北朝鮮のスパイを増殖させた文政権
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮人権侵害状況をまとめた「北朝鮮人権報告書」が公開された。
・文在寅前政権が金正恩政権の犯罪とスパイ行為を助けるために隠し続けた文書。
・全国民主労働組合総連盟(民主労総)の前現職幹部らのスパイ疑惑は想像を絶する。
韓国統一部は3月30日、脱北者508人の証言を基に、2017年以降の深刻な北朝鮮人権侵害状況をまとめた「北朝鮮人権報告書」を初めて公開した。この報告書は、文在寅前政権が、金正恩政権の犯罪とスパイ行為を助けるために隠し続けた文書だ。
■ 文在寅が隠蔽し続けた金正恩の犯罪
報告書は約450ページに上る。報告書によると、17年には金日成主席の肖像画を指さした妊娠6カ月の女性が公開処刑された。
15年には江原道(カンウォンド)元山(ウォンサン)で、韓国のドラマを見たなどとして16~17歳の6人が15年に銃殺された。
韓国ドラマを見た住民は脊椎を折って殺せという指示もあったそうだ。見せしめにする公開処刑には多くの住民が動員された。
2012年には「祖国反逆罪」など七つの罪で死刑を科すことができたが、22年までに11に増えた。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため設定した封鎖区域への出入りも死刑の対象となった。
脱北を試みる住民が後を絶たない中朝国境では「3回警告を受けて止まらなければ射殺」という規定があるという。政治犯収容所などの拘禁施設では拷問と秘密処刑だけでなく生体実験まで行われている。
金正恩総書記が最高指導者になって以降は、体制批判や外国との接触に一層厳しくなった。脱北者の家族に対する監視が強まり、脱北した家族と連絡を取ったことが発覚すると、収容所送りになる例もあった。収容所では拷問や性暴力が横行し、そのまま死亡する例も少なくない。
外国文化の流入を取り締まる「109連合指揮部」という組織の存在も明かされた。中国から流入したUSBなどで韓国映画やドラマを見る住民を取り締まるのが主な任務だ。抜き打ちでの民家の捜索や、携帯電話の捜査が行われている。
この報告書は、2016年施行の北朝鮮人権法に基づき、2018年から年1回作成されていたが、従北左派の文在寅前政権が、隠蔽し続け公開しなかった。
■ 犯罪隠蔽の裏で北朝鮮スパイを増殖させた文在寅
文前政権は、口では「人権」を叫んでいたが、それは国民を欺瞞するものであった。北朝鮮住民を蹂躙する金正恩とその妹金与正について、「思いやりを感じた」「正直で大胆」「北朝鮮指導層にこんな人物がいてよかった」などというへつらいの言葉を使い、金正恩の国際刑事裁判所への起訴を要求してきた全世界の人権団体を驚かせた。
その一方で、文前政権は国家情報院の対共産(対北朝鮮)捜査権を剥奪し、国軍機務司令部を解体して北朝鮮スパイを増殖させた。
最近スパイ容疑などで拘束された全国民主労働組合総連盟(民労総)の現職・元幹部らと済州・昌原地域のスパイ容疑者らが北朝鮮工作員に取り込まれたのは、ほとんど文政権時代だったのは偶然ではない。
金正恩政権に従属して媚へつらってきた文前政権は、スパイの温床となってきた民主労総を一貫して庇護し、北朝鮮スパイの増殖を手助けした。
今金正恩は、北朝鮮住民の飢え死をしり目に、韓国を攻撃する核爆弾を増産し、韓国・米国・日本などを脅迫しているが、一方でスパイたちを動員し、韓国の内情を詳細に調査することで、核脅迫を背後から支援させている。
■韓国公安当局が拘束した民主労総幹部の驚くべき「スパイ行為」
韓国公安当局が明らかにした全国民主労働組合総連盟(民主労総)の前現職幹部らのスパイ疑惑は想像を絶するものとなっている。
水原(スウォン)地裁は3月28日、民主労総組織局長、保健医療労組組織室長、元金属労組副委員長と組織部長の4人に対し、国家保安法違反の疑いで検察が請求した拘束令状を発行した。
国家情報院と国家捜査本部が1月18日午前、彼らの住居地と事務室などを家宅捜索した後に確保した証拠により、国家保安法上の目的遂行などスパイ疑惑が認められると裁判所が判断した。
勾留状には国家保安法容疑が明記されただけでなく、金品授受、特殊潜入脱出、鼓舞称賛、会合・通信、便宜供与の容疑も適用された。今年摘発された事件でスパイ罪が適用された令状が発行されたのは初めてだ。
29日、一部公開された彼らの具体的な容疑をみると驚くばかりだ。彼らは「支社」と命名した地下組織を作り、数年間にわたっておよそ100回もの北朝鮮指令文を受け取り、約30件の報告文を作成して北朝鮮に送ったことが分かった。
北朝鮮の指令文には、青瓦台(チョンワデ、当時大統領府)など韓国の主要国家基幹施設の送電網設備を把握し、麻ひさせる準備を指示した内容が盛り込まれていた。金正恩政権は、日の丸火刑式など反日感情を刺激し、進歩党(旧統合進歩党)の掌握と院内活動の推進、民主労総の梁慶洙(ヤン・ギョンス)委員長への支持など韓国の政治と外交への介入も指示していた。
特に、民主労総核心幹部A氏(53)は、2020年か21年にかけ数回にわたり、在韓米軍司令部がある京畿道平沢(キョンギド・ピョンテク)にあるキャンプ・ハンフリーズと烏山(オサン)の米空軍基地内に入り、主要施設と装備を撮影して21年6月に北朝鮮の対韓国工作組織(文化交流局)に渡した疑いが持たれている。
A氏は、部隊の滑走路・格納庫はもちろん、パトリオットミサイル砲台などをはじめ、米軍基地に建設中の弾薬庫、米空軍偵察機の離着陸場面、格納庫、燃料タンクなど軍事機密施設と軍事活動の様子を近接撮影した写真も数十枚あった。A氏はそうした写真を暗号化プログラムを使って北朝鮮に報告したという。
北朝鮮は指令文で、民主労総内部の地下組織を「知事」、地下組織の総責任者であるA氏を「支社長」、B氏を江原支社長、C氏を「支社第2チーム長」と呼んでいた。
これは地下組織である「革命組織(RO)」の総責任者である統合進歩党(2014年12月19日に憲法裁判所から「強制解散」を宣告された)の李石基(イ・ソッキ)元議員が戦争勃発時、韓国国内の通信、燃料、鉄道、ガスなど国家基幹インフラを攻撃する案を議論した活動と類似している。李元議員は一連の罪と内乱陰謀罪で有罪判決が確定した。
民主労総の核心幹部たちは、北朝鮮の目と耳、腕と脚の役割を果たしてきたといえる。北朝鮮スパイが横行する状況で、国家情報院(国情院)の対共(対北朝鮮)捜査権を廃止したことが適切だったのかがいま問われている。
トップ写真:金正恩北朝鮮総書記と文在寅前韓国大統領(2018年9月20日北朝鮮・サムジョン空港)出典:Photo by Pyeongyang Press Corps/Pool/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統