米中の狭間での日本の進路は 「ポスト安倍 何処へ行く日本」
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「安倍首相の業績を評価する」と答えた人が全体の7割以上
・菅氏はコロナ対策、アベノミクスに関しては継承。
・菅氏の不安材料は外交と安全保障。
安倍晋三首相が辞任した後の日本はどうなるのか。菅義偉氏の新政権登場が確実視される日本の未来はどうなるのか。
日本の政治史でも最長の任期を記録した安倍政権の功罪はやはり「功」が多かったことは、首相の辞任が決まった後の一連の世論調査でも証されたといえそうだ。少なくとも日本国民の確実な多数派が安倍政権の統治への支持や共鳴を表明したからだ。一例としては9月7日に報じられた読売新聞の世論調査である。
この世論調査では安倍政権への支持率が52%という高水準を記録したのだ。前回の8月の調査結果からは15ポイントもの支持の上昇だった。戦後の歴代政権の支持率とくらべても、この52%というのは細川政権、小泉政権に次いで史上第三位となった。安倍政権には一貫して反対してきた朝日新聞の世論調査でも「安倍首相の業績を評価する」と答えた人が全体の7割以上にも達したのだ。
しかしその安倍首相も病気のために辞任する。その後任は菅義偉官房長官となることが確実だとされる。なにしろ自民党内の主要派閥がほとんど菅擁立で決まってしまったのだ。もちろん政治は一寸先も闇だという。どんな突発事件が起きるかわからない。だから菅新首相の誕生もまだ断言はできない。とはいえ、普通の予測に従えば、その展望は確実である。
だからその普通の展望に沿って話を進める。菅新政権はどんな課題に直面するのだろうか。国内問題でまず明らかなのは新型コロナウイルスとの闘いである。とにかく中国発のこの邪悪なウイルスを抑えこみ、退治することである。日本の経済の回復もそのウイルス対策と一体となっている。
菅新政権はこのウイルス対策では安倍政権が実施してきた多様な措置をそのまま継承することが基本だろう。効果は徐々とはいえ表われている。日本の政府機構全体がすでにそのために動員されている。首相が代わってもその防疫や治療のメカニズムは変わらない。菅氏の一層の努力に期待するところである。
菅氏は経済政策ではアベノミクスの継承を宣言した。前述のように日本の経済活動はこんごコロナ次第という部分が根幹だが、改めてのマクロ経済政策の再検討も必ず必要となるだろう。この点では菅氏自身、安倍首相の有力側近としてアベノミクスの推進役をも果たしてきたのだから、既定の路線は熟知しているはずだ。
一方、菅氏に対抗して次期総理の座を目指す石破茂、岸田文雄両氏は安倍路線の継承はうたわない。かわりに石破氏は「国民が納得できる政治」、岸田氏は「国民の格差、世界の分断をなくす政治」などと言明している。いずれもあまりに曖昧なスローガンである。「人間は正直であれ」と述べるような、実際の意味のない言葉として響く。この点、菅氏は安倍路線の継承として憲法改正までを明確にうたうから、少なくとも具体性に富む。
しかしその菅氏の不安材料は外交と安全保障である。国家の存続には最基盤となる国の安全と防衛、国民の安全保障、そしてその安保と一体となる他国との関係、国際秩序のなかでの自国のあり方である。菅氏は内政の広範な領域への対処には長けていても、対外的な折衝の体験がほとんどない。この点がどうなるか、である。
日本はいま国家の安全保障、防衛という面での危機にある。中国が日本固有の領土の尖閣諸島を軍事力を使ってでも奪取しようとしているのだ。その目的のために日本の実効支配を骨抜きにしようと連日のように日本の領海や接続水域に武装艦艇を侵入させてくる。北朝鮮も日本を射程に収めたミサイルを多数、配備して、ときには実験の発射までしてくる。
こんごの日本はこの中国の侵略行動や北朝鮮の威迫行動にどう対処していくべきか。この課題は現実の軍事脅威といえる日本にとっての国難である。その軍事力の脅威や効用を戦後の日本は憲法9条などにより忌避してきた。
だが他の諸国が軍事力により日本の領土や権益を奪おうとするとき、どうすればよいのか。戦後の日本はその答えをアメリカとの軍事同盟に求めてきた。アメリカの強大な軍事力を侵略への抑止や反撃に使うわけだ。ただし「軍事」という言葉を公式には使わないままの異端の「同盟」だった。
日本がそこで当然、直面するのはこうした国難の下でアメリカとの関係、中国との関係をどうするか、という課題である。そのアメリカと中国がいまや激突する。その狭間におかれた日本は二つの大国との関係をどう保つべきか。日本の国益を守るための軍事力に関してはアメリカに全面依存するしか当面は方法がないだろう。そのアメリカに密着すれば、中国を敵視することにつながる。ところがその中国は経済に関しては日本にとって超重要な存在である。この間のバランスをどうとれば、よいのか。菅新政権にとって喫緊の政策選択となる。
こうした点についてアメリカの大手通信社ブルームバーグの最近の報道が鋭く指摘していた。最近の記事は「究極のインサイダーが米中対立という重大課題に直面する」という見出しだった。菅氏のことを「究極のインサイダー」と呼ぶわけだ。政府や政党の内部にあって、その運営や管理にあたることにはきわめて長けている、という意味だ。だがその背後には対外的、国際的な事柄への対処は上手ではない、という示唆がある。
このブルームバーグ通信の記事は本文のなかで菅新首相に課される任務として「安倍首相は日本にとって最大の貿易相手の中国と、日本にとって唯一の軍事同盟の相手のアメリカとの間の微妙なバランスをとってきたが、外交経験の少ない菅氏には非常に難しい任務だろう」と書いていた。
だがアメリカと中国との関係をどうするかは、日本国全体にとっての重要課題である。アメリカのいまの対中姿勢の厳しさをみると、同盟国の日本にも同様の中国との対決を求める展望は確実となってきた。日本がこの点の決断を迫られる日はそう遠くないといえよう。アメリカも、中国も、という都合のよい態度はもう許されない環境がすぐ近くまできたのである。
トップ写真:菅官房長官、安倍首相 出典:首相官邸Twitter
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。