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.国際  投稿日:2020/12/13

仏、SNSで人生狂わせた少女


Ulala(ライター・ブロガー)

フランスUlala の視点」

【まとめ】

・16歳少女がSNSでイスラム教批判。レイプ・殺害予告受ける事態に。

・「ミラ事件」は子供同士の〝言い争い〟が政府を巻き込む大問題に。

・イスラムが絡むことで事態が複雑化する仏社会の苦悩を映す事件。

10月にフランス・パリ郊外で歴史教師サミュエル・パティさん(47歳)が首を切断されて殺害された事件は、日本にも衝撃を与えた。

(※事件詳細はこちら

実はフランスではこの他にも日本ではあまり知られていないイスラムに関する事件が1月に起きていた。「ミラ事件」である。未成年者がイスラム教を批判する動画をSNSに上げたところ大きく炎上した結果、脅迫された事件だ。そしてほぼ一年経った現在でも解決していない。

■ 「ミラ事件」の概要

「ミラ事件」というのは、当時16歳の高校生だったミラさんが、自分が「同性愛者」であるとネット上で告白したところ、ムスリムの若者から罵倒されたのが始まりだ。そこで怒ったミラさんは、24時間しか表示されない動画であるInstagramの「ストーリー」で、「イスラム教はくそだ。憎しみにあふれている」などと宗教を批判したところ、その動画がまたたく間に拡散され、殺害予告を含む嫌がらせを受けた。

その結果、安全を確保できないため高校にも行ける状態ではなくなり、警察の保護を受けて身を隠すことが余儀なくされたのだ。ミラさんは、最終的にはテレビに出演し不快な思いをさせた人々に対して謝罪した。しかしながら、最初は子供の喧嘩のようなものであったのにもかかわらず、その後フランス政府が対応に動く事態になるほど少女の人生を大きく変える事件となったのだ。

■ 「ミラ事件」の問題点

この事件の問題点は3つあると考える。まず一つ目はインターネットで発言が手軽にできる上、あっという間に世界に拡散される時代になったことだ。SNSがない時代であったらこのように大きな問題に発展することはなく、地域内で同様なことが起こってもただの子供同士のいざこざで終わっていたかもしれない。

二つ目は、ティーンエージャーはまだ学んでいる段階で、事の重要さがよくわかってないこと。日本でも一時期、若者たちがアルバイト先でしたおふざけや、高校生の非常識な行動をSNSにアップしよく炎上していた。最近は減少したものの、このように若者が自分の軽率な行動をネットに上げることで過度に炎上することは日本でも問題になっている。この年代の若者の多くはまだ未熟であるがために自分たちの世界と社会がリンクしておらず、軽率な行動や言動を世の中にさらすことの危険性を理解していないことが多いのである。

しかしながら、ティーンエージャーでも全員がわかっていないわけではない。事件のことを知らないフランス人のティーンエージャーにこの事件の詳細を見せて意見をきいてみたところ、非常に冷静なコメントが返ってきた。「まず、ムスリムの若者がホモフォビア(同性愛嫌悪)で、ミラさんに悪質なコメントを送ったのは悪い。しかし、それに対してミラさんが反論するのは当然だが、内容がイスラム教を攻撃していたのはよくなかった。イスラムフォビア(イスラム嫌悪)になっている。」この理解度の違いは、本人の性格、友達とのかかわりあい、家庭環境などにも大きく影響されるのだろうと推測する。

そしてフランスのミラ事件の最大の問題点は、「フランスの法律とイスラム教徒との考え方の相違」という、従来からあるフランスを悩ませる問題が、さらにこの事件を複雑化させたことだ。

在仏イスラム団体「仏ムスリム評議会(CFCM)」の総代表であるアブダラ・ゼクリ氏は、殺害するという脅迫に対しては反対しているものの、「この問題は彼女自身が招いたことだ。彼女が言った言葉、彼女がした侮辱、私はそれらを受け入れられません。」と、怒りを抑えきれない口調でミラさんを非難した。(※参考Tweet

これに対し、当時のマルレーヌ・シアパ女男平等・差別対策担当副大臣が反論するなど、事件に対して複数の政治家がコメントを出している。イスラム教が絡んだことで、子供同士の喧嘩だったはずのものが、政府が絡む大人の攻防戦に発展したのだ。

