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.社会  投稿日:2020/4/10

「頭の中が真っ白に・・・」子宮頸がんの前がん病変が見つかった妊婦からのメッセージ


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

 

 

【まとめ】

・妊娠検査で子宮頸がんの前がん病変が分かった人に話を聞いた。

・自分の辛い経験を多くの人に知ってもらい、頸がんの予防をしてほしい。

・医師は、HPVワクチンと検診をセットで受けて欲しいと話す。

 

 

「頭が真っ白になって、ぶわーって泣いてしまいました」

 

赤ちゃんを授かり妊婦検診を受けたときに、突然医師に、子宮頸がんの前がん状態である異形成(注1)の可能性がある、と告げられたとしたら・・・

 

自分には関係ない出来事だと思う人もいるかもしれない。でもこれは現実に起きている話なのだ。

 

そんな経験をしたのは佐藤めぐみさん(仮名:35才)。4才と2才、2人のお子さんがいて、現在3人目のお子さんを妊娠中だ。

 

それは、1月の中旬に妊娠の初期検査を受けた時のこと。想像もしなかったことを医師が佐藤さんに告げたのだ。

 

「検査に引っかかった。子宮頸部異形成の疑いがある」と。

 

思わず声上げて泣き出した佐藤さん。

 

号泣したのには訳があった。去年12月、よく子供を預けていた友人が子宮頸がんで突然亡くなったばかりだったのだ。

©Japan In-depth編集部

 

その人は、食育にも取り組んでいる地元ではちょっとした有名人だった。人一倍健康に気を付け、はつらつと生きていた身近な友人が、子宮頸がんと判明してからわずか3か月で1歳の子どもを残し突然この世を去ってしまった。

 

「その方の死と自分を重ねてしまい・・・自分も死んでしまうんじゃないかと泣く日々を送りました」

 

医師は「まだ子宮頸がんの前の前の前、3段階くらい前だから」とめぐみさんに言ったが、不安は尽きなかった。そして2月にHPV検査(子宮頸部に子宮頸がんの原因となるHPV=ヒトパピローマウイルスがいるかどうかを調べる検査)を受けることになる。

 

その結果、HPV陽性が判明し、コルポスコピー検査(拡大鏡で子宮頸部を観察する検査)と組織診(精密検査)へと移行した。

 

「とても不安でした。夜中、子供が寝静まってから、子供の動画や写真を見ては、この子たちが大きくなるまで生きていられないのかな・・・」

 

そんな考えが佐藤さんの頭を少しでもよぎると胸が押しつぶされそうになる・・・気づくと泣いてしまっていたという。

 

「旦那は大丈夫、大丈夫と支えてくれました。でも、当時妊娠初期でつわりもひどい中、肉体的にも精神的にもすごく辛かった。4歳の娘を幼稚園にも送り出さなければならないし、2歳の娘は家にいるし、母は1時間くらいかかる横浜に住んでいるのですぐに手伝いに来られる状況ではなかった。・・・本当に大変な1カ月でした」

 

診断は、「上皮内がん、一部高度異形成」だった。「上皮内がん、高度異形成」と言われてもどの程度の状態なのか、わからないのが普通だろう。医師は、「自然分娩はできる。異形成自体出産で剥がれることはあるし、分娩時に異形成がなくなることもあるので、出産後に手術するかどうか判断しよう」と佐藤さんに提案した。出産予定は8月。5月に一旦経過を見るとのことであった。

 

「なかなか、納得できなかったです」

 

佐藤さんは迷いに迷った。経過観察のまま子育てをしながら、数ヶ月妊娠生活を送ることができるのか自信がなかった。周りの人や助産士さんらに相談し、意を決してセカンドオピニオンを求めに、初産した都内の病院を訪れた。

 

そこでの医師の説明は、「一刻も早く円錐切除術を行うべき」というものだった。佐藤さんは医師の詳しい説明を聞き、納得した上で、薦められた円錐切除術(注2)と、切迫早産を防ぐ子宮頚管縫縮術をを3月3日に受けた。

 

「セカンドオピニオンで夫も初めて付いてきてくれました。事の重大さを夫婦で共有、理解し、納得してその場で手術を決めたのです。自分で決心し、またこの医師なら大丈夫だという確信で手術を受けたので、心配はありませんでした。」

 

