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.国際  投稿日:2021/6/8

天安門事件から32年、国内関心薄く


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#23」

2021年6月7-13日 

【まとめ】

・6月4日は天安門事件32周年。米国務長官は例年通り中国を激しく批判。

・国内主要6紙のうち、3紙しか天安門事件について取り上げず。

・6月4日当日の外務大臣会見でも天安門事件に言及せず、質疑もなし。

 

先週6月4日は天安門事件32周年だった。前日の3日、ブリンケン国務長官は声明を発表、「明日は天安門広場大虐殺の32周年となる」「学生たちの要求は『人権の認識と尊重』という高潔かつ単純なものだったが、中国当局はこれに暴力で応じた」などと厳しく批判した。勿論、中国側の反発も例年通りだった。

翌4日、中国外交部は事件を「政治的騒乱」と呼び、米声明は「内政干渉であり、断固反対する」「アメリカ側は人権問題で他人に説教する資格などない」と強く反発した。だが、米中間の非難の応酬が「年中行事化」したからだろうか、残念ながら、内外メディアの関心はあまり高くないようだ。

6月4日の主要紙朝刊社説を読んだが、正直驚いた。主要6紙のうち天安門事件を取り上げたのは3紙だけ。各社説結論部分は三紙三様、おおよそ次の通りである。

●東京新聞:中国の強権政治や人権抑圧に日本はこれ以上目をつぶるな。

●産経新聞:日本は事件の真相究明と中国の人権弾圧を阻む行動に乗り出せ。

●毎日新聞:人権や自由の価値に背を向ければ、国際社会の不信を招くばかりだ。

▲写真 天安門広場(北京 2020年5月28日) 出典:Lintao Zhang/Getty Images

それ以上に驚いたのは、6月4日の外務大臣記者会見だった。大臣は天安門事件に一切触れなかった。それだけではない。何と、質疑応答でも記者から天安門事件関連の質問は一問も出なかったのだ。32年間は実に長い。筆者が予想した以上に長い、長い期間だったのだと痛感した。詳細は今週の毎日新聞政治プレミアをご一読願いたい。

今週のもう一つの注目点はイスラエルの政権交代だ。先週も簡単に触れたが、事実関係のおさらいをすればこうだ。過去2年間で四回目となる直近の総選挙で第1党となった右派政党「リクード」を率いるネタニヤフ首相が組閣に失敗し、第2党の中道派「イェシュアティド」のラピド党首が組閣を進めていたが、作業は案の定難航した。

▲写真 選挙キャンペーン看板でのラピド党首(上)、ネタニヤフ首相(下)(イスラエル 2021年3月15日) 出典:Amir Levy/Getty Images

ところが6月2日夜、組閣期限まで僅か30分と迫る中、強硬右派の「ヤミナ」のベネット党首が寝返り、中道派だけでなく、左派、アラブ系など合わせて8つの政党による連立政権に参加することに合意したのだ。ラピド党首はその旨を大統領に報告、近く議会で新内閣が承認されるという。しかし、この物語は未だ終わらない。

本当に首相が交代するか確信が持てない状況が続いているからだ。皆さんは今年1月6日、トランプ氏勝利を信じて疑わない過激な支持者たちがワシントン連邦議会の議事堂に乱入した事件を覚えているだろうか。今イスラエルの公安当局は、これと似たような事件がエルサレムでも起こる可能性があると警告しているのだ。

米国の主要紙NewYorkTimesWashingtonPostが揃って報じている。最悪の可能性も完全には否定できないようだ。ユダヤ人が二人いれば三つの政党ができる、という驚くべき諺もある。たった数人の寝返りや裏切りだけでも、多数派工作は崩壊するかもしれない。今は議会承認投票で突発事件が起きないことを祈るしかない。

〇アジア 

6月7、8両日、中国・ASEAN外相会議と中国・メコン川流域国会議を重慶で開催すると中国外交部が発表した。新型コロナ対策や経済回復などを議論し連携強化を図るというのだが・・・。このところ押され気味の中国外交部は、習近平主席の指示通り、あの国を「愛される中国」に脱皮させることができるだろうか。要注目である。

〇欧州・ロシア  

欧州各国が「国家ハイジャック」と非難した5月のベラルーシ反体制派ジャーナリスト拘束事件で進展があった。ベラルーシ国営メディアは同ジャーナリストが「反体制抗議活動を組織したことを告白し、ルカシェンコ大統領を称賛した」と報じたという。同氏の家族は「発言は強制された」と批判しているらしいが、この事件もまだ終わりそうにない。

〇中東  

 エチオピアとエジプトの関係が険悪化しつつある。ナイル川上流のエチオピアが新たにダム100基以上を増設する構想を突如打ち出し、下流のエジプトが猛反発しているからだ。両国は、エチオピアが造ったアフリカ最大級ダムの運営でも喧嘩をしている。確かにナイル川下流が干上がったら、エジプトはエジプトでなくなるだろう。

〇南北アメリカ 

トランプ前大統領がノースカロライナ州共和党大会で演説し、新型コロナの武漢研究所流出説につき「中国共産党に対し米国と世界が賠償を求める時が来た」と述べたそうだ。昨年も武漢研究所説は燻っていたが、トランプ氏が言ったので、「どうせ嘘だろう」と多くの人が思ったはず。やはり大統領はオオカミ少年になってはいけない。

〇インド亜大陸 

感染が猛威を振るったインドで今週から主要都市の経済活動が再開したという。報道によれば、「ムンバイではバス待ちに列ができ、ニューデリーでも交通量が増えている」そうだ。過去24時間の新規感染者数は10万ちょっと、二週間前には40万人を超えていた。これを「大成果」と呼ぶかどうかは別として。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:天安門事件 出典:Archive Photos/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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