10式戦車の調達は陸自を弱体化させるだけ(上)
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
「清谷信一の防衛問題の真相」
【まとめ】
・我が国で戦車戦が行われる可能性は皆無に近い。ゴジラや火星人の襲来よりやや高い程度。
・90式戦車の近代化でこと足りるのに、陸幕は多額の費用をかけて「軽量」だけが取り柄の10式戦車を開発、配備を進める。
・陸幕は戦車を「偏愛」、単に新型戦車というおもちゃが欲しかったととしか見えない。
陸上自衛隊に装甲車輌調達の当事者能力はない
陸上自衛隊の置かれた環境では戦車の優先順位はかなり低い。だが陸幕は戦車を「偏愛」している。西側諸国のように既存の第3世代の90式戦車を近代化すれば足りたのに、多額の費用を掛けて10式を開発、配備を進めている。
そもそも防衛大綱でも敵が師団単位で本土に揚陸して、敵の最新鋭の戦車と戦車戦を行うなどという想定はしていない。
率直に申し上げるならば10式は無用の長物であり、これの開発、調達、配備を通じて陸自はリソースと予算を食いつぶして自らを弱体化させている。
だが来年度の防衛省概算要求でも2010年に導入された新型戦車・10式戦車が6輌、82億円が要求されている。当初は10億円だった調達単価は13.7億円である。開発関係者は量産して調達単価7億円を目指すといっていた。現実にはその「願望」の2倍の値段になっている。
そしてまだ十分に使用が可能な90式は多額の税金を使って廃棄されることになる。トイレットペーパーすら買えなかった「軍隊」が随分と鷹揚な予算の使い方をしている。
一般の国民は最新型の10式戦車などをみて、陸上自衛隊は世界最先端の装甲車輌を開発、装備していると思っているだろう。だがそれはメディアが作った「自衛隊すごい」幻想にすぎない。陸自に装甲車輌のまともな開発指導力も、調達能力も、構想力もない。メーカーにもその実力はない。
陸幕には戦車に対する偏愛があるのだろう。敢えて誤解を恐れずに言えば、我が国において戦車が連隊単位で戦車戦を行うような事態はゴジラや火星人の襲来よりやや高いだけだ。冷戦期のソ連軍最盛期においてもソ連が我が国に対して着上陸作戦を行う能力も計画もなかった。これは軍拡が著しい人民解放軍に関しても同じだ。脅威とは意思×能力で表されるがその両方共ゼロに近い。
仮に十分な揚陸能力を持っているにしても圧倒的な米軍と自衛隊の空海軍戦力によって揚陸艦や輸送機は殆どが沈められ、撃墜される。そこらの軍オタならばともかく、陸自将官OBの中にまで、港湾が占領されたら民間輸送船で膨大な数の装甲車両も揚陸できるという人がいる。だが我が国に師団単位の敵が揚陸しているということは既に日米の空海が殲滅されている状態であり、制空権も制海権も敵の手にある。
制空権を取られればいくら優秀な戦車があっても機甲部隊は航空攻撃で容易に撃破される。特に昨今では徘徊型自爆ドローンによって陸自の戦車は一方的に虐殺されるだろう。これがどれほど空想的なシナリオだということは高度な軍事知識をもっていなくとも、常識がある人間であれば容易に理解できよう。
実際に防衛大綱では短中期的に想定している脅威は島嶼防衛であり、またゲリラ・コマンドウ、弾道弾、そしてサイバーである。ゲリラ・コマンドウ対処の場合、戦車の役割は大規模な機甲戦闘では行われない。戦車は普通科(歩兵)部隊への火力支援を行い、敵の火力を吸収する「移動砲台」である。そうであれば何も最新式の戦車は必要ない。しかもその「移動砲台」として軽量が取り柄の10式は向いていない。
10式導入の理由は戦闘重量44トンというその軽量さある。90式と同じ第3世代を改良した他国の戦車は概ね60~70トンに達している。第3世代としては軽量の部類である90式戦車は50トンだ。
全国の主要国道の橋梁1万7,920ヶ所の橋梁通過率は10式が84%、50トンの90式が65%、62-65トンの海外主力戦車は約40%とされている。つまり90式でも重すぎて北海道以外では使いにくい、10式ならば増加装甲と燃料弾薬を抜けば40トンになり、本土の多くの部分に迅速に展開できる、というのが防衛省と陸幕の言い分だ。
▲写真 第3世代の90式戦車(著者提供)
だが先述のように、日本本土で本格的な機甲戦闘が行われる可能性は皆無に近い。ゲリラ・コマンドウ対処であれば通れない橋梁は迂回すればいいだけの話だ。橋梁通過率を19パーセント上げるためだけに巨額の費用をかけて10式を開発調達する意義は極めて薄かった。
そもそもそのような運用は絵に描いた餅に過ぎない。戦車及び機甲部隊の装軌装甲車輌は長距離を自走して移動できない。駆動系に負担が掛かるので、故障が多発する。また振動が強いので乗員は疲労がたまる。このため戦車を始め、装軌装甲車輌はトランスポーターと呼ばれる大型トレーラーに載せて運搬する。だが陸自ではトランスポーターが不足しており、戦車連隊に数輌程度しかない。無理をして装軌装甲車両を長駆させれば故障は続出して、稼働率は下がり、乗員は疲労激しい状態で戦わないといけない。