私が佐藤さんに話を聞きに行ったのが3月25日。退院してからまだ1週間ぐらいだった。

 

「術後は想像以上にとてもおなかが痛くて、今でも少し歩くとすぐお腹が張ってしまい、外出が困難です。でも悪いところは取り切れているので精神的にはとても元気に暮らしています」

 

そう、佐藤さんは話してくれた。今は、夏の出産を楽しみに落ち着いた生活を送っている。

 

 

©Japan In-depth編集部

 

 

・子宮頸がんを予防するために

 

妊娠中でありながらセカンドオピニオンを聞いて子宮頸がんの手術を決意した佐藤めぐみさんは、ご自身の体験談をFacebookで繋がっていた「藤沢女性のクリニックもんま」の院長をつとめる門間美佳医師に伝えた。

写真)門間美佳医師

©Japan In-depth編集部

 

門間医師は自身のFacebookで普段から子宮頸がんの予防について積極的に啓発を行なっている。以前は、子宮頸がんを「人ごとだ。がん検診をきちんと受けていれば大丈夫」と思っていた佐藤さん。自身に上皮内がんが見つかったことで、門間医師の投稿を遡って読むようになった。入院中、産婦人科学会はHPVワクチンを勧めているのに、世間との認識のギャップがこんなに大きいのか、と衝撃を受けたという。

 

「(円錐切除の)手術が無事成功したことは良かったが、それでもやっぱり手術しなければよかったと思うほど痛かった。手術後は10日間点滴、子供にも会えないし、他の誰にもこんな辛い経験はして欲しくないと思った」

 

日本ではがん検診を受診する20代30代の女性は少なく、また、「がん検診していれば大丈夫、HPVワクチンは必要ない」という意見も多い。

 

子宮頸がんの定期検診は2年毎に行われていることが多い。この検診は7〜8割の確率で細胞異常を見つけることができるが、2〜3割はどうしても見落としてしまうという。若い人は特に進行が早く、2年毎に検診を受けている人でも異形成やがんになってしまうことがあると門間医師は指摘する。

 

 

 

 

「子宮頸がんを防ぐためには、HPVワクチン接種とがん検診の両方が大切だ。HPVワクチンでがんを防ぎ、がん検診でがんを早く見つける。子宮頸がんで妊娠できなくなってしまう20代30代の女性が毎年約1,200人もいる。子宮頚がんで亡くなる人は毎年約3,000人もいる。これは大変深刻な問題だ。国も市も検診は大事だと言っているが、肝心の若い人にそのメッセージが届いていない。この深刻さをなんとかみんなに知ってほしい。」

 

図) 子宮頸がんの罹患率

出典)岡山県 子宮頸がんについて

 

・HPVワクチン接種率の低さ

 

現在日本ではHPVワクチンの接種率が極端に低くなっている。国は2010年度にHPVワクチンの公費助成を始め、2013年4月には小学6年~高校1年相当の女子を対象に計3回行える定期接種とした。しかし、接種後に体調不良を訴える報告が出始め、メディアも大きく報道したことから、国は2013年6月にHPVワクチンを公費負担による定期接種としたまま、接種の「積極的勧奨」を差し控えるよう自治体に通知した。結果、約70%あった接種率は現在1%未満に下がった。これは先進国の中では著しく低い数値だ。

図) 世界のHPVワクチン接種率

 

 

勧奨差し控えから7年が経とうとしている中、接種を見送った女子の将来のHPV感染のリスクが高くなること、それに伴い子宮頸がん発症のリスクが高くなることを指摘する研究もある。

 

その7年の内にHPVワクチンを知らない人も増えている。筆者が教えている大学の1,2年生は2000年生まれ以降だが、下図でわかる通り、HPVワクチンを接種していない可能性が高い。

図)各生まれ年度のHPVワクチン接種状況 生まれ年度(HPVワクチン導入前世代:~1993年度、HPVワクチン接種世代:1994~1999年度、HPVワクチン停止世代:2000年度~)によるHPVワクチンの接種状況を示している。◎は多数接種、 〇は一部接種、 Xはわずかに接種、 XXはほぼ接種せず、を表している。

出典)大阪大学大学院医学系研究科 上田豊 講師(産科学婦人科学)らの研究グループの発表による。(注2)

 

 

・検査とHPVワクチン

 

