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.国際  投稿日:2021/5/12

米、通貨の番人とホームレス


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・FRB近くに「テントシティー」出現。低金利政策は貧困層救わず。

・グローバル化と金融政策による貧富の差の拡大は続く。

・絶望した大衆により、第2第3のトランプ出現の可能性は高まり続ける。

 

コロナ禍により首都ワシントンほか各地で実施された都市封鎖(ロックダウン)の長期化や繰り返しにより、多くの米国人が失業や大幅な収入減に見舞われた。そのため、米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)は、米経済や米国民を救済する目的で緩和的な金融政策を発動した。

▲写真 FRB 出典:Smith Collection/Gado/Getty Images

ところが、元FRBのエコノミストであるクラウディア・サーム氏が指摘するように、「FRBの行動は、意図的ではないのだが、低所得のウォルマートの従業員より、株式や債券など、金融緩和で価値が急上昇する資産を大量に保有するビリオネアのイーロン・マスクを助けることになってしまう」。

そうしたことも手伝って、コロナ禍以前からその日暮らしに追い込まれていた多くの低所得層や中間層の者の生活が救済されず、セーフティーネットからも落ちこぼれてしまう状況が起きている。事実、ワシントンの連邦準備制度ビル本館からほんの2ブロック先には、住む場所を追われたホームレスたちがテントを設営して住み着き、「テントシティー」が形成された。

金融政策を立案実行する超エリートたちが勤務する威風堂々のFRB本館と、パンデミックにもかかわらず健康維持に必須の住まいを追われ、冷暖房もトイレもないテントに住む人たちの格差はあまりにも大きく、目立ち過ぎる。だが、彼らは現実に、文字通り隣り合わせに存在している。ついにFRBのパウエル議長も「テントシティー」について無視し続けることができず、4月に入ってホームレスの「ご近所さん」に3回も言及した。

▲写真 FRBのパウエル議長 出典:Chip Somodevilla/Getty Images

その内、地元財界のリーダーたちの集まりであるワシントン経済クラブにおける講演でパウエル議長は、「経済(回復)の力強さを見定めるには、ホームレスも考慮に入れられるべきだ」と発言。「金融政策が決定される際に、彼らもわれわれと同じ部屋にいるべきだ」と踏み込んだ。

だが、パウエル氏の講演中には一帯で雨が降っており、「ホームレスたちは政策決定に関与するどころか、ぬかるみとなった公園の地面の上で雨露を防ぐだけで精一杯であった」と、『ワシントン・ポスト』紙のレイチェル・シーゲル記者の4月17日付のルポは伝えている。

筆者がそれを読んで想起したのは、新約聖書の「ヤコブ書」の第2章14~16節にある、次のようなくだりである。

「私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、あなたがたのうちだれかが、その人たちに、『安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい』と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう」。

シーゲル記者は記事の中で、「FRBは金利を大幅に引き下げ、最高値を更新する株式市場を支え、3兆3000億ドル分の米国債やモーゲージ債を買い入れた。しかし、ホームレスには何の助けにもなっていないのはなぜか」と問うた。その答えとして同記者は、「FRBのツールは金融システムに働きかけるため、その仕組みを使って投資をしている裕福層が最も直接的に受益する」と解説しており、それは当たっている。

また、パウエル氏らFRB高官たちは、貧しい人たちに対して意図的に加害しているわけではない。なぜなら、米議会から与えられたFRBの負託は、①雇用を安定させ、②物価急上昇を抑えることであり、貧者救済はFRBの仕事ではないからだ。

にもかかわらず、FRBは「言葉」だけで「行い」が足らないと感じられるのは、経済格差があまりにも露骨に拡大してしまった結果として人々が容易に抜け出すことのできない、塗炭の苦しみに喘いでいることが大きい。

さらに、過去半世紀にわたり、その貧富差拡大に極めて大きな役割を果たしてきたのが、構造的に富裕層をさらに富ませ、中間層や低所得層を貧困化させる金融政策であることが、パウエル発言に対する違和感の最大の要因だ。言葉だけで行いが伴わないホームレスに対する言及は、偽善的であるということだけは確かだ。

