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.国際  投稿日:2020/12/29

サウジ、イエメン撤兵へ【2021年を占う!】中東


文谷数重(軍事専門誌ライター)

まとめ】

・サウジはイエメン撤兵を検討する時期に入っている。

・戦況は不利、原油価格低下、国際情勢もサウジに有利ではない。

・国内情勢から皇太子指導体制の力量は低下。体制への不満も。

サウジアラビアはイエメンから撤兵するのではないか。

サウジがイエメンに介入してから6年が経過しようとしている。内戦で親イランのフーシ派が勢力を拡大する。それを回避するため15年3月にUAEと共同で軍事介入した。

だが、介入はうまく行っていない。サウジはフーシ派を駆逐できず封じ込めもできていない。それ以前に戦場での勝利も得られていない。

サウジはこの介入を今後も続けるのだろうか?

継続困難であり撤兵を検討する時期に入っている。その理由の一つめは戦況不利、二つめは国際情勢の悪化、三つめは国内事情悪化である。

戦局好転の見込みはない

イエメン介入の継続は困難となりつつある。

その一つめの理由は戦況だ。サウジは決定的な勝利を得られていない。最近ではむしろ押されている。この戦局を改善する見込みはない

サウジはイエメンに強力な軍隊を送った。いずれのイエメン軍事勢力と比較しても装備優良な戦力である。

だが、成果は芳しくない。フーシ派の勝利は阻止できたがそれだけだ。支援する暫定政府の力も扶植できていない。

去年からは逆に戦況不利が目立っている。

陸戦では2019年9月28日の大規模投降だ。最新の米式装備で固めたサウジ・暫定政府軍がサンダル履きのフーシ派に敗北したのだ。しかも場所はサウジ領内であった。

同月14日には石油精製施設も破壊された。イエメンからの無人機攻撃で2つの製油施設が操業停止に追い込まれた。短期間だがサウジの石油供給能力は半分に減った。

▲画像 サウジアラビアの製油所への攻撃 出典:VOA(Public domain)

今年には紅海側でのタンカーへの攻撃が始まった。被害は3月頃から出始めている。最近では20年11月25日と12月14日に攻撃が行われた。

なによりも改善の見込みが立たない。

この6年間、サウジは汚い戦争も厭わなかった。

例えば海上封鎖である。飢餓やコレラが流行してもお構いなしに封鎖を続けた。

また都市爆撃も実施した。病院や学校への命中被害や非戦闘員の死傷が生じても継続してきた。

だが、それでも勝てていない。むしろ戦況は不利となっている。

つまりサウジにはもう手がない。できることはすでにやっている。それでいて勝てないのである。

▲写真 イエメン難民 出典:赤十字国際委員会(A.Zeyad/ICRC)

国際情勢の変化

二つめは国際情勢の変化である。これも介入継続を難しくする。

まずは米国支持の弱化だ。

これは政権交代がもたらす影響である。

トランプ政権は一応はイエメン介入を支持する立場にあった。親イラン勢力の伸長は望ましくはない。対イラン強硬態度からそのような態度にあった。(*1)

それがバイデン政権で変化する。対イラン態度は軟化すると予想されている。またイエメンにおける人道問題や米国製武器の拡散問題もおそらく重視されるようになる。

またイランが影響力を拡大する。イエメン内戦も含めて敵方にあたる勢力が強力となるのだ。

原油価格下落の影響である。コロナ流行により20年前半はバレル20ドル前後、今年後半は40ドル前後でしかない。

この状況では産油国の力は弱くなる。国家の収入が減るためだ。

だがイランはその影響をあまり受けない。原油は事実上の禁輸状態にある。まがりなりにも原油に依存しない経済体制を作り上げている。

イランの影響力は相対的に大きくなるのである。

最後がUAEとの共同介入の破綻だ。19年からは逆に親サウジの暫定政府への攻撃を始めているのである。

これらによりサウジの立場は悪化する。イエメン介入継続を難しくする。その方向に作用するのである。

国内体制の変化

三つめは国内事情の悪化である。それにより皇太子指導体制の力量は低下する。結果、介入継続を難しくなる。

原因はすでに述べた原油価格の低迷である。サウジ財政は原油価格60ドルから80ドルでよううやく歳入歳出が均衡する。現在の40ドルが続くと種々の無理がでてくる。

それによりパンとサーカスの水準維持も難しくなる。サウジは国民に生活、娯楽、福祉を無料で提供してきた。その財源は原油輸出による外貨収入である。

そのきざしもある。2018年に導入された付加価値税の増税である。原油減収を補うため今年はいきなり税率3倍の15%に増税された。これは実質的な提供水準の切り下げだ。

この水準低下で何が起きるか?

体制への不満が高まる。これまでパンとサーカスで抑え込んでいた社会問題や諸矛盾が噴出しやすくなる。例えば自由、人権、民主主義、王政や現指導体制への不満である。

それにより皇太子の政治指導力も削がれる。

▲写真 サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子 出典:Wikimedia Commons; Mazen AlDarrab

もともと政治はうまく行ってはいない。経済・社会改革は成果を上げていない。外交も米大使館エルサレム移転やトルコでのジャーナリスト殺害と失敗が目立つ。

その指導力が更に弱化する。

特に不人気な政策は無理押しできなくなる。イエメン介入はまったくそれにあたる。介入自体への賛否はともかく勝利が得られていない戦争である。

これも撤兵を検討させる要素となる。

もちろんその様態はわからない。いつ撤兵するか。一撃による勝利演出のあとか。逆に政治や戦場での一大敗北によるか。それは読めない。

だが介入継続は困難となるのである。

(*1) ただ、トランプ政権でもさほどの支援はしていない。トランプ政権でも軍事力の提供はしていない。19年9月にサウジ石油施設が攻撃されても冷淡であった。また19年末からの有志連合による艦隊展開でもイエメン内戦への肩入れとはならなかった。

トップ写真:フーシ派が収容所として使っていた大学へのサウジ主導連合軍による空爆で多数の死傷者が出た。(イエメン南西部ダマル 2019年) 出典:flickr; Felton Davis




この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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