官庁の情報開示は途上国以下~記者クラブの弊害~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
【まとめ】
・当局と記者クラブの癒着で、公官庁の情報開示は極めて不十分。
・筋書きある大臣会見は「劇団記者クラブ」と当局の「小芝居」。
・記者クラブは取材機会の独占をやめ、あるいは解体せよ。
日本の報道の自由度は国際的な調査ではいつも下位にある。それは世界に類を見ない「記者クラブ制度」によるところが大きい。公官庁の記者会見は勿論のこと、レクチャー、勉強会、視察旅行、懇親会などのあらゆる取材や情報収集の機会を単なる一民間任意団体にすぎない記者クラブが独占し、他の報道機関やフリーランスのジャーナリストを排除している。このシステムで情報を囲い込み、当局と密室の中で癒着しているのだ。
筆者が外国メディアの記者として参加している防衛省の記者会見は実は防衛記者会(クラブ)の主催である。だが防衛記者クラブは町内会と同じような民間の任意団体に過ぎない。
その記者クラブが「報道の代表」を僭称し、他のジャーナリストを排除している。それは何の法的な根拠もない。しかも記者クラブは町内会以下である。町内会であれば町内会長がおり、明確な責任者が存在するが、記者クラブでは複数の会員が月替りで幹事を務めているだけで責任者はいない。つまり責任者が存在しない組織なのだ。
その胡乱な「一民間任意団体」が大臣会見などを主催しているのは国際的にみても異様という他はない。しかも記者会見は実はセレモニーに過ぎない。記者クラブメディアは記者会見では大臣が困るような質問をしない。防衛省では会見の模様は画像と文字で公開されているからだ。
会見後に廊下で「囲み」とか「ぶら下がり」と呼ばれるオフレコの記者クラブ以外の会見参加者を排除した「本当の記者会見」がおこなわれる。当局側は記者クラブに独占的に情報を与え、記者クラブ側は書かないことで当局に恩をうる。つまりは癒着関係にある。これでメディアによる権力監視ができるわけがない。
このような歪んだ関係が長年続いてきたことで、記者クラブの記者たちの感性やジャーナリストとしての「常識」が世間から随分とずれている。彼らは密室化された当局との関係性の中で、如何にキーパーソンに食い込み、スクープを取ることだけに熱中する。
このような当局と記者クラブの癒着による密室化によって、本来公官庁が納税者に対して行う情報開示が極めて少なくなっている。記者クラブは役所が情報公開をするよりも、自分たちが独占するほうが利益が大きいからだ。
このため先進民主国よりも、中国などの独裁国家に近いレベルだ。情報開示は民主主義の根幹である。適切な情報開示がなされなければ、納税者も議会も議論は神学論争になる。この意味において我が国は民主国家としては大変未熟である。
これが特に防衛省では酷い。国防のためを言い訳にして他国では普通に公開している情報を隠蔽している。同盟国である米国では国防総省ができる限りの情報公開を行い、行政監査院や議会が極めてシビアに予算の使い方を監視、追及している。
例えば航空機であればどのような目的でこの航空機を採用するのか。詳細な構想とそれに掛かるコストを開示して議会と納税者の理解を得ようとする。
このため例えば既存機の飛行時間あたりの費用などが事細かく公開されている。また新型装備を開発する根拠や理由も詳細に述べられて、必要数、調達期間、総予算が明示された上で、議会の承認をえて予算化される。
対して自衛隊では戦闘機などでは事前の機数が公表されることがあるが概ね公表されない。海上自衛隊の護衛艦の最高速度は機密扱いとされているが、その根拠は開示されていない。こんなものは他国では普通に公開している。
ミサイルやセンサーの高度化によって護衛艦の最高速度をそれまでの30ノット以上から28ノットに落としても実は大して問題はない。事実欧州では水上戦闘艦の最高速度は27~28ノットというのは珍しくない。
