比で中国人犯罪・スパイ疑惑
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・比で中国人による資金洗浄、スパイ等の疑いで上院が調査開始。
・中国に配慮する大統領と、制限強化主張の治安当局が意見対立。
・新型肺炎では中国人に厳格対応。中国人犯罪への大統領判断は。
フィリピンのマニラ首都圏を中心に展開する「フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーターズ(POGOs)」で働く多くの中国人労働者が不法に外貨を持ち込み、マネーロンダリングをしている疑いやフィリピンの軍事基地周辺での情報収集などスパイ行為を行っている疑いが深まり、上院議会が調査に乗り出そうとしている。
▲写真 PAGCOR(フィリピン娯楽賭博公社)が運営するCasino Filipino(マニラ市)出典:The Philippine Amusement and Gaming Corporation (PAGCOR) / Casino Filipino
ドゥテルテ大統領は中国との関係に配慮してPOGOsでの中国人労働者を制限することには消極的とされ、中国人労働者の増加でマネーロンダリングだけでなく殺人などの犯罪、さらにスパイ行為などによる安全保障上の危機を理由に「中国人の入国、活動への制限、規制」を軍や警察など治安当局は求めており、大統領と意見が対立しているという。
フィリピン財務省は3月3日、2019年にフィリピン国内に多額の外貨(大半は米ドル)が中国人によって持ち込まれたことを明らかにした。それによると税関のデータでは2019年9月以降フィリピンに入国した約50人の中国人が総額で4億4700万ドルを持ち込んだという。手口は中国人がスーツケースなどに現金を詰めて主にマニラのニノイアキノ空港から入国しているという。
▲写真 POGOsでマネーロンダリングが行われていると主張するリチャード・ゴードン上院議員がツイッターやフェイスブックに掲載した写真(2020年3月3日掲載)出典:Richard J. Gordon twitter
上院のリチャード・ゴードン議員は地元マスコミなどに対して「持ち込まれた現金は中国人が運営するPOGOsに流れ、その運営資金などに使われているようだ」と指摘、3月5日から上院として実態調査に乗り出すことになった。
▲写真 リチャード・ゴードン上院議員 出典:SENATE OF THE PHILIPPINES
■ 中国大使館は組織犯罪を否定
ゴードン議員や財務省によるとこうした多額の外貨持ち込みはマネーロンダリングにも使われており、「ロドリゲス・グループ」「中国人グループ」の2つのシンジケートが暗躍しているという。
このうち中国人グループは中国本土では禁止されているオンライン・ギャンブルを合法であるフィリピンを拠点にして、本土の中国人を相手にして荒稼ぎしているという。
こうした容疑に対してマニラの在フィリピン中国大使館は4日に「指摘されるような中国人による犯罪行為は中国人個人による個別の事案であり、中比関係全体に影響を及ぼすような組織的な犯行ではない」との声明を発表した。
マニラ首都圏を中心にしたPOGOs事業では、フィリピン当局に登録して正式な営業ライセンスを得ている企業体が約60社あるが、ライセンスを持たない不法企業も約100社あるといわれている。従業員は正式な会社で約11万人、不法企業で少なくとも約40万人という。
企業、従業員の大半が中国人とされ、地元紙の報道によるとこうしたオンライン・ギャンブル事業に従事している中国人は約15万人に上っているという。事業所や労働者の生活場所などを確保するためマニラ首都圏では不動産業界にもPOGOs事業は大きな影響を与えているとされる。
■ 中国人殺害、犯人は人民解放軍兵士か
その一方で、治安当局は一部の事業所がフィリピン軍の軍事施設に接近した場所に設けられていることから電波情報や電子情報などの軍事秘密を収拾するスパイ行動が行われている可能性を指摘、ドゥテルテ大統領に警告を発し続けている。
2月末にマニラ首都圏の繁華街マカティで中国人が銃撃されて死亡する事件が起きた。容疑者は中国人男性2人で情報では中国人民解放軍の兵士とみられているという。フィリピン当局は国内法に基づいて捜査中としているが、この手の事件は容疑者が外交特権などで訴追を逃れるケースも多いとされ、捜査は難航が予想されている。
銃殺された中国人はオンライン・ギャンブルを運営する会社の労働者で多額の外貨持ち込みに関わっていたとみられている。このようにスパイ疑惑に加えて人民解放軍兵士がフィリピン国内で活動し、殺人事件にまで関与が疑われる事態にフィリピンの治安組織や上院議員らは危機感を強めている。
■ 高い支持率だが、議員からは批判も
その一方でドゥテルテ大統領は対中外交では強気と妥協という柔軟な現実路線を取っている。領有権問題で対立する南シナ海問題では強気の姿勢を示しながらも多額の経済援助への配慮から訪中を繰り返し、フィリピン国内で働く多数の中国人労働者に対する何らかの制限や規制にも消極的だ。
▲写真 中国の習近平国家主席(左)を接遇するドゥテルテ比大統領(右)(2018年11月20日 マラカニアン宮殿)出典: Rody Duterte facebook / RICHARD MADELO/PRESIDENTIAL PHOTO
ただフィリピンで肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの感染拡大の可能性がでた段階でドゥテルテ大統領はフィリピン国内に滞在していた中国人観光客をチャーター機で中国に送り返すという「強制送還」に踏み切るなど、自国民保護では断固とした姿勢を貫いている。これが2016年の大統領就任以来の高い支持率(最近の調査でも80%以上)を維持している背景とされる。
こうした一連の動きに対してサルバドール・パネロ大統領府報道官は「ゴードン議員が持っている(中国人犯罪やシンジケートに関する)情報があるなら大統領府に提供するべきだ。そうすることで共に追及することができる」との姿勢を3月2日に示した。
▲写真 サルバドール・パネロ大統領府報道官 出典:Public domain
それに対しゴードン上院議員は「なぜ大統領府は情報提供を私に求めるのか。大統領の下にはあらゆる情報が届いているはずであり、知らない情報はないはずだ」と情報共有の申し出には否定的だ。その上で「ドゥテルテ政権がここまで中国に融和的でなければ中国人のマネーロンダリングやスパイ疑惑、犯罪などは起きなかった。政府は中国のフィリピンにおける邪悪な活動に目をつぶることを選択した結果である」と厳しく批判している。
フィリピンは3月7日現在、新型肺炎への感染者は6人、死者1人となっており、いぜんとして厳しい感染拡大防止対策が続いている。その関係もあり現在は新たな中国人の入国はごく一部の例外を除いて停止している。こうした事態がPOGOsの運営にどのような影響を与えているのか、フィリピン当局はそれを見極めた上で犯罪行為やシンジケートの活動に対処すべくドゥテルテ大統領の判断を待っているところだという。
トップ写真:記者会見でドラッグ・シンジケートの図を示すドゥテルテ比大統領(2016年7月7日)出典:Public domain
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。