ベトナム、強制自白映像放映
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
- ベトナムで国民向けに、「強制自白映像」を国営テレビ局などで放映している問題。
- ベトナム当局は「強制自白」の手口を中国から学んでいる。
- 強制自白は国内法、そしてベトナム刑法にも違反。
ベトナム当局が主に人権活動家を対象に国内治安維持違反容疑などで逮捕した事案で容疑者に強制的に罪を認めて謝罪させる「強制自白映像」を撮影して、国民向けに国営テレビ局などで放映していることがスペインに本拠を置く国際的な人権NGOの調査で明らかになった。
ベトナム共産党支配下のベトナムでは実質的な報道の自由も司法の独立も存在しないといわれているだけに、こうした組織的な司法の不正、歪曲が暴露されたことで、国際的な批判がさらに高まるのは必至とみられている。
これは米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」が3月11日に伝えたもので、スペインのマドリードに本部を置くNGO組織「セーフガード・ディフェンダーズ」がまとめた調査結果の報告に基づくもので2007年以降、同NGOが16件、21人の強制自白とみられる映像を確認したという。
16件の映像のうち14件は人権擁護弁護士、市民ジャーナリストなどの人権活動家と土地所有問題に抗議して逮捕された村人に関するもので、1件は汚職容疑が持たれた国営石油会社の幹部、残る1件は殺人容疑の農民という。
同NGOでは確認されたのはあくまで「氷山の一角で実際に強制自白に追い込まれているケースははるかに多いとみられる」としている。
★米国系ベトナム人と警察官殺人のケース
同NGOが報告の中で具体的な「強制自白」として挙げているのがウィリアム・グエン氏というベトナム在住米国市民のケース。2018年に放映された映像の中でグエン氏は青色の背景の前にして登場し、警察の尋問とはことなる雰囲気で自然な語り口で自らの罪を自白しているという。
グエン氏は米テキサス州ヒューストンの大学卒業でその後ベトナムに渡り、大規模な反政府デモに参加したことが「社会秩序を乱した」として逮捕され、罪を認めたために国外追放処分を受けたという。
また2018年1月9日にドンタム地方ホアン村で地域の指導者レ・ディン・キン氏(84)が土地収用問題を巡る問題に関係して現職の警察官によって射殺される事件が起きた。
写真)ドンタム地方
しかし事件のわずか4日後となる同月13日に国営テレビ「VTV1」にキン氏の息子、孫、養子の娘、男性親族の4人が登場して「殺害という暴力行為への加担」を”自白”する映像が放映された。
その時の映像では4人の顔には殴られた痕や切創があったとしており、誰の目にも「強制自白」が明らかだったと同NGOは指摘、警察官による殺人という事件に対して世間を納得させるために早期に工作した結果とみている。
★強制自白の高度な手法は中国から?
2017年にドイツで身柄を拘束されたベトナム国営企業の幹部が後にベトナムのテレビに登場して「ベトナムへの帰国は自らの意思である」と語った。この例を挙げて同NGOは2015年にタイで拉致された中国系スウェーデン人の出版関係者が数か月後に中国で放映されたテレビ番組で「自分の意志で帰国した」と説明したケースと全く同じパターンであり、ベトナム当局は「強制自白」の手口を中国から学んでいるようだ、と指摘している。
同NGOは2018年に「強制された中国テレビ放映の自白の裏」という裁判を前にした容疑者による「罪の強制自白」に関するレポートも発表している。
このため、ベトナムの「強制自白」のテレビ番組が「以前は稚拙だったものが2017年以降、精巧かつ巧妙で洗練された内容に変化している」として中国の影響を鋭く指摘。「ベトナム当局が中国の手法を学んでそれを活用していると思われる」と分析している。
★強制自白は国内法にも違反
同NGOのホームページによると報告の中でこうした一連の「強制自白映像」に関して①容疑者は嘘、強制、欺瞞に満ちたことを言わされている②強制自白の内容は警察が創作、でっちあげたものである③容疑者は必ず謝罪、寛大な処置要求、同様の過ちを犯さないよう仲間に訴え、最後には「過ちを示し、教育してくれた国家」に感謝する言葉で終わっている、という共通点を指摘している。
多くの国際的人権団体などはベトナムでは日常的に不当な理由で人権活動家や反共産党系の活動家などへの身柄拘束、逮捕さらに精神的肉体的拷問、脅迫が続いていると指摘している。中には反国家、反共産党として身に覚えのない罪をでっちあげられるケースもあるという。
そうした不法行為は当然だが、「自白の強要禁止」はベトナム刑法にも明文規定されており、同NGOの指摘が事実とすれば同法違反は明らかだ。またベトナムも1982年に署名している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(1966年国連総会採択)にも反することになる。
こうしたことから同NGOでは国際社会に対してベトナムの人権状況の実態を広く訴え、ベトナム政府に一致して圧力をかけるよう呼びかけている。
トップ写真:Safe Guard Defendersのリポート「Coerced on Camera: Televised Confessions in Vietnam (2020):カメラの前で強制:ベトナムで自白映像放映 (2020)」の表紙
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。