実はこのくらいの速度にすれば建造運用コストは激減する。30ノット以上を出そうとすれば、水の抵抗も大きくなって機関の効率が極端に悪くなるからだ。28ノット程度であればエンジン出力は半分程度、ライフ・サイクル・コストにおける燃料費は1隻あたり数十億円も異なっている。
海上自衛隊が30ノット以上という根拠を示せば、その是非を国会やメディア、納税者が問うことができる。海自の言う通り30ノット以上が正しいのか28ノット程度まで落として、建造費や燃料代を削減したほうが良いのか、それは財務省や会計検査院は勿論、納税者も議論に参加するのが健全な民主国家の文民統制だ。
素人が軍事情報を知る必要はないとか、軍に異議を唱えるなというのでは旧帝国陸海軍や中国、北朝鮮と同じである。繰りかえすが、現状日本の官庁の情報公開は先進国とも民主国家とも言えないレベルだ。
その原因は当局と記者クラブ癒着による情報の秘匿化と独占化である。メディアによる権力の監視が行われていればこのような独裁国レベルの情報開示が許されるはずがない。記者クラブは事実上国民の知る権利から当局を守る防波堤の役割を果たしている。その「閉鎖空間」での記者クラブメディアの歪んだスクープ合戦では国民の知る権利は担保されない。
「対権力取材 本当の問題点は何か 報道現場の最前線からの考察」というワークショップの報告書が公開されている。これは記者クラブの記者の独善的な考え方がよく表れている。
154 マス・コミュニケーション研究 No.93 2018
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/93/0/93_153/_pdf/-char/ja
司 会 者:高田 昌幸(東京都市大学)
問題提起者:石井 暁(共同通信社)
>司会の高田氏は冒頭、「高まる一方の“取材力の劣化批判”はネット時代の特質。記者会見の全容が動画で配信されるなど、それまでは市民にブラックボックスだった“取材プロセス”の可視化が進んだことが大きい。その事実と取材力そのものの劣化は区別して議論すべきだ」との見解を示し、問題提起者につないだ。
高田氏は元々北海道新聞の記者である。彼は取材力の劣化というが、ひたすら当局と癒着して「書かない恩を売る」記者クラブの取材力はもともと低い。
>それまでは市民にブラックボックスだった“取材プロセス”の可視化が進んだことが大きい。
取材プロセスがブラックボックス化してきたのは、先述のように記者クラブが原因だ。そのような自覚がないのが記者クラブ記者の感覚だ。可視化が進んだといっても記者クラブの記者は大臣が返答に困るような質問をせず大臣に恥をかかせないような配慮をする。
昨今では事前に質問を提出し、事務方が回答を書いた「筋書きある記者会見」も増えている。まさに、「劇団記者クラブ」と当局による小芝居でしかない。大臣会見は単なるセレモニーで、その直後のオフレコの囲み取材こそが記者クラブの記者たちの「大臣会見」だ。
>石井氏は(中略)①「庁舎管理権」を名目に内部管理が強まり、以前は可能だった昼間の各部屋の入室・幹部との個別接触が全くできなくなった、
②以前は慣習的に可能だった自宅を訪問しての幹部取材も大半は拒絶される、
③内情を追及する取材では「それは秘密保護法の特別秘密に触れる」として回答を拒否されるケースが増えている
などと報告した。
石井暁記者は共同通信社の編集委員でもあるが、彼の主張を検証してみよう。
1 「昼間」がだめなら夜はいいのだろうか?防衛記者クラブはクラブの予算で結構酒を買っている。防衛記者会の資料によれば2017年には酒代が59,066円、各幕僚監部記者用としてビール券が、333,960円が記載されている。クラブの費用として酒の予算を計上しているということは、課業中に飲酒をしているということだろう。普通の会社ではありえない話だ。
また各幕僚監部とのビール券の使い方も問題である。これまた課業中に制服組とビールを飲んでいるのか。各幕僚監部が独占的な防衛省へのアクセス権を握っている、一民間団体の記者クラブから「接待」を受けているならば問題だ。
