退職後の生活を楽しむための地方都市移住
野尻哲史(合同会社フィンウェル研究所代表)
【まとめ】
・東京都特別区からの高齢者の転出者数は3万人弱
・生活コストの削減や夢の実現が移住の理由でもある。
・地方都市移住は生活費下げつつ生活水準は引き下げないで暮らす退職後生活対策のひとつ。
コロナ禍の対策としてリモートワークが推進され、現役層の首都圏近郊エリアを活用した「転出」や「2拠点生活」が注目されています。その一方で退職世代もこのところ退職したら東京を出ていく流れが強まっています。
総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」から、2020年の東京都特別区からの転出と転入のデータを分析しました。特に60歳以上の転出入のデータは興味深いところが多くあります。
■ 東京都特別区からの高齢者の転出者数は3万人弱
20年のデータを見てわかったことは、現役世代は 特別区(東京23区)内への転出が、特別区からの転出を上回っている(純転入)ものの、60歳以上では逆に転出が上回っている(純転出)ということです。簡単に言えば、「若い人は東京に移住してくるのですが、60歳を過ぎると東京から出ていく人が多くなっている」ということです。しかも60歳以上の転出者は2万8000人を上回り、転入する人を差し引いても1万3000人以上の純流出となっているのです。
しかもコロナ禍が始まる前の18年のデータでも、現役世代の純転入に対して60歳以上は純転出でしたから、コロナ禍の影響というだけではありません。もちろん、20年と18年を比べると現役層、退職者層ともに転入減と転出増となっていますので、コロナ禍が流れを促進していることは否めません。
東京都特別区からの転出・転入の推移 (単位:人)
注)特別区内の移動を除いた転出・転入ベースで算出
出所)住民基本台帳人口移動報告2020年、2018年の結果より
フィンウェル研究所作成
写真)東京都の空撮 2009年10月24日(土)
出典)Photo by James Leynse/Corbis via Getty Images
■ ほとんどすべての県で東京都特別区から純流出に
これを都道府県別に東京都特別区との転出・転入をネットで計算してみたのですが、驚いたことに60歳以上では、愛知県を除くすべての都道府県で、東京都区部からの純転出になっていました。もちろん23区以外の東京都と首都圏3県が純転出の規模は大きくなっています。これは養護老人施設への転出といった特殊要因も含まれると思いますが、そのほかにも茨城県、静岡県、長野県、栃木県といった近郊県が多くなっています。さらに北海道、福岡県、京都府、沖縄県といった地方都市移住ではよく上がってくる道府県も上位に並びます。具体的な都市名では札幌、大阪、福岡、熱海、京都などが多いところです。
東京都特別区からの60歳以上の転出が多い都市
(首都圏近郊を除く、2020年)
注)順位は首都圏近郊の都市も含めた転出合のランキング。
出所)住民基本台帳人口移動報告2020年、2018年の結果より
フィンウェル研究所作成
■ 生活コストの削減や夢の実現が移住の理由でもある
なぜ、退職すると地方都市に移住するのでしょうか。退職したら実家に帰るという、いわゆるUターンをすぐに思い出すでしょうが、熱海、京都、仙台、神戸等の都市名をみると、もう少し違った地方都市への移住の理由があるように思えます。ちなみに、2021年3月にフィンウェル研究所が行った地方都市移住のアンケート調査では、実際に移住した306人の方の移住を決めたポイントを聞いています。最も多かったのが42.8%で「自分または配偶者の実家がある」というUターン組でしたが、その次には「生活コストが低下すると想定できたから」(23.5%)、「純粋に以前から住んでみたいと思っていたから」(22.5%)と続きます。
退職後の生活コストを引き下げることは退職後の生活を考える際には大変重要な要素で、例えば消費者物価は東京を100とすると県庁所在地の都市で3‐4%低く、住宅の家賃だと半分以下になります。実際に移住された人に聞いてみると、「東京での家賃の4分の1で生活できた」(松山市在住)とか、「東京のマンションを売却して移住先でマンションを買ったら差額が1000万円以上出た(長崎市在住)」といった声があり、移住によって生活費のダウンサイジングがかなり進むことがわかります。
もちろん移住して生活費は下がったものの、生活水準も下がったのでは楽しい生活を送ることができません。ログハウスや一軒家といった田舎暮らしは大幅に生活費を下げることができるかもしれませんが、良い生活を続けられるとは言い切れません。その点、地方都市はある程度生活費を下げながら、生活水準は引き下げないで暮らしていける退職後生活の対策のひとつなのです。
またこの対策を、資産運用を行いながら取り崩しを上手に行うことと組み合わせると、資産の取り崩しを少なく済ますことができ、資産寿命を延ばすことにつながります。
写真)札幌市 2019年09月18日(水)
出典)Photo by Shaun Botterill/Getty Images
■ ちょっと想像してみませんか、“どの都市なら移住してもいいかも?”
そこで皆さんなら退職後にどこの都市に移り住んでみたいと思いますか。いや、既に住んでいる今の地方都市で、「この街は退職後の生活場所として住みやすい」と実感されている方もいらっしゃるかもしれませんね。前者の人なら「それはどこか」、「なぜそう思うのか」、後者の人なら「なぜそう思うのか」をちょっと考えてみてください。
先述の地方都市移住アンケートでは、移住をされた方も含めて4000人を超える人に、現在住んでいる都市の良い点を挙げていただきました。その結果、都市の「良い点」は都市の規模で微妙に違っていることがわかりました。
人口100万人超の都市では、医療体制、公共サービス、交通の便の良さといった都市の「利便性」が挙げられました。100万人未満の都市では、物価の安さ、食べ物の良さ、住居費の安さ、気候・環境の良さなど、都市の「楽しさ」が中心でした。「生活水準を下げないように」と考えたときに、何が大切なポイントなのかを見極めると、移住するときの規模もおのずと決まってくるように思います。
現在住んでいる都市の良いところ
注)30万人未満都市居住者はすべて3大都市からの移住。網掛けは全体の分布よりも高くなっているところ(特徴が強く出ているところ)
出所)合同会社フィンウェル研究所、地方都市移住アンケート、2021年
トップ写真)愛媛県松山市 2018年1月11日
出典)Photo by Zhizhao Wu/Getty Images
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この記事を書いた人
野尻哲史合同会社フィンウェル研究所代表
国内外証券会社、大手外資系運用会社を経て、2019年5月に現職。資産の取り崩し、地方都市移住、雇用継続などの退職後の生活に関して提言。行動経済学会、日本FP学会などの会員などの他、2018年9月から金融審議会市場ワーキング・グループ委員。著書に『IFAとは何者か』(一般社団法人金融財政事情研究会)、『老後の資産形成をゼッタイ始める!と思える本』(扶桑社)、『定年後のお金』(講談社+α新書)、『脱老後難民「英国流」資産形成アイデアに学ぶ』(日本経済新聞出版社)など多数。