朝鮮半島情勢ー金正恩の真の狙いとはー
.国際  投稿日:2019/8/19

金正恩が罵倒 文大統領演説


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・光復節演説で文大統領は「解放」に触れるも「建国」に触れず。

・異質な反日歴史観で「南北統一により日本を越す」と幻想演説。

北朝鮮は演説を痛烈に罵倒し、ミサイル発射。金正恩の狙いとは。

 

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韓国は8月15日、日本植民地からの解放74周年を迎えた。ソウル都心で保守と左派従北団体がおのおの「光復節集会」を開いた。保守団体は3ヶ所で「太極旗連合集会」を開き「文在寅打倒」のスローガンを叫んだ(主催者側発表20万人)。夜になって開かれた左派従北集会(主催者側発表10万人)では「自由韓国党解体」「南北共同宣言の履行」「NO安倍」などのスローガンが掲げられた。

▲写真 保守団体の「光復節」集会(2019年8月15日ソウル市)出典:自由日報

「光復」という言葉は、植民地からの解放を意味するだけではない。主権の回復をも含むものだ。韓国の主権と領土が回復されたのは、米占領軍の軍政後、国連監視下での国会議員選挙(1948年5月10日)を経て1948年8月15日に「大韓民国」が建国されてからだ。したがって「光復節」はこれまで1945年の解放と1948年の建国両方の8月15日を記念する日として祝ってきたのである。

ところが、記念式典(天安=チョンアン独立記念館)での文在寅大統領演説では、日本の敗戦で得た「解放」には言及したが、「大韓民国建国」については一言も触れなかった。文大統領はこの建国を「親日派集団」による建国であると見ているために意図的に言及しなかったとみられる。この歴史観こそが文大統領を「金正恩第一主義」に走らせ、反日に向かわせる根となっている。したがって文政権下の「反日」を保守政権下の「反日」と同じ次元で捉え対処すれば大きな間違いを犯すことになる。

典型的な「賊反荷杖」(チョッパンハジャン)演説

文大統領が「金正恩第一主義」に凝り固まり、友好国の日本を敵のように見做すというこれまでとは「異質」な「反日」に走るのは、国益重視の外交とはなんの関係もない。それは「光復節」の演説で韓国建国を無視した「歴史観」と関係している。

彼の歴史観は一言で言って、韓国建国には正統性はなく、北朝鮮の建国にこそ民族の正統性が受け継がれているとする歴史観である。この逆立ちした歴史観が、韓国の内政・外交に染み込み、国家を揺るがすまでに至っている。そして韓国を、彼がいう『誰も揺るがすことができない国』ではなく、『誰もが揺るがすことができる国』にしてしまった。「間違った理念」に凝り固まったリーダーが陥る典型的なケースと言える。

ところがより悲劇的なのは、それを自覚していないことである。彼は自身が「逆さまの歴史観」にとらわれて内外から孤立していることは棚に上げ、対立勢力に向かって「理念にとらわれて孤立しないでいただきたい」と演説した。自分のことを顧みず、むしろ居直って相手をこき下ろしている。これこそが「賊反荷杖」(チョッパンハジャン)そのものである。これまでも文大統領は、詭弁とポピュリズムで国民を欺瞞してきたが、今回の演説内容はその典型であったと言える。韓国国民の文大統領演説に対する反応はもちろん芳しくない。

「南北統一で日本を追い越す」との幻想演説

文大統領はまた、「われわれの力で分断を乗り越え、平和と統一へ進む道こそ、責任ある経済大国への近道となります。われわれが日本を追い越す道であり、日本を東アジア協力の秩序へと導く道です」とし、「南北の能力を合わせれば、それぞれの体制を維持しながらも8千万人規模の単一市場を生み出すことができます。韓半島が統一を果たすことになれば、世界第6位圏の経済大国になるとの見通しを示しています。2050年頃には国民所得7万~8万ドル時代を達成できるという国内外の研究結果も出ています」と演説した。

どこから引用した「予測」なのかはわからないが、「予測」の具体的・歴史的前提条件が語られていなかった。根拠を明らかにせずに30年後を語るのは、詐欺師か占い師の世界であろう。あと2年余しか任期が残っていない大統領が世界に向かって話すことではない。