筆者はこの件で防衛記者会に2月に取材を申しこんでその後も催促しているが黙殺されている。また先の河野防衛大臣、現在の岸防衛大臣にも会見で何度も質問をしたが、事務方から回答させるとの説明だったが、未だに回答はない。
記者クラブは各幕僚監部から忘年会や暑気払いという形で接待を受けている。場所は省内の会議室などが使われる事が多い。多くの食品や酒類が各駐屯地や基地から送られてきて以前は記者たちはただで飲み食いさせてもらっていた。現在は千円程度は払っているようだが、形だけで本来とても足りないだろう。ビール券はそのお返しで渡されているのではないだろうか。
また事務次官以下、各幕僚長などは長年記者クラブ各社から防衛省から近い赤坂や銀座のクラブで接待を受けてきた。こういう癒着をしておいて「権力の監視」もないものだと思うのは筆者だけではあるまい。
2 これは本当に度し難い思い上がり、夜郎自大である。21世紀になってもこのような感覚を持った記者がいることには驚愕するしかない。防衛省職員、自衛官といえども、自宅はパーソナルスペースである。自宅に帰れば皆、夫や妻、お父さんお母さん、息子娘である。記者がパーソナルスペースに土足で入り込む権利があると思い込んでいること自体、人権意識の欠如であり、記者以前に社会人として大問題である。恐らくは記者クラブの記者には無理を強要できる特権があると思いこんでいるのだろう。外国の記者からは全く理解できないメンタリティだ。
本年、東京高検の黒川弘務・前検事長と新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言中に産経新聞記者や朝日新聞社員と賭けマージャンをやっていたことが明らかになった。このコロナの問題が深刻化しているなかで、賭け麻雀をやっていたのだ。
無論コロナ云々以前に賭博が違法行為であることは言うまでもない。違法行為を取材であると認識しているのはジャーナリスト以前、一市民として失格である。それを当然の取材行為だと認識しているのだから闇は深い。
<参考記事>賭けマージャン、黒川氏を告発 朝日新聞社員ら3人も:朝日新聞デジタル
このような「取材」を行うと取材対象者と共犯関係になりやすい。そうなれば書かないで恩を売ることによって情報を得ようとする。結果、政治家や官僚側に取り込まれて、走狗となって彼らの情報操作に手を貸す記者になる。特に政治部記者に多い。
ロッキード事件時に立花隆氏が書いた記事を政治部記者たちは「俺達は知っていたと」いったが、知っていて書かないことで恩を売っていたのだ。
このような認識だから記者クラブメディアは警察や検察のリークという三味線に踊らされて、世論操作をする。被疑者、容疑者=犯人のごとく扱い、また犯罪被害者の自宅に押しかけメディアスクラムで、撮影したり面会を強要したりする。
厚労省の村木厚子氏の冤罪も、オウム真理教の松本サリン事件もそのようにして無実の人間が犯罪者扱いされた。
このような密室取材によるスクープを追うためには、役所の情報は外に漏れない方が記者クラブの記者にとっても、官庁にとっても都合がいいのだ。日本の官庁の情報開示が諸外国から比べて著しく低いのはこの記者クラブと当局の合作によるところが大きい。
防衛省記者クラブでは日がな一日、防衛省の中枢であるA棟10階の記者室に入り浸っている。A棟内部でチョロっとネタを拾ってスクープ書こうなんて虫が良すぎる了見である。このような癒着「取材」を取材と思い込んで、「権力に切り込んでいる俺様スゲー」というのは自己陶酔、ナルシズムでしかない。
そもそも記者クラブメディアのいう「スクープ」「特ダネ」というのは実は読者や視聴者にとってどうで良いものが少なくない。単に記者クラブ会員の他社を出し抜いたという、内輪の論功争いに過ぎない。いわゆる「コップの中の嵐」である。その歪んだスクープの代償として国民の知る権利、民主主義の根幹が損なわれているのだ。
