久しぶりの訪米で驚いたこと
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#28」
2022年7月18-24日
【まとめ】
・一年ぶりの訪米で驚いた。党派を問わず、米国の友人たちが米国の将来について極めて悲観的。フラストの矛先は中国に。
・FOXニュースは「バイデン批判」が主流。旧知の中東専門家によれば、同大統領のサウジ訪問の評判も悪い。
・アメリカ社会の分断は近年一層悪化しつつあるように見える。
今週は久しぶりに出張でワシントンに来ている。筆者個人としては安倍元首相逝去の衝撃がまだ残っているが、こちらの友人の安倍氏に関する「思い出」話を聞くたびに、また悲しくなってしまう。ワシントンでの安倍元首相関連ニュースについては今週の「デュポンサークル便り」が詳しいので、そちらをお読みいただきたい。
一年振りのワシントンで最も驚いたのは、党派を問わず、米国の友人たちが米国の将来について極めて悲観的だったことだ。アメリカ人がこんな感じで「自信喪失」状態になる時代はロクなことがない、というのが筆者の経験則。だが80年代とは違い、今の米国人のフラストの矛先は日本ではなく中国に向かっているような気がする。
もう一つ気になったのはFOXニュースの報道ぶりだ。数年前、トランプが大統領だった時代は、「deep state」陰謀論が全盛で、大いに幻滅したものだ。ところが今は陰謀論よりも「バイデン批判」が主流だ。バイデン評価が急降下しているせいか、FOXの論調が妙に説得力を増しているように思えるのだから、我ながら恐ろしい。
という訳で、今回はホテルに帰ればFOXニュースを見るという毎日だが、ここでも中国批判が目につく。例えば、ノースダコタ州の米空軍基地のすぐ近くに中国企業が広大な土地を購入し、corn millすなわちトウモロコシ製粉工場を建設する計画があるらしいが、同空軍基地は最新鋭ドローン開発で有名なところだ、と報じている。
こうした動きは国家安全保障上の大問題ということで、ポンペイオ前国務長官をゲストに呼び、「中国はけしからん、直ちに規制法を制定し阻止すべし」などと報じていた。日本でも似たような話があったと思う。もう一つ驚いたのはポンペイオ氏がダイエットしたらしく、痩せて前よりも精悍に見えたことだ。選挙を考えているのだろうか。
この種の話は日本ではなかなか分からない。それだけでもワシントンに来た甲斐はある。いずれにせよ、アメリカ社会の分断は近年一層悪化しつつあるように見える。だが、バイデンが分断の「原因」なのかと問われれば、筆者は「否、バイデンの不人気はこの分断状況の『結果』に過ぎず、問題はより深刻かもしれない」と答えている。
もう一つ興味深かったことは、民主党リベラル系だった社会学の専門家が保守系のシンクタンクに移籍するという話が大きく報じられていた。その人物によれば、民主党は「今やヒスパニック票だけでなく、大卒白人票も失いつつある。人々の生活水準ではなく、(人種、ジェンダー等)文化問題ばかりに注目しているからだ」と手厳しい。
バイデン不人気といえば、外交面で気になったのは同大統領サウジ訪問の評判の悪さだ。ワシントンに長く住む旧知の中東専門家によれば、このサウジ訪問の裏で最も巧妙に立ち回っているのがイスラエルとアラブ首長国連邦だという。なるほど、イスラエルも湾岸諸国も、「米国は当てにならない」ということなのだろうか。
〇アジア
米トランプ前政権の国防長官が率いる米シンクタンク訪問団が台湾入りし、19日に蔡英文総統と会談すると報じられた。元職とはいえ米国防長官が訪台する意味は小さくなく、中国側の反発は必至だろう。一方、日本では安倍元首相弔問のため訪日した台湾副総統を「ご指摘の人物」と呼んだそうだ。この差は一体何故なのか。
〇欧州・ロシア
ウクライナ大統領が同国保安局(SBU)長官と検事総長を解任したという。ロシア軍に制圧された地域でSBUと検察職員らがロシアに協力するなど、国家反逆行為があったからだというが、なるほど、これまでの「ウクライナ賛美」報道は嘘だったのか。ウクライナ人が全て英雄とは限らないようだ。この種のニュースは今後も続くだろう。
〇中東
バイデン大統領イスラエル訪問中に、I2U2(インド、イスラエル、UAE、USA)四カ国首脳テレビ会談が行われた。インドは中東でも重要なパートナーになりつつある。イスラエルの技術、UAEの資金とインドの製造能力の「結合」がどこまで進むのか、行方が気になるところだ。
〇南北アメリカ
今のワシントンでマスクをしているのはレストラン・店舗の従業員と旅行者の一部ぐらいだと思うが、一方、マスク着用を要求する本屋もあるのでマスクは手放せない。米国内の感染者は再び増加傾向にあり、今回食事する予定だった友人が二人PCR検査で陽性になり、急遽テレビ会議に変更した、という笑えない話もある。コロナはまだまだ続きそうだ。
〇インド亜大陸
インドの中東での重要性を再認識したが、それ以外は特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:中東訪問を終え、記者団の質問に答えるバイデン大統領(2022年7月16日 米・ホワイトハウス) 出典:Photo by Tasos Katopodis/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。