NYでも暴動 黒人死亡事件
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・米、黒人差別による事件が多発し、各地で暴動が発生。
・過去にも黒人差別に端を発した大規模な暴動が幾つかあった。
・暴動などの背景には高い失業率や不況による生活不安が根底にある。
アメリカで新型コロナの次に、話題になっている話といえば、各地で起きている黒人差別、と捉えられる数々の事件と、暴動である。
今年2月に、ジョージア州でジョギングをしていた黒人青年が、「強盗事件から逃げる途中の犯人と思い込んだ」と主張する白人親子に射殺された事件があった。白人親子はその主張だけで釈放されたが、その後、事件を撮影した動画で、青年を射殺した動機が黒人であった、という理由だったらしいことが分かり、2人は5月7日に逮捕されるに至った。事件そのものが人種差別に基づくものであったことに加え、白人の犯人に対して積極的に捜査を行わなかった捜査当局の対応が人種差別的、という批判も全米に広がった。
先週25日にはニューヨーク・セントラルパークでバードウォッチングをしていた黒人男性が、散歩紐をつながず犬を散歩させていた白人女性を注意したところ、女性は携帯電話で「アフリカ系アメリカ人が私と私の犬を脅している」と警察に通報、その模様を撮影した動画が拡散し騒ぎとなった。
そして同じく25日。
ミネソタ州ミネアポリスで偽札使用の容疑をかけられた黒人男性が警察に身柄を拘束される際に、警官が膝で男性の頸部を8分間以上圧迫した末、男性が死亡する、という事件が起きた。
本人が「息が出来ない。どうかどいて下さい」と懇願しているにもかかわらず、警官は両ポケットに手を突っ込み、得意げになっている、とも見える動画が拡散。加えて現場対応にあたった白人警官4人が免職されただけで、逮捕にまで至らなかったことで市民の怒りが爆発。大規模な暴動事件に発展してしまった。
その後暴動は収まらず、全米各地に飛び火。
ニューヨークでも、ブルックリンのバークレーセンター前などで起きた抗議運動が暴動に発展、今日までに550人が逮捕される事態になった。
これには心底驚いた。
抗議活動はさらに規模を大きくして今日も続いている。
全米に飛び火するようなデモがニューヨークで起きた時でもここでは常に行動は平和的でありつづけて来た。それがニューヨークが誇ってきた理性であり、誇ることができるものであった。何回も取材に出かけた大規模なデモや抗議運動でも、近年は暴動などにまで発展することはなかったと記憶する。
それが今回は暴動に発展してしまった。警察車両が燃やされるなどしたが、警官が乗っている車両にモロトフ・カクテル(火炎瓶)を投げ入れた人物が逮捕されるなど暴力行為をエスカレートさせるために用意周到な者もいて、暴動の背景には扇動者の影も見え隠れする。
よく覚えている大規模な暴動といえば、何と言っても1991年のロドニー・キング事件に端を発したロサンゼルス暴動である。この事件はもはや歴史的な出来事として記憶されている。
▲写真 ロサンゼルス暴動の後 出典:Flickr; Mick Taylor
この事件も黒人であるロドニー・キングが交通違反を犯し、取り締まりの際に20人以上の白人警官に殴る蹴るの暴行を受け、その模様が携帯電話もない時代に市民のビデオカメラによって撮影されていた映像がテレビで公開されたことが発端で、黒人市民の怒りに火がついた。今回のミネアポリスの事件と同じ構図である。
結果、白人警官3人がとヒスパニック警官1人が起訴されたが、警官らによる暴行により、ロドニー・キングが重傷を負っていたにも関わらず、白人のみで構成された陪審員が、1年後の1992年4月に、4人に対して下した無罪の評決は、12000人以上が逮捕、死者を70人近く出した黒人を中心とする大暴動を発生させるには充分の内容であった。
記憶する中でニューヨークで起きた最後の暴動はロス暴動から半年以上前の1991年夏に起きた「クラウンハイツ暴動」である。この事件もロス暴動と同じく人種問題に端を発している。
ニューヨーク・ブルックリンの舗道で黒人少年がユダヤ人が運転する車両にはねられ、運転していて怪我を負ったユダヤ人男性が優先的に救助され、あとから病院に運ばれた黒人少年は死亡したため、対応が人種差別的と感じた黒人市民の怒りに火がつき、3日間に渡る大規模暴動に発展した。
あれから30年近く。
その後、ニューヨークで暴動が起きることはなかった。
おととい、所用で行った先でやたらと人が密集している一角があった。
近づいて見るとラテン系の若者が音楽をかけ、クルマを道路の中央に停め、道路を占拠して騒いでいる。ソーシャルディスタンスなど無縁の世界だ。黒人・ラテン系の若者にソーシャルディスタンスを守らないものが多い、と州知事が会見で言っていたが、それを目の当たりにした。
あっという間に交通渋滞が起き、誰かが通報したのか、ほどなく警察が到着した。
駆けつけた警察を見て逃げ出す者も入れば、わざと車両を移動させず、わざと違反切符を切られるがままにしているものもいる。
彼らの自己中心的なの行為には呆れたが、決まりを犯しているのを承知で大騒ぎしている彼らを見ていると、もう日常の我慢が限界に来ているのであろう、という点は推測できた。
今回の一連の暴動や、ロス暴動などの背景を考えた時、通底しているのは、高い失業率や不況による生活不安だ。そしてその結果、いつも底辺で差別を受ける側が、割りを食う事になってしまう。
▲写真 NYにおけるボルチモア黒人男性死亡事件に対する抗議デモ 2015年 出典:The All-Nite Images
問題は彼らだけのことではない。
誰もがコロナ禍で毎日の生活の不安を感じ、我慢することだけで不安を抑えこむしか方法がなく、そういう日常から抜け出したい人々の気持ちが、はけ口として暴力や過激な行動につながってきていると感じる。
次々とネット上にアップされるデモの映像も異様だ。警察の暴力行為も相当、目に余るものも多い。コロナ対策で市民と協力関係にあったデブラシオ・ニューヨーク市長が暴力行為には警察力で対応すると表明し、互いの信頼関係にヒビが入る事態にもなりかねない。
これらは昨日までのアメリカではない。
アメリカ社会が壊れかけてきている。ミネアポリスの事件はきっかけに過ぎなかった。
デモはこれからも広がっていくことだろう。
トランプ大統領は、自治体の要請があれば軍を出動させる用意があると言っている。92年のロス暴動ではその規模が大きすぎてロサンゼルス市警だけでは対応できず、最終的には陸軍や海兵隊が投入された。
暴力を暴力で抑えこんだ30年前に戻るしか道はないのか。
皆が抱えている先が見えない不安感。それらが拭われる日が来ることはあるのだろうか。
▲動画 「NYでも暴動 黒人死亡事件」(Japan In-depth Youtubeより)
トップ写真:ミネソタ州での暴動のあと 出典:Flickr; Lorie Shaull
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。