無料会員募集中
.国際  投稿日:2020/5/10

米の北朝鮮非核化政策は不変


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・ポンペオ米国務長官、CVIDに変更なしと発言。

・日本の「識者」の間ではトランプ氏の実態を事実誤認する傾向。

・反トランプ勢力が発信した金委員長「重篤説」はほぼ否定。

 

中国発の新型コロナウイルスの大感染によって北朝鮮の動向が見えにくくなってきた。アメリカ政府が懸案の北朝鮮の核兵器廃棄を実現させるという政策も国際的に話題になることが減ってきた。なにしろ武漢コロナウイルスが全世界の諸国を根幹から揺さぶっているからだ。

そんな時期に日本にとってはホッとできるような動きが北朝鮮に関して表面に出た。アメリカのトランプ政権の北朝鮮に対する政策が不変のままという現実が再確認されたことである。

マイク・ポンペオ国務長官が4月29日、トランプ政権の北朝鮮の核兵器放棄のための政策は当初のCVID「完全で検証可能で不可逆的な非核化」という目標から少しも変わっていないことを断言したのだ。

トランプ政権の対北朝鮮核政策をめぐっては、日本の「識者」の多くが「もう完全な非核化という政策は変わってしまった」という観測をしきりに述べてきた。

アメリカ側ではトランプ政権叩きに徹するニューヨーク・タイムズが「トランプ政権はもう北朝鮮の核兵器完全破棄を目指さず、凍結を目標とするようになった」などと報道していた。

だが現実は異なっていた。

この種の「政策変更説」に従えば、トランプ政権は完全非核化と一体となる北朝鮮への経済制裁を段階的に緩めるはずだった。だが同政権は経済制裁に関しても当初の標語の「最大圧力」が象徴するような全面保持を一貫して続けている。一部解除というような動きは全くとってはいない。

このへんに日本の「識者」の間での「トランプ政権誤認症候群」の危険が表れたといえる。この症候群とはトランプ政権やトランプ大統領の実態を事実誤認して、その誤認から「トランプ政権はもうすぐ崩壊する」とか「トランプ政権は北朝鮮核問題では最初の政策をもう変えてしまった」と屋上屋を重ねる誤断を築いていく傾向である。

「トランプ政権はロシア疑惑で崩壊する」とか「トランプ大統領はウクライナ疑惑での弾劾で退陣に追い込まれる」という大々的な宣託が日本では何度、告げられてきたことか。

「トランプ政権の終わりの始まり」という、ややひねった表現も、このトランプ誤認症候群の症状の一つだった。

▲写真 金正恩委員長 出典:ロシア大統領府

ポンペオ国務長官は、今回は「金正恩委員長、重篤」という情報に関連して北朝鮮非核政策について語った。その内容は以下のようだった。

「北朝鮮の指導者が誰になろうが、私たちの使命は変わらない。金正恩委員長とトランプ大統領とが2018年にシンガポールで合意した『北朝鮮の完全な、検証可能な非核化』の実現こそがその使命である」

ポンペオ長官はここでは「完全な非核」(fully denuclearized)と、まず強調し、その後すぐに言葉を続けて、「北朝鮮の検証可能な非核化」(verified denuclearization of North Korea)と再強調した。

この表現はトランプ政権がこれまで時々使ってきた「最終的な完全、検証可能な非核化」(final fully verified denuclearization=FFVD)と同じである。そしてトランプ政権はこのFFVDという用語をCVIDとまったく同じ意味だと述べ、北朝鮮非核化の政策そのものとして使ってきた経緯がある。

要するに反トランプ勢力がしきりに言明してきた「トランプ政権はもうCVIDとされる完全な非核化をあきらめて、北朝鮮の部分的な非核化、あるいは核兵器凍結を目指し、それと引き換えに北朝鮮への経済制裁を段階的に解除していく」という状態にはないことをポンペオ長官はトランプ政権全体を代表する形で明言したのだった。

現に北朝鮮へのアメリカ政府や国連による経済制裁は緩和や解除は全くなされていない。金正恩政権はこの制裁の緩和の実現を最大目標としてアメリカに対して硬軟両面での揺さぶりや訴えを続けている。だがトランプ政権は北朝鮮にCVIDにつながることを証する非核化の措置をとることをまず要求しているのだ。

ポンペオ長官の今回の発言の契機となった「金正恩委員長重篤説」は、最初はアメリカのCNNニュースによって報じられた。トランプ大統領は最初から「アメリカ政府としてはその種の情報は得ていない」として、「CNNのフェイクニュースだろう」とかたづけていた。

その金委員長の状況の詳細はまだ不明だが、北朝鮮内部では同委員長が公式の行事に姿をみせた様子が詳しく報じられており、「重篤説」はほぼ否定された結果となった。

アメリカからの報道にはくれぐれもご注意を、ということだろう。だがその誤った報道に基づき、トランプ大統領の功罪をあれこれ断じる日本側の「識者」の言説も、もっと、ご注意を、と言えるようだ。

*この記事は 一般社団法人日本戦略研究フォーラムのサイトの「古森義久の内外抗論」という連載コラムからの転載です。

トップ写真:トランプ大統領とポンペオ国務長官 出典:Flickr; U.S. Department of State


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."