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.政治  投稿日:2022/1/12

10式戦車の調達は陸自を弱体化させるだけ(下)


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

「清谷信一の防衛問題の真相」

【まとめ】

・10式は重量が増える近代化が不可能で発展性なし。日本では起こり得ない平原での大戦車戦を夢想する欠陥車。

・陸自には事実上4種の互換性なき「戦車」が混在し、運用コスト・兵站に大きな負担。継戦能力でも不利に。

・10式を開発・調達せず、既存戦車の近代化で対応すれば、本来切実に必要な装備・分野に投資できたはず。

 

10式戦車がいかに必要ない装備だったかということをこれまで2回にわたって検証してきた。

10式戦車は防衛大綱に沿った装備でもない。そして戦車の優先順位は相当低い。陸自の主たる脅威は連隊規模で揚陸してくる大規模な敵部隊ではなく、ゲリラ・コマンドウ対処である。そのことに10式は適した戦車ではない。既存の90式の近代化のほうが、遥かにコストが低く、戦力化も早かった。

そもそも我が国で連隊規模の敵の機甲部隊が揚陸して戦闘になる可能性はほとんどない。陸自の機甲部隊は遠い将来に状況が変わったときに備えての保険でしかない。であれば戦車の数は減らせて当然であり、事実かつては千両以上だった戦車は現大綱では300両まで減らされている。そしてサーバーや無人機、ネットワークなどの投資のためには更に削減されることは10式開発時にも想定されていたはずだ。

ゲリラ・コマンドウ対処の軽視は主砲にも表れている。10式は90式がラインメタル社の120ミリ滑腔砲をライセンス生産したものを採用していたが、10式はより強力な新型主砲と敵の戦車を撃破するための徹甲弾を採用している。そもそも敵の戦車と交戦する可能性がないならば74式戦車や16式機動戦闘車と同じ105ミリ砲、あるは76ミリ~90ミリ砲でもよかったはずだ。

▲写真 16式機動戦闘車(著者提供)

先述のように本土で機甲戦が起こる可能性は殆どない。ゲリラ・コマンドウ対処を重視するならば徹甲弾より、むしろ新型の榴弾や多目的弾(市街戦でも有用な)の開発を優先すべきだった。これまでの戦車用の榴弾では建物にこもった敵兵などの都市戦では有効でないことが、イラクやアフガニスタなどでの戦闘で明らかになっている。

このため米陸軍のM1A2戦車は装甲目標だけではなく、トーチカや陣地、ヘリコプター、UAVなどにも使用できるM830A1多目的対戦車榴弾や、M1028対人キャニスター弾を搭載している。米海兵隊はプログラム可能なDM11多目的榴弾を使用している。

同様の多目的弾はイスラエル、ドイツ、中国などでも開発されている。ところが陸幕は不要不急の新型徹甲弾の開発と調達を優先した。この点からも陸幕がゲリラ・コマンドウ対処を真面目に考えていないことが推察できる。

▲写真 米陸軍のM1A2戦車 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

これらのことから、10式の開発にあたっての「ゲリラ・コマンドウ対処に最適」というのは単なる導入のための「セールストーク」に過ぎず、実際は華々しい平原での大戦車戦を夢見て開発された妄想的な戦車であることがわかる。当然ながらその「妄想」あるいは「趣味」のために我々納税者の多額の税金が浪費されている。

10式には今や標準装備といえるRWS(リモート・ウェポン・ステーション)も搭載していない。陸自は途上国でも普通に装備しているRWSを全く装備していない「昭和の軍隊」だ。

RWSはゲリラ・コマンドウ対処において索敵や、敵に対する反撃をクルーは車内から行える。しかも昼夜を問わず正確に行える。またUAVなどに対しても有効だ。陸自が10式にRWSを装備しなかった理由は重量と価格が大きくなることだろう。重量がかさむと40トンのトランスポーターには搭載できなくなる。つまり、重量が増加する将来の近代化は不可能な、発展性のない欠陥戦車である。この意味でも10式は「詰んでいる」戦車だ。

10式戦車の導入は陸自の兵站を圧迫している。現在陸自には約200輛の74式、340輛の90式、70輛の10式が存在するが、現在の防衛大綱では戦車の定数は300輛である。大綱の定数は大綱の最終年までに達成すればいいことになっている。これも随分とのんびりした話だが長く3種類の戦車が混在することになる。

戦車の定数の枠には入らないが、装輪戦車とも言うべき「機動戦闘車」も配備されている。このため事実上4種類の「戦車」が混在することになる。

90式と10式は同じ120ミリ滑腔砲を使用しているが、90式用の弾薬は10式で使用できるが、10式の砲弾は威力を高めるために発射時により高い圧力が砲にかかるために、90式では使用できない。つまり同じ口径の砲弾を使用する90式とすら相互互換性はない。このため陸自の戦車は3種類の戦車砲弾が必要であり、そのぶん兵站に負担が掛かる。