■ 中央銀行とヤミ金

ホームレスとFRBの関係で、筆者は2015年の取材体験からも考えさせられたことがある。中西部ミズーリ州セントルイスに所在するセントルイス連銀のブラード総裁にインタビューする仕事の際に見聞きしたことだ。

まず、連銀内の総裁室に案内された筆者は驚嘆した。天井が見上げるほど高く、総大理石造りの重厚で豪華な建物は、何と第2次世界大戦中に建造され、終戦の年である1945年に落成したものだという。こんな物量に勝る国と戦った日本が敗北したのは、当然だと改めて痛感させられた。ところが、それよりも大きな驚きが待ち構えていた。

取材を無事に終え、連銀の建物を出た筆者は、大通りを挟んで向かい側に「ペイデーローン」、すなわちヤミ金の消費者金融の店舗を発見して、たまげてしまった。当時もFRBは、リーマンショック後の米経済を回復させるために、現在よりは小規模ながら哲学的に類似したゼロ金利政策を実行していた。その「中央銀行の下部組織」の目の前で、個人向けの高利貸の業者が、堂々と営業していたから、奇異感が増幅されたのだ。

▲写真 イリノイ州シカゴ市の「ペイデーローン」を扱う店舗(2019年撮影 ※記事とは関係ありません) 出典:Interim Archives/Getty Images

FRBのゼロに近い政策金利が、銀行や高利貸の利潤を最高レベルに押し上げる一方で、信用に問題のある低所得層はペイデーローンなどでしかお金を借りることができず、低金利下においても最高年率(APR)400%という法外な金利を課され、完済することのできない借金のアリ地獄に閉じ込められていたのである。

当時だけで、ペイデーローン業界は年間90 億ドル(約1兆円)の利息や手数料で潤っていた。一方で、裕福層は年率10%未満の好条件でお金が借りられるという、「金利の差は貧富の差」という状況が生まれていた。こうした構図は、今も変わらない。

ビジネスの面から考えれば、滞納や貸し倒れの恐れがある高リスク層の金利をより高く設定するのは、当然のことである。しかし、民主・共和両党が手を携えて推進したグローバル化が労働者たちの価格決定権を奪い、セーフティーネットさえも取り上げた中で、金融政策の哲学や仕組みそのものが裕福層に不公平な形で有利な構造となっている。

FRBの低金利政策や資産購入は、富裕層をさらに富ませるだけであり、FRB本館近くの「テントシティー」出現や、セントルイス連銀前のペイデーローンの繫盛は、そうした金融政策がもたらす必然であったのだ。

 ガラガラポンしかないのか

こうした構造的問題は、パウエル議長の提言通りに、たとえホームレスたちが金融政策決定の場に参加できたとしても、解決する性質のものではない。富裕層やエリートが法外な特権を自主的に放棄すればよいのだが、彼らこそが、そうした既得権を守るシステムを法律や学問の世界で作り上げてきた張本人であるため、自浄作用に期待することはできない。つまり、制度の根幹は不変のままだ。そうなれば、革命や戦争など、富の分布を平準化する「ガラガラポン」のイベントしか、真の問題解決の道は残されていないということになる。

▲写真 トランプ前大統領(2018年11月) 出典:Aaron P. Bernstein/Getty Images

グローバル化により、国民の生活の安定と福祉を第一とする、健全なナショナリズムが抑圧されることで、貧富の差の拡大は続き、金融政策も(結果的に)中間層や低所得層に敵対的なものであり続ける。これは、メガ級の財政出動やバラマキでも直すことはできない。そのため、絶望した大衆の声を、たとえジェスチャーだけでも掬い上げる第2第3のトランプが出現する可能性は、ますます高まり続けるのみなのだ。

トップ写真:鉄道高架下のホームレスのテント村。約6,500人がホームレスで暮らす。ワシントンDC(2020年3月27日) 出典:Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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