バイデン「台湾防衛発言」の波紋
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#43」
2021年10月25-31日
【まとめ】
・バイデン大統領、「中国が攻撃したら台湾を防衛するのか」問われ、「そうだ、我々にはそうするコミットメントがある」と発言。
・ホワイトハウスは「台湾に関する従来の政策に変更はない」と説明、火消しに追われた。
・もし米政策に変更があれば日本の安全保障にも直結する大問題だ。
早いもので今年も、もう残り10週間となった。岸田文雄内閣発足から3週間経ち、週末には総選挙の投票日がやって来る。今月末から来年の参議院選挙まで、日本の内政は大きく揺れ動くのかもしれないが、海外の情勢は恐らく、それを上回る頻度とマグニテュードで日本を取り巻く地政学的戦略環境を変えていくだろう。
先週は日経ビジネスオンラインで、ワシントンでの対台湾「曖昧戦略」に関する議論を取り上げ、米議会内で伝統的「曖昧戦略」の変更を求める声が超党派で広がりつつあると書いた。ところが21日にCNNが生中継したタウン・ミーティングで、バイデン大統領自身がその「曖昧さ」を否定したともとられかねない驚くべき発言を行ったのだ。
詳細は今週の「毎日新聞プレミア」に書いたのでご一読願いたいが、簡単に言えば、バイデン大統領は「中国が攻撃したら台湾を防衛するのか」と司会者に問われたのに対し、「そうだ、我々にはそうするコミットメントがある。Yes, we have a commitment to do that.」と答えた。認知症と批判する向きもあったが、恐らくそうではないだろう。
日本のメディアはこの「コミットメント」なる英語を「義務」「責任」などと様々に訳したため混乱が生じた。他方、ホワイトハウス報道官は「台湾に関する従来の政策に変更はない」「大統領は政策変更を決めたわけではない」などと説明し、火消しに追われた。もし変更があれば日本の安全保障にも直結する大問題なのだが・・・。
バイデン政権は大丈夫か?なお、今週のJapanTimesにコリン・パウエル元国務長官に関する追悼文を書いた。日本とパウエルは意外に接点が少なかったが、良く調べてみたら、イラク戦争に関するパウエルの(戦争は避けたかったが、戦争に反対したことは一度もないという)ロジックと当時の日本の考え方には親和性があった。ご関心のある向きはこちらもご一読願いたい。
▲写真 「メモリアルデーコンサート」に出席したコリンパウエル米元国務長官(2021年5月28日、ワシントンDC) 出典:Photo by Paul Morigi/Getty Images for Capital Concerts
〇アジア
中国でコロナ感染再拡大の恐れがあるという。北京市内で数万人単位の隔離が行われ、北京マラソンも中止された。来年早々の北京冬季オリンピックに「背水の陣」ということか。幸い日本の数字は驚くほど低いが、誰も正確にはその理由が分からない以上、日本側が北京のこうした動きを批判することはできないだろう。
〇欧州・ロシア
トルコ大統領がトルコ人実業家の解放を求めた米仏独など10カ国の駐トルコ大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」に指定するよう求めたらしい。大統領は演説で外相に必要な指示を出したと述べたそうだが、トルコ外務省も苦慮しているのではないか。こんなことを繰り返しても、トルコ経済が悪化するだけなのに・・・。
〇中東
スーダンで軍がクーデターを起こし、暫定首相や複数閣僚の身柄を拘束したという。2019年の独裁政権崩壊後、軍民共同の暫定政権が発足し2023年までの民政移管を目指していた。だが、軍の指導者が国家非常事態を宣言し、暫定政権崩壊を表明したのだから、民主化プロセスは頓挫しつつあるようだ。別に驚かないが・・・。
〇南北アメリカ
バイデン大統領の評判が良くない。Fザカリアは、「このままではバイデン政権は(失敗した)カーター政権と同じになる」と警告した。誰が悪いのか知らないが、関係者各人が正しい判断をしても、「合成の誤謬」という罠が待っているのか。最後は大統領の資質の問題に帰結するだけに、バイデン政権は早くも正念場を迎えているようだ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:マーティンルーサーキングジュニア記念館10周年記念式典に出席するバイデン米大統領(2021年10月21日、ワシントンDCにて) 出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。