事実上4種類の戦車を運用すると、1車種の運用と較べて何倍も高いコストがかかる。教育や訓練でも4種類の戦車と、それぞれの教官が必要で、教育所要の戦車の調達コスト、教官、整備員の人件費も4倍となる。当然ながら部品の生産の効率は単純計算で1/4となり、部品の生産コストは跳ね上がる。それぞれの戦車は仕様も訓練も異なるので、例えば10式のクルーは74式や他の戦車の運用はできない。そのためには車種転換の訓練を受ける必要があり、これまた1車種では必要ないコストがかかる。

これは実戦での継戦能力でも大きな不利となる。実戦では被害を受けた部隊は戦車やクルーを補充する必要がある。被害の大きな部隊は複数の部隊を再編成してひとつにする必要がある。ところが4つの戦車は車体もクルーも相互互換性が無いので、補充や再編成が大変困難である。

あるいはひとつの部隊で異なる性能の異なる戦車を混合することになり、集団行動が取りにくい。当然ながら戦場で補給する弾薬や予備部品も異なるので兵站は混乱する。

そもそも論で言えば、陸自の予算で、戦車300輛(+機動戦闘車200輛)を維持することは不可能だ。諸外国では旅団規模に過ぎない陸自唯一の機甲師団である第7師団を戦闘可能な状態に維持することすらできていない。

当然ながら戦車は戦車だけで戦えるわけではない。戦車とペアを組む89式戦闘装甲車は高額だったために僅か68輛しかなく、第7師団すべての普通科連隊にすら配備されていない。当然他の戦闘部隊には配備されていない。しかも90式が10式で更新されるのに、後継車輌の計画も、近代化延命化の計画も存在しない。96式120ミリ自走迫撃砲も、87式自走高射機関砲も同様だ。

一部の普通中隊は路上でしか使えない装輪式の96式装甲車を使用している。当然野戦で戦車に随伴できない。第7師団以外の部隊では戦車に随伴するのは不整地走行ができない96式装甲車と同じく軽装甲機動車、あるいは非装甲の高機動車である。まるで第三世界の軍隊だ。

同様に82式指揮通信車も旧型の上に、近代化もオーバーホールも行なわれていない。これまた装輪式で不整地走行能力が低く、戦車に随伴できない。しかもその他多くの装甲車輛、装備が80年代に調達が開始されているが30年以上も放置されている。

このため旧式化が著しい上に稼働率も落ちている。戦車を長距離運搬する戦車トランスポーターは戦車1個連隊に数輛しかない。これではいくら新型の10式戦車を導入しても戦略機動が殆どできず、遊兵化するだけだ。兵站車輛も同様であり、中隊規模の演習を支えるのが精々で、師団規模の戦闘は不可能だ。つまり装備の面からいっても先進国の機甲部隊としては落第点で、博物館の様相を呈している。

▲写真 陸上自衛隊の特大型運搬車 出典:JGSDF/flickr

陸自は偵察用UAVや精密誘導砲弾など、情報化、ネットワーク化の面では中国やパキスタンのような途上国にすら後れを取っている。

陸自の戦車は中国軍と戦った場合、はるか遠くから精密誘導砲弾や、徘徊式自爆ドローン、攻撃ヘリなどから一方的に攻撃を受け敵戦車と戦闘する前に虐殺される運命にある。

陸自普通科の自動車化が完了したのも21世紀に入ってからだ。それまで普通化は自前のトラックすらもっていなかった。陸自は戦車など一部の装備を除き、朝鮮戦争レベルで先進国の軍隊とは呼べないレベルにある。

例えれば本来軽自動車で通勤すべき年収300万円のサラリーマンが、まだ十分に使える既存の軽自動車を捨てて、通勤用と称して高級外車を頻繁に買い換え、家賃や子供の給食代を滞納しているような状態だ。

10式を開発・調達せず、既存の戦車の近代化で済ませれば1桁少ない予算で済んだはずだ。そうであれば、その予算を諸装甲車やその他装備の近代化、稼働率の向上、あるいは衛生など本来切実に必要な分野に投資することができたはずだ。

率直に申し上げて陸幕の見識は、戦車だけがあれば楽しい、戦車ゲームマニア中学生と同じ程度でしかない。これではまともな戦力整備は覚つかず、抑止力の整備という面でも落第だ。「戦車マニアの戦争ごっこ」に我々の税金が浪費されているのだ。

本来10式など開発せずに90式の近代化でしのぎ、なおかつ戦車・火砲の数を各100程度まで削減し、浮いた費用と人員をネットワーク化や無人機、無人車輌、装甲車輌の更新、普通科の装備更新、サイバーなどに振り向けるべきだった。

(了。。全3回)

トップ写真:10式戦車(著者提供)




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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