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.社会  投稿日:2018/12/16

クラウンセラピー ちょんまげ院長の試み


上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・新村先生の「高齢者向けクラウンセラピー」大人気。

・ホスピタル・クラウン産みの親・パッチアダムスの7つの信条。

・ホスピタル・クラウンは臨床研究で有効性が証明されている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43251でお読みください。】

 

ちょんまげ姿で患者の自宅をまわる病院長がいる。福島県いわき市のときわ会常磐病院新村浩明院長だ(トップ写真)。

「今日の調子はどうですか?」

「お変わりないですか?」

新村院長は病院スタッフとともに、笑顔で患者宅や介護施設を訪問する。患者の多くは高齢者だ。高齢夫婦、あるいは独居も珍しくない。新村院長は「驚くのですが、この格好でいくと笑顔になって、患者さんとの会話が弾むことが多いのです」という。患者からは「次はどんな格好でくるの?」と質問されたり、「帰らないでもっといてください」と言われたり、さらに「今日は泊まっていきませんか」と誘われることもあるという。

新村院長は、仮装訪問を201412月にはじめ、現在に至るまで毎月一回の頻度で続けている。院長が仮装して、患者宅を訪問することに、どんな意味があるのだろうかと疑問に感じる方も多いだろう。

新村院長にも「はしゃぎすぎ」や「公益財団法人が経営する病院院長として品がない」、「衣装代は無駄遣い」という批判も寄せられたそうだ。

新村院長も批判は堪えたようだ。ただ、新村院長は「実際に患者さんに会うと手応えを感じた」という。診療報酬請求が発生する、当初の仮装での「往診」という形は取りやめ、「ボランティア」で患者宅を訪問することにした。新村院長および彼を支えるスタッフの熱意を感じる。

実は、このような手法は小児医療の分野では、有効性が確立している。クラウンセラピーと呼ばれるものだ。「クラウン」とは道化師(ピエロ)のこと。病院を訪問するクラウンのことをホスピタル・クラウンという。特別な訓練を積んだクラウンが病院を訪問し、ユーモアを用いて患者を励まし、気分を持ち上げる。

最初のホスピタル・クラウンは、米国の医師であるパッチ・アダムスだ。その活動は1998年にロビン・ウィリアムス主演、トム・シャドック監督で『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』が映画化されており、ご存じの方も多いだろう。

パッチ・アダムスは、1971年にヴァージニア医科大学を卒業すると、ウェストヴァージニア州のポカホンタスに「ゲズントハイト・インスティテュート」を立ち上げた。これは「お達者で病院」という意味だ。彼は、この施設の診療でホスピタル・クラウンを取り入れた。

▲写真 パッチ・アダムス 出典:Wikimedia Commons

ウィキペディアによれば、彼は「7つの信条」を示しているが、その筆頭は「ひとをケアする理由はただ一つ。人間を愛しているからです」と記されている。ホスピタル・クラウンの目的を知る上で示唆に富む。わが国にも、特定非営利活動法人日本ホスピタル・クラウン協会という組織が存在し、2003年から活動している。

同協会の大棟耕介・理事長は、1992年に筑波大学の体育専門学部を卒業し、その後、名古屋鉄道に入社した。1998年には有限会社プレジャー企画を立ち上げ、クラウンや似顔絵師の派遣を始めた。2003年にはクラウンの世界大会(WCAコンペ)のシングル部門で2位に入賞した。

大棟氏がホスピタル・クラウンに関心を抱いたのは、2005年にパッチ・アダムスのロシア病院訪問ツアーに参加したときだ。これ以降、本業のクラウン派遣業とは別に、ボランティアでホスピタル・クラウンとして入院中の子どもに接している。活動について、ご興味のある方は、Youtubeで「大棟耕介で検索して頂きたい。多くの動画がアップされている。かくの如く、多くの先進国でホスピタル・クラウンが広まりつつある。

実は、ホスピタル・クラウンについては、小児医療の分野で、多くの臨床研究が実施され、有効性が証明されている。2016年にはフィジーの研究者が、過去に報告された19のランダム化比較試験をまとめたメタ解析(複数の臨床研究の結果をまとめて分析)を報告した。19の臨床試験は、外科手術などの侵襲的な処置を受ける小児を対象に、クラウンセラピーを受ける群と、受けない群に無作為に割り振った。メタ解析では、クラウンセラピーを受けた群で、不安スコアは平均して17%減少していた。

話を新村院長に戻そう。常磐病院の非常勤内科医である谷本哲也医師は「新村先生の仮装訪問は、高齢者向けのクラウンセラピーと見做すことも可能だ」という。新村院長は、銭形平次や水戸黄門などに仮装する(写真1)。

▲写真1 銭形平次の姿で患者宅を訪問する新村院長 出典:著者

かつて、ゴールデンタイムに放映された人気番組の主人公だ。高齢者にとって身近な存在だ。ところが、最近、銭形平次や水戸黄門を目にする機会はめっきり減ってしまった。新村医師扮する彼らに出会った高齢者に、どのような医学的な影響があるか、興味深い研究テーマでもある。

谷本医師は若手医師を指導し、毎年20本以上の英文論文を発表している。彼は、新村院長に「臨床研究としても、記録を残しましょう」と提案した。新村院長も乗り気だ。

高齢者とクラウンセラピー。福島県いわき市で、興味深い試みが進んでいる。新村院長は、「いわきのパッチ・アダムス」になるかもしれない。

トップ写真:「殿様」の姿で介護施設を訪問する新村院長。左の着物姿の女性は同行する香本なぎさ看護師 出典:著者

 


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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