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.国際  投稿日:2021/5/13

犯罪容疑者で固めた文在寅新人事


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・支持率急落の文大統領が退任後見据え、新検察総長指名と内閣改造へ。

・指名した候補全員が犯罪容疑者か、犯罪関与や疑惑がある「異常人事」。

・文大統領は世論の「反対」を無視して任命強行へ。

 

4月7日に行われたソウル市長、プサン(釜山)市長補欠選挙での大敗で、支持率が岩盤の30%を割った文在寅大統領は、退任後の身の保全を見据えた人事に出た。その一つが新検察総長の指名であり、もう一つは次期左派政権づくりのための大統領選挙向けの内閣改造だ。

しかし驚くべきことに、指名された新検察総長候補と新総理及び5閣僚すべてが、犯罪容疑者あるいは法違反者だった。文在寅大統領が掲げた高位公職者任用7つの基準に合致した人物はどこにも見当らなかった。

抵触してはいけない7つの基準とは1.兵役忌避、2.脱税、3.不法な財産増殖、4.偽装転入、5.研究不正、6.飲酒運転、7.性犯罪だ。

 

1.次期検察総長にキム・オス(金浯洙)氏を指名

進められている「異常人事」の第一は、退任後に文在寅大統領に刑事訴追が及ばなくするための新検事総長選びである。

当初、文大統領は、政権の不正・腐敗追及遮断とユン前総長追い出しで先頭に立っていたイ・ソンユン(李盛潤)ソウル中央地検庁長を次期検察総長候補に考えていたのだが、文大統領の指示によるとされる前政権法務次官の「キム・ハグィ(金学義)出国不法禁止事件」に主導的に関与したことが検察の内部告発で明らかとなり、起訴が確実となったことからこの構想は挫折した。5月10日、イ・ソンユンが起訴から逃れるために求めた捜査審議委員会でも起訴が妥当との裁決がなされた。

▲写真 次期検察総長に指名された金浯洙氏(2019年12月2日)。金氏も被疑者の身。 出典:韓国法務部公式ホームページ

 1)指名されたキム・オス氏は容疑者

そこで同じく文大統領に忠実なキム・オス(金浯洙)法務次官を検事総長に据える作戦が開始されることとなる。しかし、彼もまた「キム・ハグィ氏出国不法禁止事件」に関わっていた。すでに書面調査を受け、被疑者の身となっている。

それでも残された「忠犬」のキム・オス氏を検事総長に就任させる以外、退任後の身の保全が図れなくなっていた文大統領は、4人の最終候補の中、最も推薦票が少なかったキム・オス氏を強引に次期検察総長に指名した。犯罪容疑者を検察総長候補とするのは韓国史上初めての事態である。

新検察総長に指名されたキム・オス氏は、1963年に全羅南道霊光郡で生まれ、ソウル大学法学科を卒業して1988年第30回司法試験に合格し、1991年の第20期司法研修院を修了した典型的な左派586世代検事だ。左派政権の登場とともに昇進を重ねてきた人物で、23期の前検察総長ユン・ソギョル氏よりも3期先輩だが、新任の検事総長が前任よりも先輩となる人事も韓国では初めてのこととなる。

 2)キム・オス氏の評価

だが彼に対する評価は芳しくない。韓国のメディアは次のような問題点を指摘している。

 ①中立性が守れない人

監査院監査委員に推薦されたが崔ジェヒヨン院長から政治性が強く中立性が守れないとして2度も拒否された。

 ②ビリの縁故採用者

検察総長推薦委員会で最終候補4人の中でどん尻。

 ③徹底した反ユン・ソギョル

チョ・グク元法務長官の不正・腐敗を追及したユン総長の排除を先頭に立って主張。

 ④法によって判断するのではなく文大統領の言葉を判断の基準にする人:韓国では文大統領の言葉の忠実な「書き取りマン」として有名。

 ⑤政権と与党の防弾チョッキ

政権の不正もみ消しに積極的。

 ⑥政権側から役職へのノミネート数がやたらと多い

文政権に忠実なために、監査院監査委員、公正取引委員長、金融監督院長、国民権益委員長、検察総長などいつも政権側から重要役職候補に挙げられる人。そうしたことからアカデミー候補と揶揄されている。

 ⑦キム・ハグィ出国不法禁止事件の被疑者としての不名誉なレッテルが貼られている

キム・ハグィ事件で書面調査を受けているが、検察総長指名者が、事件の被疑者であることは、韓国では一度も経験していない出来事だ。

 