門間医師は、HPVワクチンの副反応はゼロではないとしながらも、科学的に正確な情報を得て、HPVワクチンのリスクと子宮頸がんに罹患するリスクを比較検討することが大切だと言う。副反応というリスクをさけて、結果的に子宮頸がん罹患という大きなリスクを選んでしまっているのが今の状況だ。

 

「オーストラリアでは男女ともに、9価(子宮頸がんの予防効果が95%)のHPVワクチンを学校で接種しており、数年後には子宮頸がんが撲滅される。このままでは日本だけが子宮頸がんで苦しむ国になってしまう。」と警鐘を鳴らす。

 

最後に佐藤さんは社会にどのようなことを伝えたいのか聞いた。

 

「まず肉体的にも精神的にもとても辛いものであるということ。女性ならば、このような経験をする可能性は誰にでも必ずある。男性も含め正しい知識をつけて欲しい」

 

「また、子宮頸がんは多数の人と性交渉した人がなりやすいなどという社会的な偏見もあるためか、世の中に出ている情報が少なすぎる。妊娠中に子宮頸がんになった人のブログは一生懸命探したが、5件にも満たなかった」

 

そう述べ、妊婦が体に変調をきたした時、頼れる情報が社会に不足している事を指摘した。

 

©Japan In-depth編集部

 

 

門間医師も続ける。

 

「子宮頸がんは人ごとではない。78人に1人が罹患し、しかも若い世代に増加している。自分だけの命ではなく、家族や将来の恋人にも関わること。後回しにせずに、若いうちから検査を受けて欲しい。30代以上は細胞検査の際に、HPV検査(自費、数千円)も追加することで、3年は安心することができる

 

妊娠して検査を受け、初めて子宮頸がんの兆候が分かる人もいる。今回佐藤さんのケースでは、最初の医師とセカンドオピニオンを聞きに行った医師とで意見が分かれた。ご夫妻が難しい判断を迫られたことは想像に難くない。実際に自分に子宮頸がんの兆候が見つかった時、貴方はすぐに相談できるかかりつけ医がいるだろうか。

 

子宮頸がんは女性なら誰もがかかる可能性がある。早期のⅠ期でも子宮摘出になってしまう。1、2年に1回の定期検診と、HPVワクチンを接種することが大切だ。

 

子供さんがいるご家庭なら、わが子がHPVに感染するリスクにさらされる前に、親子で婦人科医の話をよく聞いた上でどのような予防法を取ればいいのか、一緒に考えてもらいたい。そのためには、臆せず、病院やクリニックの門をたたくことだ。

 

婦人科は敷居が高いと感じる人が多いのはわかる。働き盛りのワーキングウーマンの方々は忙しくてそれどころじゃないのもわかる。しかし、健康や命より大切なものなどあるだろうか。

 

まずは検診に行ってもらいたい。そして、専門医に相談してもらいたい。それが佐藤さん、門間医師、そして筆者の願いである。

 

 

 

注1)異形成・上皮内がん

 

子宮頸がんの組織型は、扁平上皮がんと腺がんに大きく分けられます。

異形成は、扁平上皮がんになる前の状態で、3段階ある。軽度(CIN1)、中等度(CIN2)、高度(CIN3)と進む。扁平上皮がんでは、高度異形成(CIN3)と上皮内がん(CIN3)を前がん病変としている。

図)扁平上皮がんの発生・進行のしかた(イメージ)

出典)国立がん研究センターがん情報サービス

 

 

注2)本研究成果は、12月6日(木)、英国科学誌「Lancet Oncology」2018年19巻に掲載されました。

【タイトル】 Beyond Resumption of Japan’s Governmental Recommendation of the HPV Vaccine

【著者名】 Yutaka Ueda1*, Asami Yagi1, Sayaka Ikeda3,Takayuki Enomoto2, and Tadashi Kimura1(*責任著者)

【所属】1. 大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学

  1. 新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学
  2. 多摩北部医療センター 婦人科

本研究は、厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「生まれ年度による罹患リスクに基づいた実効性のある子宮頸癌予防法の確立に向けた研究」の一環として行われました。

出典:大阪大学大学院医学系研究科

 

 

注3)円錐切除術

子宮頸部の一部を円錐状に切除するもの。

図)円錐切除術

出典)国立がん研究センターがん情報サービス

 

 

 

トップ写真)©Japan In-depth編集部


この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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