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.国際  投稿日:2021/12/1

左右二極分化で大接戦 チリ大統領選決選投票


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・南米チリでは12月に大統領選決選投票を控え、右派候補と左派候補の支持率が拮抗、大接戦が予想される

・かつての軍事政権を擁護する右派候補が当選すれば、同国で現在進められている新憲法づくりは後退の可能性

・決選投票の結果は南米で続く左翼政権“ドミノ”に影響を及ぼす

 

右派候補の進出は“サプライズ”

11月21日実施されたチリの大統領選はいずれの候補も当選に必要な過半数に届かず、弁護士出身の右派政治家ホセアントニオ・カスト氏と元学生運動家で左派のガブリエル・ボリッチ下院議員の2人が12月19日の決選投票で決着をつけることになった。カスト氏の得票率は約28%で1位、2位ボリッチ氏の26%を若干上回った。

カスト氏は新自由主義経済の継続を標ぼうする一方、過去のピノチェト軍事独裁擁護を公言するなど「極右」とも評される。

これに対し、ボリッチ氏は社会・経済格差解消を最大目標に新自由主義政策を厳しく批判、社会保障の充実を訴えている。

中南米ウォッチャーの間ではカスト氏が得票率トップで決選投票に進出したことを“サプライズ”とする意見が多い。というのも、チリでは新自由主義による経済発展の陰で拡大した格差是正を求める国民の声が強まっており、左派陣営に有利な状況にあるとみられていたからだ。カスト氏への支持は投票日直前から急拡大したが、現地の複数の政治アナリストによれば、反政府デモが一部で暴徒化したことに国民の間で懸念が広がったためだという。カスト氏はデモの頻発に対し、法と秩序の下での治安の強化を声高に叫んでいる。

■得票率3位の政党の票の行方がカギ

決選投票を想定した支持率に関するチリの世論調査では、カストと、ボリッチ両候補が拮抗している。現地メディアの報道によれば、カスト候補は今回の選挙で得票率第4位となった中道右派連合候補の支持を既に取り付けた。一方、ボリッチ候補は得票率で5位だった中道左派連合候補からの支持を期待できるという。ただ、両候補とも決選投票に向け「中道勢力の支持を獲得するため、それぞれがより穏健な政治姿勢への転換を余儀なくされる」(チリ有力紙「テルセラ」)との見方が強い。

決選投票のカギとされるのは、今回の選挙で得票率3位につけたポピュリズム(大衆迎合主義)政党候補フランコ・パリシ氏の票の行方。パリシ氏が米国に居住し、チリ国内では一度も選挙運動を展開しなかったにもかかわらず、13%の得票率を獲得したことは「もうひとつのビッグ・サプライズ」(前述のテルセラ紙)と報じられた。パリシ氏は右派系とされており、その支持者の票はカスト候補に流れるとして、同候補が当選すると見方もあるが、「1990年のチリ民政移管後の大統領選では左右分極化が最も激しい大接戦になる」(チリ大の政治学者)との予想が有力だ。

右派候補当選なら新憲法づくりに支障も

チリでは7月に発足した制憲議会がピノチェト軍政期(1973-90年)に制定された現行憲法に代わる新憲法づくりに向けた作業を行っている。現行憲法が格差拡大の元凶になったとの批判が強まる中、根本的な改憲がなされる見込みである。制憲議会は来年夏ごろまでには草案を仕上げ、3分の2の賛成で承認されれば、その後国民投票にかけられる。格差解消実現に向けどのような内容になるかが最大の焦点。

新自由主義に反対をする左派のボリッチ氏が大統領に当選すれば、制憲議会の多数派を占める左派陣営が勢いづくのは確か。だが、現行憲法の維持を主張する右派のカスト氏勝利なら、新憲法づくりの展望はがらりと変わる。カスト氏は大統領に就任すれば、制憲議会の憲法草案作成プロセスを阻止すると明言している。

▲写真 チリのサンティアゴで行われた大統領選挙の終了時に支持者と話す左派政党のガブリエル・ボリック候補。 出典:Photo by Marcelo Hernandez/Getty Images

南米の“左派ドミノ”流れに影響も

南米主要国でこのところ、左翼政権の台頭が目立っている。

ペルーで7月末、急進左派のカスティジョ政権が発足したのは周知の通り。コロンビアでも、経済格差に抗議する大規模な反政府デモや全国規模のストが頻発、来年5月に予定される大統領選に向け左派陣営が、変革を求める市民らを取り込んで勢力を伸ばす可能性が指摘されている。ボリビアでは昨年、一足先に左派政権がスタートし、ペルーのカスティジョ政権との連携に動く気配もある。アルゼンチンのフェルナンデス中道左派政権はこのところ、左翼色を一層濃くしている。ブラジルでは来年行われる大統領選に左派のルラ元大統領が出馬することが有力視されており、最近の世論調査では同氏の支持率が右派のボルソナロ現大統領を上回っている。

チリの決選投票は南米の「左派ドミノ」が一段と強まるのか、それとも沈静化のきっかけになるのかを占うことにもなりそうだ。(了)

トップ写真:2021年11月21日、チリ・サンティアゴで行われた大統領選挙の終盤、支持者と話をする共和党のホセ・アントニオ・カスト候補者。 出典:Photo by Claudio Santana/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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