2.法務部と検察首脳部がすべて被告・容疑者

「異常人事」の二番目は、法務部と検察首脳部すべてが犯罪容疑者だということである。

 ①法務・検察を管轄するイ・グァンチョル(李光哲)大統領府民情秘書官は、「キム・ハグィ出国不法禁止」関与容疑で捜査中。

 ②パク・ポムゲ(朴範界)法務部長官は、国会で野党幹部を暴行した嫌疑で裁判中。

 ③イ・ヨング(李容九)法務部次官は、タクシー運転手暴行で捜査中。

 ④イ・ソンユン(李盛潤)ソウル中央地検長は、「キム・ハグィ出国不法禁止」容疑で起訴決定。

 ⑤チョン・ジンヌン(丁珍雄)光州地検次長検事は、ハン・ドンフン(韓東勲)検事長に対する「涜職(とくしょく)暴行」の罪で裁判中。

▲写真 野党幹部暴行容疑で裁判中の朴範界法務部長官(左)、タクシー運転手暴行容疑で捜査されている李容九法務次官(右) 出典:韓国法務部公式ホームページ

このように法務・検察関係の高官が被告・容疑者でありながら現職を維持しているが、これも韓国の歴史上初めて経験する出来事だ。

 

3.新閣僚候補も犯罪容疑者ばかり

「異常人事」の三番目は、内閣改造で閣僚候補となったすべての人物と一部家族に不正・犯罪疑惑かあることだ。

まず総理候補のキム・ブギョン(金冨謙)氏だが、彼の娘夫婦に今金融詐欺疑惑で大騒ぎとなっている「ライムファンド」から特恵を受けた疑惑がある。

また長官候補では、雇用労働部アン・ギョンドク(安庚徳)、産業通商資源部ムン・スンウク(文勝旭)、科学技術情報通信部イム・ヘスク(林惠淑)、海洋水産部パク・ジュニヨン(朴俊泳)、国土交通部ノ・ヒョンウク(盧炯旭)の5名全てにも疑惑がある。

アン・ギョンドク雇用労働部長官候補者は、民間企業からのクリスマスプレゼント収賄疑惑問題、ムン・スンウク産業通商資源部長官候補者には贈与税回避問題があるが、いま野党と世論から特に問題視されているのは残りの3長官候補だ。

まず女チョ・グクと言われるほど疑惑の多いイム・ヘスク(林惠淑・梨花女大教授)氏だが、民主党籍を持ったまま国家科学研究会理事長に応募したこと、過去5年間、ハワイ(米国)、沖縄、オークランド(ニュージーランド)、バルセロナ(スペイン)など、休養・観光地として有名な地域での学会に、2人の子どもと夫同伴での「家族連れ出張」が明らかになり、計6回約4316万ウォン(約415万円)の経費を韓国研究財団から受け取っていたこと、子女二人が二重国籍であること、弟子の論文を盗作した疑惑、アパート売買でわざと低い金額で契約書を作成した疑惑、⑥国家科学研究会理事長をわずか87日で辞任し税金浪費が明らかとなったことなど、12の疑惑が指摘されている。

次に海洋水産部長官候補のパク・ジュニヨン(朴俊泳)氏だが、朴氏が駐英韓国大使館に公使参事官として在職していた2015~2018年に、朴氏の妻が、高級ティーカップと皿のセットなど大量のブランド陶磁器やアクセサリーを英国で購入し、「外交官の引っ越し荷物」として税関申告を行わずに韓国に持ち込むという「密輸」を行ったことが主な疑惑として指摘された。朴氏の妻は2019年に京畿道(キョンギド)でカフェの営業を始め、SNSを通じて宣伝も行い販売していた。

そして国土交通部長官候補のノ・ヒョンウク(盧炯旭)氏だが、彼は世宗市の職員アパートに住みもせず、そこに住んだことで支給される手当をくすねる「官舎財テク」を行ったことと、子供の偽装転入、次男の失業給付不正受給疑惑が指摘されている。特に深刻なのは、妻であるキム某氏が、昨年5月1日にスーパーでの窃盗行為で摘発され、ソウル中央地方裁判所から即決審判処分によって罰金20万ウォンを科されていたことだ。当時、ノ・ヒョンウク氏は国務調整室長を務めていた。

5名の長官候補の国会人事聴聞会は5月4日に終り、総理候補聴聞会は6、7日にかけて行われ終了した。しかし文大統領は、これらの人事に対して何等の反省も行っていない。

文大統領は、5月10日の就任4年の特別演説後の記者会見で、長官人事と関連し「野党が反対しても検証に失敗だとは思わない」と述べ、むしろ聴聞会制度に問題があると主張し任命強行の姿勢を示した。

しかし5月8日に実施された韓国研究所世論調査では、イム・ヘスクには74.0%が反対、パク・ジュニヨンには64.6%が反対、ノ・ヒョンウクには61.4%が反対の意思が示された。そして総理候補のキム・ブギョムにも59.6%が反対を表明している。

これまでも29名の高位公職候補者を野党の反対を無視して任命してきた文大統領だ。今回も国民の意思を無視して強引な任命を繰り返すだろう。

トップ写真:文在寅大統領 出典:Jeon Heon-Kyun – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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