勝者なき「大阪都構想」否決
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・「大阪都構想」2回目の住民投票でも否決。
・インバウンドの恩恵を一番受けていた大阪経済はコロナで大打撃。
・維新、反維新、遺恨を棄てて経済再建に全力挙げよ。
2回目の住民投票でも否決された「大阪都構想」。政界への波紋は小さくない。松井一郎大阪市長は「大阪維新の会」の代表を辞任する意向を固めた。また、2年半の任期を終えたら政界引退をするとも表明している。「日本維新の会」の勢力を頼みとしているとみられる菅首相にとっても嬉しくない結果だったに違いない。
しかし、住民投票の結果は今回も僅差。大阪市民の意見は完全に分断された格好だ。確かに、満を持して臨んだ2度目の住民投票でまた敗北したことで「維新の威信」は地に堕ちたのは間違いない。しかし一部マスコミが予測するように、大阪における「維新人気」が急激に下落することは無かろう。ただし、政治というものは流れがある。次期衆院選は1年以内に来る。それまで維新が党勢を保てるかどうかがカギとなる。
大阪市民以外にとって「大阪都構想」への関心は薄い。しかし、大阪市民にとっても実は「都構想」はわかりにくかったのではないか。考えてみれば橋下徹大阪元大阪市長や松井現市長が都構想を掲げて大阪維新の会を立ち上げてから約10年。それだけの期間を費やしても、都構想のメリットは住民に完全に浸透したわけではなかったということだ。
橋下氏は当時から「都構想は統治機構改革だ」と主張していたが、話が大きすぎて大阪市民には響かなかったろう。住民にとって重要なのは生活コストや利便性にどう影響があるのか、の一点ではないか。そこで半数の人はメリットを感じなかった、ということなのだと思う。
また政治の論理で、公明党が賛成に転じたことも、多くの人が予測を見誤る原因となった。維新にとってみれば公明票が上積みされれば勝利は固い、と踏んだはずだ。しかし、蓋を開けてみれば公明票の約半数が反対に回った。地元で対抗馬を維新に立てられたら、ということで反対から一転賛成に回ったことが、公明党支持者からそっぽを向かれた原因だろう。維新・公明も、自民も、そしてマスコミも、否決を予測出来なかった。民意というのは、最後の最後まで分からないものだ。
■ 勝者なき住民投票
結論から言うと、一番大きく傷ついたのは「維新の会」。次に「公明党」だ。自民党との仁義を欠いてまで維新に協力したのに、支持者にそっぽを向かれたのでは泣きっ面に蜂状態だ。幹部の責任問題にも発展しかねない。菅首相も国政で維新の力をあてには出来なくなったという意味で割を食った。反対勢力だった大阪自民、共産市議団だとて、僅差での勝利ではもろ手を挙げて喜ぶわけにはいかないし、議会は依然、維新が多数派だ。
大阪市民はと言えば、維新派と反維新派で分断されたままの状態で、決して喜ばしい状況ではない。府や市の職員の中にも、都構想賛成派・反対派、双方いるはずで、都構想が否決されたからといって、さあノーサイドで行きましょう、とはならないはず。気まずい雰囲気は残ったままだろう。そういう意味において、まさに今回の住民投票は「勝者不在」といえよう。
■ 傷んだ大阪経済
実は大阪はインバウンドの恩恵を一番受けていたといっても過言ではない。コロナ以前は。2019年までは市内のホテルは中国人や韓国人の観光客の予約でほぼ満室、出張でホテルを取るのも一苦労だった。
心斎橋筋に行けば、大量の中国人観光客がドラッグストアの化粧品や日用品でパンパンに詰まった袋を3つも4つも抱えて大型観光バスに乗り込むく光景が当たり前だった。マッサージ店までドラッグストアになってしまった、と地元の人が嘆いていた。しかし、彼らが大阪に大金を落としていたことはまごうことなき事実だったのだ。
それが、今年に入り、コロナで一気に閑古鳥が鳴く状況に。ホテルはガラガラ、部屋の単価は3分の1くらいにまで急降下、それでも空室が目立つ。Go Toトラベルが始まっても「あの頃」には戻らない。しかも、だ。インバウンドを当てこんで、ホテル開業ラッシュが始まったのだからたまらない。
ざっとみても、「大阪エクセルホテル阪急」(2019年11月1日開業:総客室数364室)や、「ホテル阪急レスパイア大阪」(2019年11月27日開業:総客室数1003室)、「ホテルロイヤルクラシック大阪」(2019年12月1日:総客室数150室)、「ザ ロイヤルパーク ホテル アイコニック 大阪御堂筋」(2020年3月16日開業:総客室数352室)など大型ホテルの建設が相次いでいる他、中型クラスのホテルも多数開業している。
2019年で新規開業ホテルが約40軒、総部屋数約1万室、2020年の新規開業ホテルは約36軒、総客室数約9000室を予定している。2018年にも約50軒、総客室数約9000室が開業している。つまり、この3年間でなんと、新規に約120軒、総客室数約30000室が増加するのだ。そして2021年以降も新規開業が予定されている。
新型コロナによる訪日外国人旅行客がいつもとに戻るか見通せない中、彼ら頼みだった経済圏を根底から変えねばならない。国内の需要をどう取り込むか、原点に戻る必要がある。Go Toキャンペーンも所詮は一過性のもの。頼みの綱が2025年の万博だけではいかにも心もとない。
行政がやるべきことは多い。二重行政の解消、行政のムダ削減には、もちろんこれからも不断の努力で取り組まねばならないが、まずは傷んだ大阪経済をどう立て直すかだろう。
筆者は大阪の中小企業経営者の話を聞く機会が多いが、彼らのチャレンジングスピリットには目を見張るものがある。コロナ禍に負けず、ウィズコロナ時代を睨んで新たなビジネスモデルを再構築しようと日夜奮闘している。その一人が私にこう話してくれたのが印象的だった。
「これまでもずっとコロナだったようなもんやから、日々変わる環境に合わせてやっていくしかない」。
これが大阪の真の強さだろう。インバウンド頼みからの脱却や、地域経済、特に中小企業の再活性化が待ったなしだ。その為に、大阪の全ての関係者は、遺恨を棄てて一枚岩になるべきだ。
トップ写真:会見する吉村洋文大阪府知事と松井一郎大阪市長 出典:大阪維新の会公式Twitter
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。