ちなみに筆者はこのような取材はしたことがないが、人並み以上「スクープ」をものにしている。自分は大して有能ではないのだろうが、自分の足と時間を使っていれば普通に面白い記事は書けるはずだと思っている。
3 に関して言えば、石井暁氏個人の問題ではないか。筆者はそのように拒否された経験はない。
>取材側の状況として④人的・経費的リソースが減り、調査報道にリソースを割くことが困難になっている、⑤通信社に限らず各社が「ネット対応」を強化し、その流れの中で、例えば公式会見の質疑は本社へすぐ伝達する必要に迫られている
4 記者クラブが護送船団方式で、横並びでリリースに何の疑問を感じないで、「広報」記事を書いているから、部数や視聴率が落ちているのだろう。例えば防衛費は事実上翌年の防衛費と当年の補正予算が一体化している。
本来来年度の本予算で調達すべき装備などを補正予算に潜り込ませている。補正予算は編成時に想定しなかった支出に対応するべきもので、このような使い方は邪道である。このため実質的に防衛予算はとっくに6兆円近くになっているが、記者クラブメディアはそれを指摘もしない。
これでは政府広報と大差なく、官の側が出した資料を元に横並びの報道ばかりだから新聞が売れない、視聴率が下がるのは当たり前の話だ。
だから取材に記者をさけない。そしてその負のスパイラルに陥っている。そして記者の質が劣化している。記者会見で殆どの記者はカタカタとラップトップで問答を書き起こしているだけだ。そんなことは当番制で書き起こし担当を決めるか、書き起こしの担当者を雇って、その分取材すべきだ。そもそも大臣会見の書き起こしは防衛省がホームページで公開して誰でも見ることができる。記者が足りないといって、こんな人的リソースの無駄使いをしているのが記者クラブだ。
5 記者クラブは悪名高い「発表ジャーナリズム」である。当局の主張をそのまま流すのが仕事の主流であり、諸外国からはまともなジャーナリズムと認識されていない。防衛省の記者会見でも幕僚長会見では質問もせずにビデオを回すことが仕事になっている記者が多い。「本業」ほったらかして即応性もないだろう。
解消法は簡単だ。ネット関連の報道機関やジャーナリストを会見に入れて、自分たちは本業に専念すればいいだけの話である。だが、そうなると自分たちの癒着の利権を手放すことになるからできないだけの話である。「すべてを欲する者はすべてを失う」という言葉の通りになるだろう。
そもそも記者クラブの記者は軍事が専門でもないし、会社の辞令で役所に配属されるだけだ。つまり防衛省記者会の記者は単に「防衛省という役所の担当記者」に過ぎない。専門的な好奇心があるわけでもない。防衛記者クラブの記者たちの多くは外国の軍事専門誌すら購読していないものが殆どだ。
記者クラブの会費で図書を購入しているが海外の専門誌はない。日本の専門誌は購読されているが、これらは諸外国ではマニア誌カテゴリ-に入るもので専門誌とは認識されていない。
ましてや世界で軍事の現状を取材しているわけでもない。そして概ね数年で配置替えして同じような「素人」記者が配置される。そして専門記者を取材機会から追い出しているので、専門記者と交流して情報を得る機会も少ない。だから軍事的にトンチンカンな記事を書く記者が多い。
その証拠に防衛省で守屋事務次官のスキャンダルなど装備絡みのスキャンダルが起きると、必ず筆者の元に記者クラブメディアの記者が押しかけてくる。無論我々専門記者と一般を対象とする新聞・テレビの報道のありようが同じではない。それは当然だ。だが軍事に関する最低限の知識や見識は必要だ。
実は防衛省や自衛隊自体が軍事の常識から外れている。筆者は諸外国の軍隊や防衛産業の人間と拙い英語で会話しても理解し合えるが、防衛省や自衛隊の人間と話をしていると意思の疎通ができないことが少なくない。故竹村健一氏ではないが「防衛省、自衛隊の常識は世界と軍隊の非常識」なのだ。
国内の防衛省や自衛隊の関係者、それと在日米軍とだけ接触していると、バイアスがかかった軍事知識をもってしまう。これは防衛省からの説明をソースにしている日本の政治家も同じだ。これではいくら長年防衛省を担当していても当然軍事の常識が身につかない。