文大統領は演説で「それぞれの体制を維持しながらも8千万人規模の単一市場を生み出す」としたが、水と油の南北体制でどうやって単一市場を作り出すのだろうか?魔術を使って幻影を見せることも無理だろう。

また近い将来何らかの方法で朝鮮半島の統一が実現したとしても、人口増加だけで経済が成長するとの考えも単純すぎる。人口が増えても人々の購買力増加がなければ生産も市場も拡大しない。資本主義経済を経験していない最貧国の北朝鮮と韓国が何の前提もなしに統一すれば、一人当たり国民所得は当然縮小することになるだろう。また価値観の違いを克服しないまま統一すれば社会的混乱も生まれる。資本主義を経て統一したドイツですら、いまも価値観の違いに悩んでいる。世界第6位圏の経済大国どころか、反対に現在の経済力すら失う可能性がある。

数字をあげて検討するまでもない。自由民主主義の価値観でほぼ統一され、法に基づく市場経済が盤石に根をおろし、先進技術に基づく世界第3位の経済大国日本を、南北の統一だけで追い越すなどとする発想は幻想以外の何物でもない。

思いもかけない北朝鮮からの痛烈な罵倒

しかし北朝鮮に向けた文大統領の南北協調のメッセージは、なぜか北朝鮮から罵倒として返ってきた。北朝鮮の対韓国窓口・祖国平和統一委員会は8月16日に発表した談話で、文大統領を「南朝鮮当局者」と呼び、「泰山鳴動して鼠(ねずみ)一匹という言葉がある。まさに南朝鮮当局者の光復節慶祝の辞というものを指してそうだと言える」とした。

▲写真 北朝鮮は文在寅大統領の「光復節」演説翌日の16日、新型短距離弾道ミサイルを発射。(写真は2019年8月17日のDPRKツイッターより)出典:DPRK twitter

そして「島国一族(日本)から受けるさげすみをすすぐためのはっきりした対策や、つぶれていく経済状況を打開するこれといった方案もなしに弁舌を振るったのだから、むなしい慶祝の辞”“精神スローガンの羅列という評価を受けて当然である」とこき下ろした。そして「部下らが書いてくれたものをそのまま読み下す南朝鮮当局者がとても笑わせる人であることだけは間違いない」と文大統領をあざ笑った。

さらに北朝鮮は、「ゆでた牛の頭も天を仰いで大笑い(仰天大笑)する「本当に見るもまれな厚かましい人間だ」とののしった。演説直後、日本海に向けて新型短距離弾道ミサイル2発も発射した。5月以降8回目の発射となる。

この対応にはさすがの文大統領も驚いたことたであろう。北朝鮮からの色良い反応を期待していたからだ。また文大統領は金正恩に対して「若いが非常に正直で淡白であり、落ち着いた姿を見せた。年長者を尊重し非常に礼儀正しい姿も見せた」と宣伝していただけに、祖国平和統一委員会からこのような罵倒を受けるとは夢にも思わなかったと思われる。

それにしても北朝鮮が「金正恩第1主義」で突っ走り、北朝鮮政権擁護で一貫してきた文在寅大統領を、なぜここまで罵倒するのか?その本音がどこにあるかは、今の所詳しく把握できていない。多分大口を叩いて開城工団再開や金剛山観光再開、そして南北鉄道の連結を約束したにもかかわらず、米国からの制裁が怖くて、800万ドルの人道支援と5万tの食糧支援でお茶を濁そうとしたことに対する怒りかもしれない。

またハノイ米朝首脳会談の失敗を文政権に責任転嫁するためではないかとの観測もある。ハノイで失った金正恩のメンツは今も完全に回復できていない。多くの幹部を粛清する破目となり、統一戦線部と外務省の立て直しもいまだにできていない。こうしたことがすべて文大統領の二枚舌のせいだとして怒りをぶちまけているのかもしれない。

そうした一方で、米朝会談を前にした戦術ではないかとの観測もある。また短距離ミサイル発射も会談を前にした駆け込み実験ではないかとする見方もある。金正恩の思惑がどこにあるかを押し測るにはもう少し時間がかかりそうだ。

トップ写真:光復節の演説をする文在寅大統領(2019年8月15日)出典:韓国大統領府ホームページ


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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