マクロン大統領も2月に発言し、フランスでは「冒涜する権利」と「宗教を批判する権利」があるとミラさんを擁護し、政府は全面的に通常生活に戻れるようサポートに努めた。

(※「冒涜する権利」に関する記事はこちら

▲写真 マクロン仏大統領 出典:flickr; Jacques Paquier

しかし、その後も問題は収まることなく脅迫は続き、レイプや殺人をほのめかす若者がバカンス先にまでやってきてミラさんを脅迫したため、20代を含むムスリムの若者2人が逮捕され実刑を受けている。

ミラさんの弁護士は、「ミラさんは、人物を中傷しているのではなく、宗教を冒涜しているだけなので法的にはまったく問題はない。フランスは宗教を冒涜する自由は法律で守られているのだ。よって、私がカトリックはクソだ、カトリックは憎しみであふれていると言っても、まったく問題にならない。しかし、なぜ、イスラム教だけ問題になるのだ?なぜ、イスラム教だけ特別扱いなのだ?」と問題を提起している。

■ 現在も生活に影響を受けるミラさん

その後、ミラさんは住んでいる場所を変え、名前を変えて生活していたが、11月になんと再び彼女の動画が炎上し脅迫をうけることになった。送られてきたコメントには、「サミュエル・パティのようになりたいのか」、とパティ氏の切り取られた首の写真をミラさんの顔に加工された画像が添付されていた。この時はミラさんは、「ただ静かに生活したいだけ」と問題の動画を削除し、代わりにその動画で傷ついた人への謝罪の動画をアップした。

しかしミラさんはネットでの活動はやめなかった。Twitter、Facebook、そして動画のライブ配信と、活発に活動を続けていったのだ。だがまた今月12月に問題を起こした。1月の事件後、安全な高校生活が送れなくなったミラさんは、政府の口利きで寮に入り秘密裏に防衛高校に通っていた。だが、なんとミラさん、今回はその高校の名前を「約20人」が見ているライブ配信で公表したのだ。さすがにこれは軽率にもほどがある。

その結果、高校側はパティさんの時のように脅迫者が高校にやってくる危険性を危惧し、750人の生徒を危険から守るために、ミラさんに高校の寮から一時的に安全な環境に移ってもらいオンライン授業を受けるよう提案した。しかしながら、その処置に腹を立てたミラさんの両親は、「学校が娘をまた排除した」と抗議の手紙を送った。フランスの法律に違反していない側が、脅迫してくる違法な攻撃者に屈して排除されることになるのだ。両親は、高校を「臆病者」と非難した。

これを受け、高校側もこの処置は沈静するまでの一時的なものであるという声明を出し、政府のスポークスマンであるガブリエル・アタル氏もメディアから質問を受け、学校からは排除されておらず、隔離は安全のための一時的な措置であることを強調。「共和国の責任として保護します。そして、別の解決策を見つけるために彼女に寄り添っていきます。」と、政府はミラさんを守ると述べたのだ。

だが、事件が完全には収束したわけではない。現在17歳になったミラさん、今後どうなっていくのだろうか。このまま一生隠れて生活していくわけにもいかない。普通の高校生活も送れない状況で先行きの不安が募るばかりだ。2020年のイスラム教に関する事件は「ミラ事件」から始まり、「ミラ事件」で終わろうとしているが、「ミラ事件」は、現代社会の問題にイスラム教が絡むことで、事態がさらに複雑化するフランスの苦悩が見える事件ともなった。

参考リンク

L’entourage de Mila affirme qu’elle a été exclue de son lycée militaire après en avoir révélé l’emplacement, l’armée dément

Le père de Mila dénonce l'”hypocrisie” des institutions après une mise à l’écart de son nouveau lycée

Critiques contre l’islam : Schiappa s’en prend au délégué général du CFCM

Mila retirée de son lycée militaire : le gouvernement promet «une solution»

トップ写真:イスラムを冒涜してテロリストの攻撃を受け多数の死者を出したシャルリー・エブド社へのテロを抗議する集会 2015年1月11日 出典:flickr : Olivier Ortelpa




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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