10式は弾薬や増加装甲などをはずして、40トンに重量を減らせば民間の40トントレーラーでも輸送できることをセールスポイントにしているが、それを可能にする法令は存在しない。トレーラーを徴用しても運転手はいない。10式を民間トレーラーに搭載して連隊単位で実戦に投入するとういうのはフィクションに過ぎない。
10式を調達するよりも、90式を近代化し、浮いたカネでトランスポーターを充実させたほうがよほど戦力強化になったはずだ。
自衛隊の戦車運用は伝統的に空想的である。74式戦車は、国鉄の輸送貨車で運搬できるサイズと重量ということで仕様が決まったが、当時も今も国鉄(現JR)を自衛隊が指揮下に置く、あるいは徴用する法令は整備されていない。小銃でも突きつけて国鉄に輸送を命じるつもりだったのであろうか。空想をもとにまともな戦車が開発できるはずもあるまい。
そもそも対ソ連戦を意識した90式が北海道限定運用なのもおかしな話だ。ソ連が侵攻する場合は都合よく「北海道に侵攻してくれる」という想定で開発したことになる。まるで旧軍の作戦参謀の作戦である。実際の戦争になれば敵はこちらの弱点をつくのが常であり、そうであれば新型戦車の存在しない本州にでも上陸してくる可能性は高かったはずだ。
そして実は最盛期のソ連軍にも日本に本格的に揚陸してくる能力も、そのような計画も存在していなかった。
90式開発後に次世代の戦車開発のために評価の会議があった。その席で90式は重すぎ、値段が高すぎる、120ミリ砲を105ミリ砲にしようとか、暗視装置は高いサーマル式から74式と同じナイトビジョンにしようなどというアイディアが出たという。であれば90式など開発せずに、74式の改良でよかったではないか、と出席した元幹部は証言している。
ゲリラ・コマンドウ対処、機甲戦でも90式の改良で十分対応できた。10式の能力は、軽量さ以外は90式に付加が可能であり、その方が開発費も近代化費用も遥かに安く、また短期間で実現できた。そして車体が大きな分、90式の方が将来の近代化に耐える冗長性もある。
それに陸自では2016年に74式戦車と同じ105ミリ戦車砲を搭載した装輪戦車ともいえる、8輪の16式機動戦闘車が導入されている。戦車のようにトレーラーに搭載して移動することなく自走して高速で戦略移動が可能である。火力が迅速に必要ならばこれを使うほうが遥かに迅速に展開できる。
仮に機甲戦を行うにしても、他国の最新型戦車は大概90式よりも重たい。そうであれば本土での運用は90式以上に制限される。敢えて10式という「軽量戦車」を開発する必要はなかった。どうしても軽量な戦車がゲリラ・コマンドウ対処で必要であれば更に古い74式を近代化して使用すればことは足りる。
にもかかわらず、防衛省はサブシステムも含めて一千億円の開発費を掛けて開発した。防衛大綱の定める定数の300輌を調達するのであれば、1輌12億円と控えめに計算しても3,600億円、教育所要を含めて90式と同じ、340輌ならば、4,080億円、合わせて5,080億円かかることになる。一輌14億円ならば5,760億円となる。しかも現役の第3世代である90式を廃棄する費用がかかるので、そのコストも含めれば10式導入・運用コストは更に嵩むこととなる。
米国、英国、ドイツ、フランスなど主要国は10式のような新型戦車を開発することなく、第3世代の戦車に改良を加えて、3.5世代戦車として使用を続けている。これらは得てして80年前後に実用化されているが、90式はそれよりも10年も遅い90年に採用された「最新型」である。これを改良するならば改良費も運用費も遥かに少なくて済んだはずだ。
更に申せばこれまでの61式、74式、90式にしても多少の改良をのぞけば、途中で性能をアップデートするような本格的な近代化がなされることはなかった。そして調達には30年もかけている。諸外国では新型戦車が戦力化されるまでのストップギャップで既存の戦車を近代化するのが普通だ。また調達された戦車も適宜近代化して陳腐化を避ける。
だが陸自の装甲車輌は調達が完了するまで概ね30年かかる。その間に陳腐化が進み、数が揃って一定数が戦力化された段階では既に陳腐化している。
仮に90式の改良を選択すれば予算の余裕もでき、適度な近代化も可能だろう。実際に10式が導入されて10年以上が経つが近代化の話は出ていない。
仮に10式の開発費や調達費を90式の改良に当てれば、5、6年で近代化が可能だったろう。30年もかけて、途中で旧式化する10式を調達するよりは遥かに合理的だ。
陸幕は装備や装甲車輌全体のポートフォリオや優先順位を考えることなく、単に新しい戦車というおもちゃが欲しかったようにしか見えない。
(中に続く。全3回)
トップ写真:陸自が開発、配備を進める10式戦車(著者提供)
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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