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.経済  投稿日:2019/11/25

故郷創世塾の熱気 「地域再生の神様」豊重哲郎氏 下


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

【まとめ】

・「地域再生の神様」豊重哲郎は「故郷創世塾」を開講。

・集落に暮らす若者も講師として参加。

・1000人を超える豊重氏の教え子たちが各地で地域再生に取り組む。

 

の続き)

■ 故郷創世塾の熱気

「地域再生の神様」とも呼ばれる豊重哲郎は、自らが塾長を務め、「故郷創世塾」を開いている。補助金に頼らず、自主財源で地域を再生させた「実績」を教えている。〈やねだん〉のDNAは着実に全国に広まっている。

久々に訪れた創世塾はやはり熱気にあふれていた。揃いの黄色い法被を身にまとい、講義を受ける男女がいる。みな一様に真剣な表情だ。彼らは北海道から九州までの自治体や社会福祉法人の職員らだ。20代や30代の若手が中心で、総勢56人。

塾長の豊重哲郎は、独特の熱気を放つ。時には大声をあげる。講義をしながら、突然塾生の名前を呼ぶ。眠い目を凝らしていた塾生ははっと目を覚ます。そこに豊重は近づき、肩に手をやったりする。

驚くべきことに、豊重はこの塾の最初の日に、すべての塾生の名前と出身、仕事内容などを覚える。あっという間にファミリーのようになっているのだ。

 

 「命がけで地域再生をしろ。地域再生に必要なのは、絆であり、財政力だ」

 「ゼロ歳から7歳までの子どもたちには、名前を呼んで、笑顔で話しかけろ。子育ては家庭に任せきるのではなく、地域も関与すべきだ」

 「人材ではなく人財だ。人は財だ。教育とは変わることだ。地域再生には、義理人情が大事だ。住んでよかった。生まれてよかった。そんな地域にしなければならない」

 「高齢者は地域の財産だ。いろんな経験は生き字引で、図書館のようなものだ」

 

豊重はシンプルな言葉を吐く。しかし、自らの地域おこしの経験を通じたものだけに、説得力がある。塾生たちは熱心に聞く。

この塾はとにかくハードだ。睡眠時間は平均2時間。午前4時ごろでも豊重の声は響く。まさに不眠不休の状態だ。豊重の話を聞きながら、感極まって涙を流す塾生もいる。

故郷創世塾の講師陣は豊重以外にも、内閣府地方創生推進室参事官の澤田史朗元総務省自治財政局長を務め、地域活性化センターの理事長を務める椎川忍らが名を連ねる。

ユニークなのは、集落に暮らす若者も講師になっていることだ。今村秀平もその1人。高校を卒業後、福岡でしばらく勤務していたが、Uターンした。薬品会社に勤めている。

「集落の人たちすべてが家族のようだ。幼いころから、おじいちゃん、おばあちゃん以外にもおじいちゃん、おばあちゃんがいた。住民100人が参加する〈やねだん〉のミッドナイトウォーキングなどで、集落の絆が深まった。僕も将来は豊重さんのように、地域おこしに頑張りたい」

この故郷創世塾は07年に始まった。春と秋に年二回開催される。

これまでの塾生は、1000人以上となる。全国に〈やねだん〉ネットワークが広がる。豊重は「〈やねだん〉ができたことはほかの地域だってできる」と考えた。小さな町内会の体験はほかの地域にも応用可能だと思った。

▲写真 故郷創世塾の様子 出典:著者提供

 

■ 〈やねだん〉経験で首長が地域再生

この故郷創世塾の卒塾生の中には、首長もいる。若手に交じり、同じように黄色い法被を着て講義を受けたのだ。そのうちの1人が奈良県十津川村村長の更谷慈禧だ。11年に水害に見舞われた。台風12号の影響で、土砂崩れや川の氾濫が起きた。その結果、死者6人、不明者6人の大惨事となった。

