムの冒頭をまず紹介しよう。

≪見るともなくつけていたテレビから「『逃走中』を『挑戦中』と偽り……」と聞こえてきた。はて何事かと目をやると、画面には警察署から逃走して盗んだ自転車で「日本一周」していたとされる容疑者の笑顔、別人としての人生を謳歌(おうか)していたに違いない充実の笑顔が映しだされていた。

逃げているのか。

挑んでいるのか。

その境目は実はさほど明確なわけではなく、何かから逃げている人は、何かに挑んでいる人として在ることも可能だということなのだろう。逃げるには挑むしかない――≫

高橋記者のこの記述も異様である。脱走した犯罪容疑者、しかも強盗や窃盗や強制性交、さらには逃亡による加重逃走罪という容疑を重ねてきた脱走犯を「人生を謳歌」「充実の笑顔」などと、まるでヒーロー扱いなのだ。法を破って脱走する行動を「何かに挑む人」として礼賛のように表現する。

だがこのコラム記事が本当に異様であり、気持ち悪いのは以下の記述からである。逃走犯のことを以上のように持ち上げたうえで、いきなり次の文章につながっていったのだ。

≪おや、いつの間にか私は安倍政権の話をし始めてしまっていたようだ≫ 

つまり冒頭の部分で逃走犯のことを述べているようにみえて、実は安倍政権の話をしていた、というのである。安倍政権というより、安倍晋三首相を樋口容疑者にぴったりと結びつけているのだ。この連結はどう考えても異様だろう。日本の国民が民主的な手続きを踏んで選ぶ政府の長が犯罪者と同じだというのだ。

ではその根拠はというと高橋記者の情緒的な思いつきふうの言葉の羅列だけだった。要するに首相と犯罪容疑者をあえて重ね、結びつけ、同類項扱いすることの客観的な根拠も理由もゼロなのである。

▲写真 第96代内閣総理大臣に選出された安倍氏(2012年12月26日)出典:安倍晋三facebook

同コラムは以上、紹介した部分の後はすべて安倍首相と安倍政権に浴びせる悪口だった。次のような言辞が並んでいた。基本的にはみな安倍首相にぶつけられた言葉だといえる。

≪ブレーキを踏まない≫

≪説明責任を果たすことから逃げ―≫

≪悪路であえてエンジンをふかす≫

≪自らを挑戦者のごとく演出するのがうまい≫

≪勝手に走り出したことを棚に上げて―≫

こんなとにかく安倍首相をののしりたいという嫌悪だけがあらわで、意味の不明な言葉ばかりが並べられているのだった。こんな安倍評と逃走犯人とどんな共通項があるのだろう。逃げているのか、挑んでいるのか、高橋記者にとってはわからないという点がどうも共通項らしい

だがその前提としては逃走犯の今回の行動は最初から最後まで犯罪行為だったのに対して、安倍首相の行動はかりにも日本国の首相としての義務や権利の結果なのだ。この二つのまったく次元の異なる行動と、異なる人間とを結びつけるという高橋記者の発想はどうみてもまともとは思えない。

朝日新聞も安倍攻撃にありとあらゆる手を使い、その打倒は失敗に終わった。そのあげくに、こんな支離滅裂、意図不明のコラムが出てくるというのは、なにか自暴自棄の人間のふてくされた言動とも思えてくるのだった。

トップ画像:朝日新聞本社 出典 flickr by Lazaro Lazo


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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