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.社会  投稿日:2024/4/4

人生100年時代の目線 その1 賃上げ・物価高でも、年金が減る


渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)

渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」

【まとめ】

・株価4万円超と異次元金融緩和の解除。

・賃金物価高も、少子化で年金目減り。

・マクロ経済スライドで緩やかに抑制。

 

全国の100歳以上の高齢者が過去最多の9万2139人になり、2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きると推計されている。日本は健康寿命が世界一の長寿社会だが、まさに人生100年時代の入り口にさしかかった。

後に続く世代まるごと、人生100年時代の目線で政治経済、社会を、生活を、そして日々の暮らしを支える全世代型社会保障をとらえる必要に迫られている。

■ 異次元金融緩和解除

日銀が17年ぶりに異次元の金融緩和、マイナス金利の解除を決めた。株価4万円超のバブル越えで、今春闘は大企業主要産業は5%越えの満額回答が相次いだ。

「賃金と物価の好循環を確認し、2%の物価目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断した」。

植田和男・日銀総裁はこれまでの異次元金融緩和はその役割を果たした、と表明した。デフレ脱却と賃上げ、株高。物価が適正に上がることが考慮されている。シナリオ通りに進むかは、これからの景気動向を見守るしかない。

4月からも物価は上がり続けている。

働く現役世代の賃金が上がり、コストが物価に転嫁されても、消費意欲が高まり景気好循環となる。そんなポジティブな捉え方がある。大企業正社員が潤うのは、それはそれで結構なことだが、平均寿命が上がり、65歳以上の高齢化率は30%に手が届きそうな超高齢化社会。2025年は団塊世代全体が75歳以上の後期高齢者に達する。

今や100歳を超える長寿者も10万人に迫っている。つまりは退職世代が増え、65歳から満額支給の公的年金生活者が3割に及ぶということでもある。レイオフや早期退職者を含めれば、年金生活者の割合はもっと高くなる。

2024年度の年金は数字上2.7%増だが、実質0.4%目減り、株高による賃上げ・物価高に加え、公的年金資産は投資運用で、利益を上げている。年金支給額にスライドされれば、受給者も恩恵に預かれる~と、思う人も多いのではないか。これがそうはならない。

厚生労働省は2024年度の公的年金の支給額を2.7%引き上げると発表した。

▲図 令和6年度の年金額の例 出典:厚生労働省

試算モデルでは、自営業者らが入る国民年金は40年間保険料を納めた満額支給の場合、68歳以下は1750円増の月6万8000円、69歳以上は1758円増の月6万7808円。会社勤めをした夫と専業主婦モデルで厚生年金を受け取る夫婦2人の世帯で6001円増の月23万483円になる。

厚生年金のモデル世帯は平均的な収入(賞与を含む月額換算で43万9000円)で40年間働いた夫と専業主婦のケース。しかしこのモデルは40年間保険料を納め続けた場合のことで、収入や勤続年数によって異なる。モデル通りもらえる人がどれだけいるか、心もとないが、あくまでも試算モデルである。

現役勤労世代の特に自動車、鉄鋼、電機など大企業の正規社員の賃金は上がったが、中小企業経営者や非正規社員ら若い世代との経済格差が広がっている。

将来への生活や老後不安からか、出生率は1・26、出生数は75万8631人で、ともに過去最低・最小を記録している。総人口は減り続けている。

将来の社会保障を背負う次世代の少子化に歯止めがかからない。マクロ経済スライド(このシステムは後ほど解説)方式で年金支給額は抑制され、物価高に追い付かない。年金受給額は実質、どんどん目減りしている。

物価や賃金の伸びを一応は反映し、数字の上では2年連続の増額。しかし本来の改定率は20〜22年度の名目賃金変動率である3.1%だが、年金額の伸びを抑える「マクロ経済スライド」も2年連続で発動されるため、マクロ経済スライドの調整分の0.4ポイントだけ低く抑えられる。

増加率は実際の賃金の伸びに比べて0.4ポイント目減りしたということになる。

■ マクロ経済スライドとは?

マクロ経済スライドとは、平成16年の年金制度改正で導入された。賃金や物価の改定率をそのまま年金にスライドさせて、アップさせる方式から、上げ幅のベクトルを緩やかにする。

日本年金機構によると「将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう、最終的な負担(保険料)の水準を定め、その中で保険料等の収入と年金給付等の支出の均衡が保たれるよう、時間をかけて緩やかに年金の給付水準を調整すること」と説明している。調整とは、抑制、つまりは年金受給額が減るということだ。 下の図を見て欲しい。

日本年金機構のホームページから引用したマクロ経済スライドの仕組みを見てみたい=以下、引用(図は賃金・物価の上昇率が大きい場合のみ掲載 

〔賃金・物価の上昇率が大きい場合〕=2024年度に適用
 

▲図 出典:日本年金機構ホームページ(賃金・物価の上昇率が大きい場合

〔賃金・物価の上昇率が小さい場合〕賃金・物価の上昇率が小さく、マクロ経済スライドによる調整を適用すると年金額がマイナスになってしまう場合は、年金額の改定は行われません。

〔賃金・物価が下落した場合〕賃金・物価が下落した場合、マクロ経済スライドによる調整は行われません。結果として、年金額は賃金・物価の下落分のみ引き下げられます=以上引用。

要約すると、賃金や物価による改定率から、現役の年金加入者である被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて算出した「スライド調整率」を差し引き、年金の給付水準が調整される。

賃金や物価の伸びがマイナスの場合は調整を行わず、賃金や物価の下落分だけ年金額が下げられる。どちらにしても年金がスライド通りにあげられることはなく、抑制される。

現役世代の手取り年収が物価より上がってゆけば、年金受給世代との差はさらに広がってゆく。年金は現役世代が、退職した親世代に生活資金の仕送りをする構図、賦課方式を採用している。かつては3人以上の子どもが親を肩車で支えることが出来たが、少子化によって2人、或いは1人で支えることが困難になりつつある。年金の受給額は、所得代替率として現役時代の約5割維持を目標にしている。しかしこの目標もおぼつかなくなる。

年金は長期的に安定運営が必要な長期保険、財政的なバランスを確保するのが重要で、5年ごとに制度・システムの見直しをする財政再検証が行われている。2024年度はその再検証の年に当たる。次回改革の議論、内容を検証してみたい。

(つづく)

トップ写真:イメージ 出典:RUNSTUDIO




この記事を書いた人
渋川智明東北公益文科大学名誉教授

東北公益文科大学名誉教授。


早稲田大学卒業後、1971年、毎日新聞入社。東京本社社会部編集委員(厚生労働担当)。2005年、東北公


益文科大学公益学部(山形県酒田市)教授・公益学部長、大学院(山形県鶴岡市)公益学研究科長。


 定年退職後、法政大学社会連帯大学院、目白大学生涯福祉大学院非常勤講師を経て現


在は専門学校・社会医学技術学院=東京都東小金井市=講師(非常勤・社会保障論)。


 著書「福祉NPO」(岩波新書)、「介護保険活用ガイド」(保健同人社)、「賢い


患者になろう」(実業之日本社)「ソーシャルビジネスで地方創生」(ぎょうせい)=


以上単著、「認知症対策の新常識」(日東書院・共著)等。

渋川智明

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