官主導携帯値下げで寡占化へ
石井正(時事総合研究所客員研究員)
「石井正の経済掘り下げ」
【まとめ】
・auやSBより低料金のドコモ「アハモ」に「官製競争」の批判。
・楽天や他の格安スマホは厳しい戦い強いられ、淘汰が現実味。
・携帯市場の寡占化が進む恐れ。政府の狙いと逆行の可能性も。
菅義偉首相率いる新政権は、前政権との違いを際立たせるために「国民生活」重視という独自色を打ち出している。中でも象徴的なのが携帯電話料金の引き下げ。菅首相が総務相時代から取り組む政策課題だけに、力の入れようは相当なものだ。
切り込み隊長を任された自民党内きっての武闘派・武田良太総務相は、携帯大手各社を脅したりすかしたりしながら値下げを迫り続けている。
大手3社のうち、先行したのはKDDIとソフトバンク。10月末にこの2社は、総務省が携帯値下げに向けた行動計画を公表した翌日に新たな低料金プランを発表した。このため、一部からは「出来レースではないのか」との声も上がるほど間髪入れぬ鮮やかな対応だった。そのせいか、武田総務相も、「しっかり対応した」と評価する発言をしたほどだった。
ところが、武田総務相は11月20日、その2社の低料金プランについての評価を一転させ、「多くの人が契約するメインブランドでは全く新しいプランが発表されておらず、問題だ」と厳しく指弾した。2社の低料金プランは、格安ブランドで、データ通信量20ギガバイト(GB)の大容量プランを割安にする内容だった。このため、武田総務相は「形だけ割安なプランとしただけでは意味がない」と批判したわけだ。
これに呼応したかのようにNTTドコモが12月入りと同時に、通信容量20ギガバイトの割安料金プラン「アハモ」を、来年3月から月額2980円(税別)で提供すると発表した。関係者も驚く内容の料金引き下げ案だった。
既に割安プランを発表したKDDI(au)とソフトバンクよりも低料金となり、携帯各社の値下げ競争は過熱することになった。
ドコモの新プランは20代を主なターゲットとし、実店舗ではなく、オンラインでのみ申し込みを受け付ける。1回当たり5分以内の国内通話も含まれる。
ドコモのシェアは2000年代半ばまでは5割超だった。しかし、KDDI(au)やソフトバンクの攻勢でシェアは低下、首位は維持しながらも37%まで低下し、収益ではKDDI、ソフトバンクに次いで最下位に落ち込んでいる。
そこでドコモは、12月末にNTTの完全子会社になることを契機に、これまで少数株主に流出していた配当金などの資金を原資にして、「攻めの値下げ」に出たというわけだ。さらに、豊富な資金力を背景に、研究開発でもNTTとの連携を深め、競争力を高めようとしている。
NTTの株主構成を見ると、政府・地方公共団体が32.36%(9月末現在)で他を圧している。このため、他の2社に比べると官色が強い。このため、今回のドコモの仕掛けについて業界関係者は、菅首相と官界の字を引っ掛けて「菅の菅による菅のための値下げ」と犬の遠吠えのように揶揄(やゆ)している。
併せて、「官製の競争。それもいびつな競争だ」とも業界関係者は批判している。NTTグループの体力・資金力で行けば、「2980円」はできない相談ではなく、他の大手2社どころか、格安スマホ会社つぶしさえ狙った官主導の作戦ではないかとさえ見ているのだ。
ドコモの「2980円」は、価格競争で先行していた感もあった楽天と同水準の価格。これでは、基地局の数などで劣後する楽天は厳しい戦いに追い込まれる。さらに、他社の回線を借りて展開している格安スマホ会社はなお厳しく、淘汰される恐れが現実味を帯びてくる。このため、「菅による値下げ」で淘汰が進み、市場活性化による価格競争で利用者に恩恵を行き渡らせるという政府が本来狙っていた作戦に逆行する可能性が強まっている。
KDDIは格安ブランド「UQモバイル」で来年2月をめどに月額3980円(税抜き)のプランを発表、ソフトバンクも格安の「ワイモバイル」で12月下旬から、1回10分までの通話代込みで4480円(同)のプランを導入することにした。7000円台半ばとなっているauやソフトバンクの大容量プランより4割以上安くなるため、総務相も当初は評価したわけだ。
しかし、ドコモの2980円「アハモ」がベールを脱いだため、新たに対抗戦術の展開を余儀なくされている。ただ、経営体力では見劣りする2社がどこまで対抗できるか見通し難で、携帯市場の寡占化が進行する恐れは強まりそうな気配だ。
(了)
トップ画像:NTTドコモの低料金プラン「アハモ」の発表記者会見(2020年12月3日) 出典:NTTドコモ公式ツイッターより
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この記事を書いた人
石井正時事総合研究所客員研究員
1949年生まれ、1971年中大法科卒。
時事通信社入社後は浦和支局で警察を担当した以外は一貫して経済畑。
1987年から1992年までNY特派員。編集局総務、解説委員などを歴任。
時事総合研究所客員研究員。