ガソリンは100円・ℓ切らない
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・コロナ経済危機により原油価格は25ドルを割った。
・だがガソリン価格は以前ほど下がらない。
・その理由はスタンド数減少、系列整理と転売縮小、人件費上昇。
■ ガソリンはリッター100円を切るか?
原油価格が急落している。年末は1バレル60ドルであった。それが3月初頭には40ドル、3月中旬の16日には30ドルを割り18日には20ドル丁度まで落ちている。これは20年ぶりの低価格である。*1
その影響としてガソリン価格の下降も予測されている。中には90年代末から00年代初頭の低価格の期待もなされている。当時は東京市内平均でもリッター100円を割っていた。*1 近郊では90円以下も珍しくはなかった。*2
▲図 「ガソリン1L当たりの小売価格(東京都区部)」 出典:総務省統計局
ガソリン価格はどこまで下がるだろうか?
東京市内では平均100円は切らない。前回同様の原油価格水準でもそうなる。なぜなら次の3つの点で状況が異なっているためだ。第1はスタンド減少、第2は系列整理、第3は人件費の上昇である。
もちろん低価格スタンドであれば100円を切る事態はありうる。ただ、以前のように90円や85円を割る事態はこない。
■ スタンド減少と競争緩和
ガソリン価格は以前ほど下がらない。
第1の理由はガソリンスタンド数の減少と店頭価格競争の緩和である。ガソリンスタンドは大きく減少した。それによりスタンド間での熾烈な価格競争は消滅した。そのためガソリン価格は急激かつ徹底的には下がりにくくなっている。
実際にスタンド数は25年で半分以下となった。ピークの94年には60421店あった。それが今日では3万を割っている。最新数字は18年度末の30070である。傾向からすれば20年度末には2万8000店といったところだ。*3
そしてスタンド間の競争も起き難くなった。
以前は熾烈な競争があった。地域には多数のスタンドが存在しており、そこで優位に立つためほとんどが地域最低価格を称していた。そのため出血覚悟の価格引き下げを行っていた。
今はその影もない。地域価格を引き下げるような叩きあいは珍しくなった。さらに言えば非価格的な競争もなくなっている。ティッシュのオマケや無意味な旗振りもほぼなくなった。
最近ではむしろスタンド過疎化が問題になっている。近所で給油ができない不便を訴えるガソリン難民が出現する時代となっている。
つまり、以前のような競争過熱によるガソリン廉売は期待できなくなったのである。
▲写真 ガソリン値段イメージ(2016)出典:円周率3パーセント
■ 販売系列整理と転売の消滅
第2は系列整理によるガソリン卸価格の高止まりである。これもガソリン価格の引き下げを抑制する。卸価格の段階で安値販売を困難となるからだ。
平成の時代は石油銘柄が整理された時代でもあった。
昭和末期から平成初期には16のブランドがあった。農協も含めるとその数字となる。また輸入自由化により独立系のスタンドも数多く存在していた。
それが平成30年間の合併等によりブランドは7つまで整理された。正味ではもっと少ない。乱暴に言えばほぼ2系列となっている。元売りは実質2社しかない。
これは効率追求の結果である。石油精製、流通、管理、資本にはスケールメリットがある。
この系列整理もガソリン価格を高止まりさせる。
卸価格の段階で価格を高目安定させるからだ。
一つは系列間競争の緩和による卸価格の安定である。店舗間競争と同様に系列間の競争も弱化する。そのためガソリン卸価格の引き下げや値引きの必要性が減じた。なお系列間の競争緩和は石油ブランドのコマーシャル縮小で歴然としている。
もう一つは転売の縮小である。
かつての安売りはガソリン転売に支えられた部分があった。元売りが余剰在庫を抱えた場合、系列外に安値で転売していた。*4 独立系スタンドはそれを入手して法外な安値販売を行った。また系列スタンドも隠れて仕入れており価格競争の原動力であると言われていた。
しかし系列整理により転売も縮小した。元売りは転売し難くなり、同時に系列スタンドも購入し難くなった。元売りからすれば転売は利敵行為である。また店舗としても購入がバレやすくなる。
また、独立系スタンドも安値ガソリンを入手できなくなった。これも価格競争の発生を抑制する要素である。
ガソリンは卸価格の段階でも安売りが難しくなったのである。
■ 人件費の上昇
第3が人件費の上昇である。今日、賃金は上昇する傾向にある。しかしガソリンスタンドでは効率化によりコスト上昇を吸収し得ない状態となっている。
20年前にはまだ賃金も安く効率化の余地もあった。
当時の最低賃金は東京都で700円程度である。もちろん、その額では人は集まらない。ただ2割も足せばアルバイトは雇えた。また労働力は豊富であった。
また当時はセルフ給油で人件費圧縮が可能であった。規制緩和は98年である。その導入は当時の低価格の要因でもあったのだろう。
だが近年では賃金上昇と効率化は限界に直面している。
賃金は人口減少に応じて急上昇している。東京都の最低賃金は1013円である。スタンドのバイト募集時給は東京都内では1200円以上、市内中心部では1500円に達した。そして今後も上昇する。
この人件費上昇を吸収する目処はない。セルフ化も大規模化も行き着いている。その次の新機軸が登場する見込みもない。*5
ガソリン価格は人件費の分、高くなるのだ。影響はスタンドの規模や回転率にもよる。ただ、よほどのスタンドでなければ無視できない。リッターあたりの人件費は20年前と比較して1円2円は上昇している。*6
これも平均100円を切らないと判断する理由である。20年前でも東京都内ではギリギリ平均100円を割る程度であった。そこにリッターあたり1円2円の経費増が加わる形であるためだ。
*1 「ガソリン1L当たりの小売価格(東京都区部)」(総務省統計局)https://www.stat.go.jp/data/kouri/doukou/pdf/7301_13.pdf
*2 当時、筆者近隣のスタンドでは瞬間最大でリッター79円まで落ちていた。埼玉県川越市付近では当時屈指の価格競争がなされていた。
*3 「揮発油販売業者数及び給油所数の推移」(経産省資源エネルギー庁、2019年7月)https://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/distribution/hinnkakuhou/data/190723sm.pdf
*4 ガソリンは長期保存はできない。重合や分解により品質が低下する。また余剰在庫整理では系列内への安値販売もできない。値引くと以降の取引における参考価格となってしまう。
*5 今以上の人件費削減には無人化しかない。ただ、ガソリンは危険物である以上、遠隔監視やAIによるスタンド無人化はおそらく認められない。仮にスタンド全体をカバーできる泡消火器があって監視機器故障や救命要員の必要性から認められないだろう。実際に今回の消防庁省令改正もスタンドへの人員配置は死守させる形である。
*6 20年前の900円から現今の1200円の時給上昇に耐えるには人数・時間あたり300リットル以上の売上増が必要となる。仮に20年前はバイト一人あたり軽油合わせて500リットル売れば収益が出たとしよう。これは店舗の開店時間を平均した数字だ。それが今では深夜を含めて平均800リットルを売る必要があるということだ。
トップ写真:SHELL ガソリンスタンドイメージ 出典:Pixabay: ElasticComputeFarm
あわせて読みたい
この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。