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.国際  投稿日:2019/8/7

金正恩のベンツ大阪が経由地


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・金正恩は経済制裁をかいくぐり、違法に贅沢品を入手。

・「メルセデス・マイバッハS600プルマン・ガード」が愛車。

・金正恩委員長の愛用車の密輸ルート、日本も経由地。 

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによってはすべて見れないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47243でお読みください。】

 

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が愛用する超高級車2台がヨーロッパから北朝鮮まで国連制裁などに違反して海路、空路でひそかに運ばれたルートがアメリカの研究機関の調査で判明した。同2台を密輸したアフリカのトーゴ国籍の貨物船は大阪港にも途中、寄港していたという。

北朝鮮に対してはいま国連やアメリカ政府により厳しい経済制裁が課されているが、北朝鮮側はなお、あの手この手で網の目をくぐって必需品を違法に取得しているという現実がここでも明らかにされたといえる。

金正恩委員長は2019年1月ごろから平壌でも、あるいはアメリカのトランプ大統領と会談したシンガポールでも、ロシアのプーチン大統領と会談したウラジオストックでも、自分の専用車として世界でも最高級とされるリムジン乗用車「メルセデス・マイバッハS600プルマン・ガード」に乗っていたことが確認されている。

この車はドイツ製のメルセデスベンツのなかでも、「メルセデス・マイバッハ」ブランドでの最上位モデルとされる「メルセデス・マイバッハS600プルマン」をベースに特殊の防弾仕様を施し、「メルセデス・マイバッハS600プルマン・ガード」として一般には2016年に発表された。長さ6・5メートルの車体に特殊鋼を組み込んで、至近距離からの銃撃や爆発にも耐え、内部の人間を守る防御装置を取り付けているという。

▲写真 Mercedes Maybach S600 Pullman(イメージ) 出典:Mercedez 

しかし北朝鮮が国連やアメリカの各種の経済制裁を受けているため、この種の豪華な自動車の外国からの購入は当然、違法とされる。では北朝鮮当局はどのようにこの超贅沢品の自動車を入手し、国内へと運んだのか。

ワシントンに本部をおく民間の国際犯罪の調査研究機関「高度防衛研究センター(CADS)」がこの「メルセデス・マイバッハS600プルマン・ガード」2台がどのようにヨーロッパから北朝鮮へ運ばれたかを詳しくたどった調査報告書を7月中旬に公表した。

同報告書によると、この超高級車2台は2018年6月、ドイツ国内からオランダに陸路、運ばれ、ロッテルダム港でアフリカのトーゴ国籍の貨物船に積み込まれた。同センターでは同車1台の価格は特別仕様の費用などを加えて約50万ドル(約5300万円相当)だと推定している。

さらに報告書によると、同貨物船は同車を1台ずつ個別の特殊なコンテナに収納し、大西洋、インド洋などを経て、中国の大連、日本の大阪にそれぞれ寄港し、さらに韓国の釜山港にも18年9月末に立ち寄った。この後、同貨物船はロシアのナハトカへ向かったが、釜山港を出航してまもなくの10月1日ごろから自動船舶識別装置(AIS)の信号を一切、切るという異例の措置をとったという。この信号がなければ、船の位置が他者にはわからない、というわけだ。

同船は10月5日ごろにナホトカに入港したとみられ、その2日後の10月7日にはナホトカから遠くないウラジオストックの空港に北朝鮮当局の大型輸送機イリューシン76が2機到着して、大型の貨物を搭載して、北朝鮮に向けて飛びたったことが確認された。この貨物が北朝鮮指導者用の超高級車だったとみられる。

▲写真 イリューシン76(ハムンソンドック空港) 出典:Wikimedia Commons; calflier001

それから約3ヵ月後の2019年1月から平壌市内では金正恩委員長が黒塗りの「メルセデス・マイバッハS600プルマン・ガード」に乗って移動する姿が定期的にみられるようになった。なおこのトーゴ籍の貨物船は19年2月に韓国領海で検査を受け、北朝鮮産の無煙炭2500トンを積んでいたことがわかり、経済制裁違反で船は拘束され、積荷は押収されたという。

以上がアメリカの調査機関が突き止めた「金正恩委員長の愛用車の密輸ルート」である。この調査結果によれば、金氏がいま頻繁に乗る超高級車は一時は大阪港にもおかれていた、ということにもなる。

トップ写真:金正恩委員長 出典:ロシア大統領府


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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