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.政治  投稿日:2018/10/1

ベトナムで激化する言論弾圧


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】
・ベトナムで情報発信者への締め付け、弾圧が激しくなっている。

・共産党1党支配が続き、130人の政治犯が拘束されている。

・「報道の自由ランキング」は180カ国中で175位と極めて低い。


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ベトナム政府による民主化運動や人権問題の活動家、自由を求めるブロガーなど情報発信者に対する締め付け、弾圧が激しくなっている。反政府の立場を少しでも明らかにした場合は「社会の秩序を乱す恐れがある」「国家の安定を脅かす可能性がある」として国家転覆容疑で逮捕し、裁判の結果長期の禁固刑が下されるケースがこのところ相次いで起きているのだ。

 

こうした動きの背景にはベトナム共産党による一党支配に対する国民の不満、反政府的な主張などがインターネットやソーシャル・ネットワークを通じて国内外に広く発信されている現状に政府、治安当局が危機感を募らせていることがあるのは間違いなく、ベトナムの「言論の自由」「報道の自由」は依然厳しい「冬の時代」の最中にあるといえる。

 

 

相次ぐ弾圧、厳しい実刑判決

 

8月9日、ベトナム中部高原ダクラク省ブオンホーの自宅から女性活動家フィン・トゥク・ヴィーさんが地元警察に連行され逮捕され、その後の家宅捜索でヴィーさんのラップトップのパソコン、携帯電話、カメラ、資料、洋服などが押収された。警察は逮捕容疑を明らかにしていないが、ヴィーさんは女性や少数者の人権保護活動家でFace Bookなどを通じてベトナムの女性、特に女性政治犯の人権保護活動を精力的に発信していた。

写真)フィン・トゥク・ヴィー氏

出典)ベトナム女性の人権保護(Vietnamese Women for Human Rights)ウェブサイト

 

さらにヴィーさんはNPO組織「ベトナム女性の人権保護(VNWHR」の共同創設者の一人として有名で、逮捕直前にはVNWHRのホームページで治安当局による女性への拷問、暴力の中止を呼びかける動画をアップしていた。これが逮捕の直接的原因になったとも指摘されている。

 

8月16日には北中部ゲアン省の裁判所が人権活動家であり作家でもあるレ・ディン・ルオン被告(53)に対し、国家転覆容疑で禁固20年の実刑判決を言い渡した。

写真)レ・ディン・ルオン被告

出典)Front Line Defenders ウェブサイト

 

ルオン被告の逮捕容疑は米カリフォルニア州に本拠を置くベトナム反体制派組織ベトタン(越新)との関係だった。ベトタンは1982年に創設された組織でタイのバンコクに連絡事務所がある。2016年にベトナム総選挙を妨害したとしてベトナム政府が「テロ組織」に指定。以来ベトタンとの関係が疑われただけで「反社会的、反国家的」人物のレッテルが張られ、国家転覆容疑で逮捕されることになった。

 

弁護士によるとルオン被告の禁固20年という今回の判決は、同容疑の判決としては「恐らく最長の刑ではないか」という。

写真)レ・ディン・ルオンさんの即時無条件釈放を求める、妻Nguyen Thi Quy さん(2018年7月30日)

出典)Viet Tan ウェブサイト

 

9月14日には北部紅河デルタ地帯のタイビン省の地方裁判所が4月18日に国家転覆罪に問われていたグエン・ヴァン・トゥック被告(54)に下した禁固13年の実刑判決の控訴審判決言い渡しが高等裁判所で開かれ、地裁判決維持が言い渡された。

 

トゥック被告はインターネット上のオンライン民主主義組織の主要メンバーで民主化を訴える数々の書き込みが「国家転覆容疑」に問われたのだった。トゥック被告は2008年には民主化を訴えるパンフレットを配布したことが反国家プロパガンダ容疑に問われ禁固4年の実刑判決を受けて服役、2012年に刑期を終えて出所し、再び活動を開始していた。

 

さらに9月17日は北部バクニン省の裁判所がジャーナリストで土地問題に関する人権活動家でもあるドン・コン・ドゥオン被告(54)に対し、社会秩序混乱の罪で禁固4年の実刑判決を言い渡した。ドゥオン被告は1月24日に土地問題で強制的に立ち退きを迫られた住民の様子を記録するために動画を撮影中に警察によって拘束、逮捕されていた。

 

このとき同時に4人が逮捕されたが、ドゥオン被告の除く3人は起訴事実を認め、否認を続けたドゥオン被告だけが重い禁固刑となった。同被告は控訴の意向を示している。

 

政治犯130人、厳しい一党独裁

 

共産党1党支配が続くベトナムでは年々社会・政治に不満を抱く活動家やブロガーが増えているものの、治安組織による弾圧が常態化している。国際的人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW=本拠地ニューヨーク)」によると、現在少なくとも130人の政治犯が拘束されており、中には「国家転覆容疑」に問われている人権活動家やジャーナリスト、ブロガーなどが含まれているという。

 

政府はメディア監視、インターネットなどの検閲を強めると同時に司法の場でも「見せしめ」的色彩の判決が相次いでおり、2018年の1月~8月末までに28人の活動家などが裁判で長期禁固刑の判決を受けている。

 

非営利組織「国境なき記者団」(本部パリ)による2018年のベトナムの「報道の自由ランキング」は180カ国の中で175と極めて低い位置付けとなっている。最低の180位が北朝鮮で179位は中国であり、ベトナムが加盟している東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも最低の評価となっている。

出典)パブリックドメイン

 

この順位は4年連続で、この4年間報道の自由を巡る環境が全く改善されていない実態を示している。そしてそれはベトナムにおける「報道の自由、表現の自由」が依然として「暗黒時代」であるということを反映している。

 

トップ写真)国家転覆容疑で禁固20年の実刑判決がくだされた

人権活動家で作家のレ・ディン・ルオン被告(53)

出典)Viet Tanウェブサイト

 


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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