安倍政権の媚中派名指しした米報告書(3)今井氏はなぜ親中なのか
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・今井氏、第一次安倍内閣で首相秘書官、2019年首相補佐官に昇進。
・日本は「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行への反対や批判は一切述べていない。
・今井氏の出身官庁、経済産業省には親中の傾向がある。
だがそれでもなお報告書は以上に紹介した今井尚哉、二階俊博両氏についての記述の後、またすぐに秋元事件に戻っていく。
そしてその記述は秋元被告に賄賂を渡したとされる中国企業「500ドットコム」が中国政府の支援する「清華ユニグループ(清華紫光集団)」、「清華ホールディングス(清華股份)」や、さらには清華大学との絆があったという点を強調し、この汚職事件の背後には中国政府の影が広がることを示唆していた。
清華大学は習近平国家主席や胡錦濤前主席らの出身校として知られる。
同報告書はまた清華ホールディングスの事実上の最高経営者にあたる共産党委員会書記には胡錦濤氏の息子の胡海峰氏が在任していた事実をも伝えていた。
さて以上のようなアメリカの報告書の指摘をどう読むべきか。
同報告書が安倍政権や自民党の内部の対中融和分子として指摘した二階俊博氏と今井尚哉氏のうち二階氏のその類の言動はわりに広く知られてきた。
とはいえ、日本国内では二階氏や今井氏が安倍政権の対中政策を動かしているという実態は客観的な事実としても公開の場で明らかにする報告はまずなかった。両氏の中国への接近や融和の状況をきちんと知らせる報道は大手メディアではなかった。
だがアメリカ側ではその実態を簡明きわめる表現で公開したわけである。日本の識者の間ではすでに周知かもしれない事実を改めて明快にして描写したのだともいえる。
だが情報自体はアメリカ、さらには国際社会へと広がることとなる。この報告書の意味はその点にもあるといえよう。
アメリカ側ではこれまで日本研究者の間でも今井尚哉という人物はほとんど未知の存在だった。
今井氏は安倍晋三氏の文字通りの側近である。本来は経済産業省の官僚だったが、2006年9月には同省から派遣され、第一次安倍内閣の首相秘書官となった。このときの安倍政権は一年たらずの短命だったが、今井氏は明らかに安倍氏の信を得た。
その後、安倍氏が2012年9月に首相の座に返り咲くと、古巣の経産省に戻っていた今井氏をまた秘書官に呼び戻した。以来、今井氏は安倍首相の裏方では最側近として寵と信を得て、2019年4月には首相補佐官に昇進している。
今井氏は安倍政権での黒子としての影響力の大きさやその影響力の発揮の密室ぶりから「現代のラスプーチン」とも評された。
今井氏の親中態度は安倍政権内外ではかなり伝えられてきた。今回の報告書にあるように、今井氏が中国主導の「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行への日本のフル参加を提唱してきたという情報は多々ある。
日本政府が公式に決めた「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行への不参加に対して、それを首相の秘書官とか補佐官の今井氏がひっくり返そうと動くことは異様である。
日本政府はアメリカと異なり、「一帯一路」や同投資銀行への明確な反対や批判は一切、述べていない。むしろ間接な協力の余地を残したようなスタンスである。この点は今井氏や二階氏の安倍首相への「説得」の結果とみてもふしぎはないだろう。
▲写真 自由民主党令和2年豪雨災害対策本部による提言申入れ 出典:首相官邸
しかも今井氏は安倍首相との親密な関係を利用して、公式の政策議論をなにも経ず、密室での動きで日本政府の公式の政策決定を変えようとする。その変更を二階氏のような存在と手を結び、中国政府側に伝える。こんな動きはどうみても透明な民主主義政治での外交ではないだろう。今井氏独特の親中志向による不透明な動きとしか思えない。
では今井氏はなぜ親中なのか。
私が長年、接触してきた範囲でも旧通商産業省、現経済産業省には親中の傾向がある。中国との経済取引での利益重視、アメリカとの貿易摩擦からの反米志向などがその原因だろう。もちろんこれだけでは今井氏の親中の説明とはならない。
また今井氏の叔父の今井敬氏は有名な対中友好派である。今井敬氏は新日本製鉄の社長を経て経団連の会長ともなった。現在も日中友好会館理事を務めるなど日中友好団体にかかわっている。
私が北京に駐在していた1999年には今井敬氏は経済人代表団の団長として訪中し、共産党政権首脳と会談して、「日中関係はいますべて友好的でうまくいっている」と述べていた。当時の中国の大軍拡や台湾への威迫についての日米両国の懸念にももちろん触れず、「中国が軍事増強しているからといって日本は対中ODA(政府開発援助)を減らしてはならない」とまで述べる親中ぶりだった。
だがこれまた今井尚哉氏の親中ぶりの説明としては不十分な背景である。おそらくは種々の要因が重なっての自分なりの親中論ということなのだろう。
※この記事は月刊雑誌『WILL』2020年10月号の掲載された古森義久氏の論文『米国に「媚中」と名指された二階幹事長と今井補佐官』の転載です。4回に分けて連載します。(編集部註)
トップ写真:第2次安倍内閣の発足 出典:内閣官房内閣広報室
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。