本来多様な媒体やフリーランスが記者クラブ同様のアクセス権をもって取材ができれば、記者クラブメディアの記者も彼らとの交流によって知見が広がるだろう。またより多方面からの視点で権力の監視が可能となる。
だが、それをやると防衛省の情報を抱え込めないので、できないだろう。報道の自由、国民の知る権利よりも記者クラブの利権ファーストなのだ。
これはカトリックに酷似している。かつてカトリックでは聖書はラテン語で書かれており、ラテン語を理解するカトリックの聖職者でないと読めなかった。つまりカトリックは聖書の情報を独占することによって、権力と経済的な利益を貪っていたのだ。それが教会の権力の源泉だった。対してプロテスタントはローカルな言語に翻訳して一般民衆でも聖書が読めるようにした。まさに取材機会と情報の独占で利権を得てきた記者クラブの構造はこれと同じだ。
>石井氏は概ね、「リソースの縮減によって、『出来事の流れを追う政治部、批判的に取材する社会部』という従来のすみ分け機能は失われている。権力側に密着する政治部的取材は限界ではないか」と指摘。
それは棲み分けではなく役所と同じ縦割りである。政治部と社会部が一緒になって取材するなんて殆どない。かつての帝国陸海軍みたいなものである。例えば防衛装備関連のスキャンダルならば政治部、社会部、経済部、司法担当などで横断的にチームを編成して取材すればいいのに、縦割りだからできない。そういう記者クラブメディアが「行政の縦割り」を上から目線で批判しているのだから喜劇でしなない。
そもそも記者クラブが「権力に密着」、あるいは「権力と癒着」して甘い汁をすおうという組織である。故に石井氏の主張は自己矛盾、自己否定になるのではなかろうか。
>今後の処方箋として、「報道機関側は細分化された現状の取材態勢を見直し、セクション横断型の組織に再編」「各社内において未分化の『速報と分析報道・調査報道』を社会の要請に応じて再考し、選択と集中によってメディアごとに個別の特性を」と提起した。
これは「報道機関」ではなく、記者クラブメディアのことだ。そもそも前提が間違っている。自分たち以外は報道関係者ではないという意識があるからこういうことを平気で主張できる。
そもそも記者クラブの利権と当局との癒着を放置しておいて「社会の要請」に応えようがないし、横並びでリリース丸写し、検証なしで当局の広報機関の如き「報道」を垂れ流した状態で「メディアごとに個別の特性」など持ちようがない。
繰り返すが記者クラブメディアは利権という甘い蜜に慣れて、自分たちが特権階級のように勘違いをしている。とてもジャーナリズムとは言える状態ではない。報道の本来の役割やあり方を失っている記者クラブメディアの記者が、孤高のジャーナリストを気取って改革を主張するのは滑稽ですらある。
現状を変えたいのであれば、記者クラブの取材機会の独占をやめ、他の報道機関やフリーランスが取材に参加するように記者クラブを改革、あるいは解体することだ。それによってより報道に真の意味での競争が生まれる。
また当局への癒着と忖度がなくなれば、報道関係者が団結してより多くの情報を開示するよう圧力をかけることも可能となり、グラスノスチ(ロシアの情報公開)が可能となるだろう。それが国民の知る権利を担保することになる。
<参考>
共同通信社、防衛担当石井暁記者の記者クラブ非会員に対する嫌がらせに抗議する。
防衛大臣記者会見大臣会見令和2年12月8日(火)での質問 記者クラブは民主主義と国民の知る権利の敵
岸防衛大臣定例会見令和2年11月13日(金)における質問 大臣と記者クラブの三密
トップ写真:防衛省担当記者たちの質問に答える岸防衛相(2020年12月8日 防衛省) 出典:防衛省・自衛隊公式ツイッター
あわせて読みたい
この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)