「豊重塾長には大いに勉強させてもらい、その後の村づくりで役立ちました。我々もついつい、県や国に頼ってきたけれど、自分にできることは自分でやらなければならないということを再認識しました」

更谷はそう成果を語るが、首長といっても特別扱いではなかった。役場の職員全員の名前を覚えているかと質問され、更谷は、すべては覚えていないと返事した。すると、豊重から大目玉をくらった。

職員全員はファミリーだ。大事なのはフルネームを覚えることと笑顔で接することだ」

創世塾での経験が、のちに起きた水害からの復興に大いに役立った。

十津川村は「日本一広い村」として知られるが、「住民がそれぞれ何をすべきか考えた。〈やねだん〉のようにコミュニティーが一致団結しました。故郷創世塾で学んだ経験が生かされました」と更谷は語る。

復興はまさしく〈やねだん〉流だった。仮設住宅はプレハブではなく、あえて、村の木材で建設した。この村の面積の96%は山林である。そして、その住宅を作ったのも、地元の大工だ。「木材」も、「大工」もいわば十津川村にある〝財産〟である。「それぞれの地域の財産を利用しろ」という豊重の教えに沿った形だ。さらに、十津川村では、木材の付加価値をつけるため、家具の製造なども行っている。「原木を売るだけでなしに、机も住宅も、加工から製品化までして十津川の木を売り出す」という。自分で稼ぐ、〈やねだん〉流を導入したのだ。

「先人が残してくれた森林という資源が足元には眠っていたのです。水害になっても、少しでも被害を少なくするためには、山を放置してはいけないと痛感しました。村では『山を守ろう』という考えが浸透しました」

山形県最上町長の高橋重美も塾生として入った。高橋は15年春、保育料の完全無料化を実現した。豪雪期が過ぎた3月中旬から、道路の雪を町民の協力で処分し、年間の排雪費の縮減に努めた。

少しでも、町のお金を浮かせて、保育料に充てる。そんな意識づくりを住民の間に浸透させた。

「町全体が隣の子どもを育てる意気込みで、『子育て王国』にしたい。子どもの成長は学校だけでなく、地域も大切だ。地域のみんなが子どもたちを小さい時から可愛がるのが大事だ。子どもたちが大いに勉強して、いずれは最上町に戻ってきてほしい」

「子育て王国」という明確なビジョンは〈やねだん〉精神が原点だという。高橋は「街づくりの主役は、行政でなく、町民だ。町民が誇りをもってこそ、地域は再生する。『ないもの』ではなく、『あるもの』を生かして頑張りたい。みんなが頑張る『全員野球』の精神を〈やねだん〉から学んだ」と話す。自ら塾生だったわけだが、その後、これまで町の職員を送り込んでいる。今回の塾生たちは、故郷創世塾を終えた後、地域に戻って、地域の再生に汗を流す。

豊重が汗だくで人材育成に熱中している。その思いが火種となって、全国に伝播しつつある。

(敬称略)

(全2回。はこちら)

トップ写真:故郷創世塾で塾生に講義を行う豊重氏 出典:著者提供


この記事を書いた人
出町譲経済ジャーナリスト・作家(テレビ朝日報道局勤務)

1964年富山県高岡市生まれ。

早稲田大学政治経済学部卒業。90年時事通信社入社。経済部、ニューヨーク特派員としてウォール街や日米経済などを取材。 

 2001年テレビ朝日入社。経済記者として内閣府、日銀や財界などを担当。「報道ステーション」統括ニュースデスクなどを経て、現在は「グッド!モーニング」ニュースデスク。2011年の東日本大震災をきっかけに作家として執筆活動を開始。最初の著作『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(文藝春秋)』がベストセラーに。その後、『九転十起 事業の鬼浅野総一郎』、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(ともに幻冬舎)などの評伝を描く。

 最近は、地域づくりに関して全国を取材。「現場発!ニッポン再興」(晶文社)、「日本への遺言、地域再生の神様(豊重哲郎)」(幻冬舎)を出した。

出町譲

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