10式戦車の調達は陸自を弱体化させるだけ(中)
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
「清谷信一の防衛問題の真相」
【まとめ】
・10式戦車はゲリラ・コマンドウ対処を軽視。RPG7、地雷、IEDに対する防御力がほとんどない。
・来年度の調達単価は目標価格の約2倍の13.7億円に高騰。
・10式はクーラーも装備せず、夏場のNBC環境下では役立たず。まさか人民解放軍が配慮するとでも?
陸上自衛隊・防衛省は、10式戦車はゲリラ・コマンドウ対処にも必要不可欠だと説明しているが、それは10式導入のためのセールストークに過ぎない。
それは10式が、90式と同等以下の調達コストと、40トン以下の重量で北海道以外でも運用できます、という3.5世代戦車ではありえないことが「できました」ということだ。つまりは「格安軽量戦車」だがそれは工学的に不可能だ。
そのセールストークのために、はじめから安普請にならざるを得なかった。このためその実態はゲリラ・コマンドウ対処を軽視したものになっている。3.5世代戦車としては落第で、単なる税金の無駄使いで終わっている。喜んだのは陸幕と新兵器という新しい玩具が大好きな軍オタぐらいだ。
10式は防御力が弱く、ゲリラ・コマンドウ対処での主たる脅威であるRPG7や対戦車ミサイルなどの携行型対戦車兵器、地雷やIEDなどに対する防御力が殆ど無い。10式は諸外国の3.5世代戦車にあたるが、車体及び砲塔の正面こそ複合装甲を採用しており、自分の主砲に耐えられる防御力を有している。だが、それ以外の部分は鋼鉄製の薄い、せいぜい数センチ程度の圧延装甲板であり、防御力は90式戦車と大差はない。実際に陸幕の要求は90式以上か同等というものだ。そして同等となっている部分が多い。
▲写真 10式のスカートは90式と同程度で極めて薄い(著者提供)
だがイラクやアフガニスタンでの戦車の主たる被害は地雷やIED(Improvised Explosive Device:即席爆発装置)、それにPRG7などの対戦車兵器だ。
昨今の対戦車兵器はタンデム弾頭を有している物が多く、これだと単なる鋼板の装甲はもちろん、反応装甲などの付加装甲があっても貫通する。また戦車の直前でホップアップして、一番装甲の薄い砲塔や車体上部、エンジンルームなどを狙ってトップアタックをかけるタイプの対戦車ミサイルも多い。市街戦で建物の上層階や屋上からこれらの対戦車兵器で狙われたらお終いである。
このため諸外国の3.5世代戦車は第3世代の戦車に多くの増加装甲を付加し、またネットワーク機能を付加した3.5世代の戦車を使用している。これらは側面や後部はもちろん、上部、車体下部迄文字通り360度の防御力を強化している。これを「動くトーチカ」として使用している。このため戦闘重量は60~70トンほどまでになっている。
▲写真 仏陸軍のルクレールのアップグレード用の装甲キット(著者提供)
防御が厚くなった分重量がかさむが、戦車の主たる役割は第二次大戦以来の戦車同士の機甲戦から、それ以前の歩兵の直協へと先祖返りしているのだ。だから機動力は犠牲になってもさほど問題ない。
それでもイラク戦などで証明されたように旧東側の戦車に対しては圧倒的な優位を保持している。故に多くの国々では新たに新型戦車を開発せずに、既存の戦車の近代化ですませている。
確かに10式は新規の設計で、その分第3世代の戦車を近代化した3・5世代戦車に較べて重量軽減という面では多少有利だ。だが、だからといって70トンの戦車と同じ防御力を確保できるわけではない。それは物理的にも価格の面からも不可能だ。またセラミックやその他の複合装甲を採用すればコストがかなり上がるので、10式はそのような先進の複合装甲を多用できなかった。ネット上はそのような装甲を有しているとの主張があるが、それはマニアの願望に過ぎない。例えば対地雷IED対処で車体底部を二重装甲化するならば2トン程度の重量増加になる。40トンの10式には無理だ。
▲写真 英陸軍は第3世代のチャレンジャー2を改良し使い続けている(著者提供)
イスラエルの最新戦車であるメルカバIVのサイドスカート(車体側面につける一種の増加装甲)の厚さは約10センチ以上あり、複合装甲と空間装甲を併用していると思われる。対して10式のサイドスカートは90式と同じで、わずか数ミリの鋼鉄製装甲板に過ぎず、単弾頭のRGPなどにしか有効でない。
それでタンデム弾頭のRPGが防げるならば「魔法」の類である。そのような「魔法」が可能であれば同時期に登場したメルカバIVも40トン台の戦闘重量を実現できたはずだろう。あるいは装甲の重量に頭を悩ましている米国から「夢の装甲」を売ってくれと圧力が掛かっているはずだ。
軽量化の一つの解決策はロシアのT-14のように無人砲塔を採用して乗員を車体内の走行カプセルに収容する方法だ。これだと砲塔を軽量化でき、かつ砲塔が被弾しても砲塔内の乗員が死傷することはない。だが10式にはこのような思い切った発想の転換はなかった。10式では通常の戦車のレイアウトにこだわった。
▲写真 無人砲塔のロシアT-14戦車。 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images
ドイツのEDB社やオランダのテンカーテ社は複合装甲製のハッチを開発しており、これらを車長や砲手などのハッチに採用すれば1箇所たり数十キロの重量削減が可能だが、このようなものは採用していない。同様にゴム製履帯も採用していない。カナダのソーシー社は50トンクラスまで対応するゴム製履帯を実用化している。これを採用すれば重量を1~1.5トンは軽減できた。だが装備庁は採用しなかった。装備庁でもゴム製履帯を開発中だが実用化には至っていない。実用化されても外国製に対してコストで対抗できないだろう。つまり先進的なものを採用すれば軽量化も可能だったが、「格安戦車」にはできない。
実は軽量化を実現するために、三菱重工が提案した片側6個の転輪案は却下された。これを採用すると重量が1トン増加し、コストも高くなるためだ。そうなると輸送時の40トン以下という条件を満たせなくなる。このため片側転輪は5個に減らされたが、その分設計に無理がかかり、履帯が脱落しやすくなった。
事実、富士総合火力演習中に衆目の前で履帯が脱落した。このため機動力が落ちただけではなく、整備や運用にも影響し、更には車内容積も少なくなったので現場の隊員からの評判は悪い。
90式ですら当初の調達コストは11億円もしたのに、10式は調達当時10億円にすぎない。開発担当者は調達単価7億円を目指していたと筆者に説明した。だがC4IRシステム、補助動力装置、状況把握システムなど第3世代である90式にない装備と、これらを統合するためのソフトウェアが搭載されているのだ。通常ソフトウェアが戦車の価格に占める割合は少なくない。このため諸外国の3・5世代戦車は概ね第3世代の戦車の2倍程度の単価になっている。
これらは主として電子機器、ソフトウェア、増加装甲などのパッケージの費用である。車体が90式よりも一回り小型になったとはいえ、「安いには訳がある」と考えるべきだ。そして来年度の調達単価は7億円の約2倍の13.7億円に高騰している。
因みに74式も90式も諸外国の同世代の戦車に較べて3倍ぐらい高い。3.5世代の戦車は概ね15~20億円程度であるから、比率でいけば10式は30~45億円程度になっても不思議ではない。それがいきなり他国の3.5世代戦車の2/3程度まで価格を激減させているのだ。疑うなという方が無理だろう。
無論コスト削減は大事であり、その成果は10式に反映されているだろう。事実10式の開発にあたって、民生コンポーネントの採用や部品点数の削減などが大胆に行なわれた。だがだからといって10式の防御力やネットワーク機能が諸外国の3.5世代戦車と同等で、値段は半分以下と主張するのは工学的に無理がある。
技本は筆者のインタビューに対して「性能と価格をトレードオフした設計、機能のソフトウェア化などが盛り込まれた。性能と価格をトレードオフというのは各機能やコンポーネントに関して技本が陸幕に対して、この部分を高性能にするとこれだけコストが上がりますと説明し、コストを削減するために敢えて高性能化を諦め、費用の安い既存の技術やコンポーネントを採用した部分もある」と説明している。
10式はクーラーも装備していない。このため夏場のNBC(核・生物・化学)環境下では30分も使用できない。つまり夏場のNBC環境下では戦えない。
防衛省は国産兵器開発に際して「我が国固有の環境にあったものが海外にないから」ということを開発の言い訳にしているが、「夏場はシンガポール並みに高温多湿になる『我が国固有の環境』に何故クーラーを付けないか。
それは調達単価と重量の低減のためだろう。クーラーを搭載すれば、クーラー重量とコストがかかるだけではない。電力も余計に喰うので補助動力装置もより大型(つまり重く、高価になる)にする必要がある。
そのぐらい費用と重量の軽減に神経質になっているのだ。因みに16式機動戦闘車もクーラーがついていなかったが、昨年度予算調達分からはクーラーがつくようになった。これは財務省が南西方面や夏場の運用に問題があるだろう、クーラーを付けないと予算を出さないと頑張ったからだ。
陸幕や装備庁(かつての技本)よりも財務省の方が当事者意識&能力と軍事的常識がある、ということだ。そして16式に必要なクーラーを10式には不要だというロジックは成立しない。人民解放軍は、陸自の装甲車輌がクーラーを搭載していないのに、夏場にNBC攻撃するなど卑怯なことはしない、とでも思っていれば別だが。
(下につづく。上。全3回)
トップ写真:10式は重量と単価で制約があった(著者提供)
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)