無料会員募集中
.政治  投稿日:2024/9/22

軍オタが歪める防衛議論(後編)


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・軍オタは兵器を過度に礼賛し、批判的な意見を受け入れない。

・防衛省は情報公開に消極的で、メディアも自衛隊を過度に美化しがち。

・ 軍オタが信じる「国産最強」神話は大いなる幻想である。

 

防衛省、自衛隊が大好きな一部の軍オタは実は現実の防衛問題を理解できない。その根底は情報を疑うことではなく、信じるところから始めるからだ。それはカルト宗教の信者と同じである。現実が見えずにテクノナショナリズムに毒されているので、冷徹な現実がみえないのだ。

彼らだけであれば大した問題ではないが、防衛省が民主国家として当然なレベルのまともな情報開示を行わず、メディアは金がかからず、視聴率が取れる自衛隊取材もので「無敵皇軍」的な礼賛ばかりの番組や記事を作るので、バイアスのかかった情報が流布され国民の中で問題点が共有されない。一方リベラルはそもそも軍事反対で軍事に関する学びをする気がサラサラない。このような状態で声の大きい「軍オタ」のネット上での発言は、自衛隊に対する疑問や批判の声を封じることなる。まさに戦前と同じなのだが、「軍オタ」にその自覚はない。

国産兵器の能力は高くない、世界的にみれば良くて2流、3流が多い。そして品質が低く、調達単価や維持費は何倍、ヘタをすると一桁高い。コストという面では3流以下でああるが、軍オタにはコストも性能だと理解できない。

その原因は国際的な市場で苛烈な性能、コスト、品質競争にさらされていないからだ。しかも防衛省だけが顧客の零細規模の事業が多いので他国では数年で調達するような仕事を10年も20年も掛けておこなう。例えば小銃など30年に1回しか開発機会がない。これで毎年のように新製品を開発している海外メーカーにかなうわけがない。

軍オタだけでなく、国民が広く信じているテクノナショナリズムは白日夢でしない。

例えばトヨタにしても陸自向けの高機動車を民間向けにしたメガクルーザーはほとんど売れなかった。

そして防衛省や自衛隊に開発を指導する見識もない。そもそも開発のもととなる情報収集、分析すらろくにできていない。防衛省や自衛隊の情報能力はかなり低レベルだ。

防衛省と自衛隊は公然手段ですらも情報収集を軽視してきた。08年の技術研究本部(当時)年間の見本市やコンファレンスなどの視察予算は僅か93万円、で筆者の年間海外取材費より少なかった。因みに当年の出張者は6名であった。この僅かな予算で6名が出張しているということは、ホスト国からの招待だろう。つまり自発的に視察に行ってはいないということだ。

同年のパリの軍事見本市であるユーロサトリには陸上担当の開発官の川合正俊陸将(当時)と一佐の二名(通訳を同行)が訪れたが、同陸将はその後一ヶ月ほどで退官して防衛とはまったく関係ない企業に再就職している。ただでさえ少ない視察予算が高官の「卒業旅行」に利用されているのだ。防衛省にとって海外視察は退職前のご褒美の物見遊山でしかない、ということだ。つまり海外視察を情報収集の手段ではなく、ご褒美の娯楽だと考えていた。

この件は筆者が何度も報じたために、現在では当時に比べて出張は増えている。財務省も積極的に予算をつけているが、当の防衛省が海外視察を歓迎しておらず。できるだけ出さないようにしいる。そして、担当者には説得のために財務省が認めないと財務省を悪者にして出張させないケースも多い。これではまともな情報収集が出来るはずがない。それは開発もまともにできないということだ。

そもそも防衛省の研究予算は少なく、海外の技術動向にも無関心だ。メーカーは世界の市場で戦うこともないので、厳しい性能、品質、コストの競争にさらされることもない。防衛省のいうとおりにそれらしいものを作っているだけだ。天下りを受ければ不具合があっても問題化されない。しかも他国のメーカーが毎年のように開発しているのに開発は10年、20年に一度である。世界最先端の装備が開発できるわけもない。

日本の兵器が世界最先端というのはイリュージョンに過ぎない。

筆者は以前10式戦車に関連する記事で戦車開発の関わっていた陸自の機甲科OBの話として、着弾の衝撃で貫通しなくても中のクルーが死傷するという話を書いた。これに対して「軍オタ」界隈では猛烈な反発が起こった。それで筆者の記述が嘘であると暴くための計算大会まで始まった。

私的まとめ キヨさんの10式戦車発言から始まった軍クラ計算大会

https://togetter.com/li/309179

【社会/物理】軍事ライター・清谷信一氏の主張について その1

http://blog.livedoor.jp/wispywood2344/archives/53865390.html

だが2024年9月号の月刊軍事研究では元富士学校機甲科部長の赤谷信之元陸将補が「陸自10式戦車は日本の防衛に役に立つのか」という記事で以下のように述べている。

10式の開発間の実験と経験から、徹甲弾は戦車に命中すれば、数十万Gの圧力が砲塔内に加わるため、たとえ貫通しなくても、砲塔内の乗員に致命的なダメージを与えることとなる(聞いた話であるが、北海道で廃棄になったM4戦車の操縦手席と前方機銃手席に豚を置き、61式戦車の徹甲弾でM4戦車の砲塔に対して射撃を行ったところ、豚に致命傷を与えたことがある)。命中することが大事なのである。

着弾時の圧力の違いをネタ元に確認しましたが、明確にできない理由があるとのことです。大事なのは着弾の衝撃で乗員が死傷する可能性があるということです。

「軍オタ」たちは、我が国の世界最高峰の10式戦車弾があたっても貫通しなければ乗員は無事だと思い込んでいたようだ。だが着弾のショックで乗員が死傷することは装甲車両関係の基礎的な知識があれば承知している話だ。因みに防弾チョッキの防弾プレートにしても貫通せずとも着弾のショックで死亡することがある。彼らは自分たちの見識は10式の開発に関わった元富士学校機甲科部長よりも正しいというのだろうか。

筆者のソースは10式開発に関わっていた然るべきポジションにいた機甲科の元将官だったが、彼らは、筆者が「非実在人物」をでっち上げて嘘を書いたとでも思っていただろう。自分たちの意にそぐわない記事を書くやつは嘘つきに決まっていると根拠のない思い込みだ。つまり物事を「好き」「嫌い」でしか判断できず、「嫌い」なことを受けられずに、嘘だと断定するわけだ。

防衛省や自衛隊の発表が当てにならない実例も上げよう。筆者が追求した陸自の個人携行衛生品だ。自衛隊の衛生は大きく遅れていた。第二次大戦の旧軍よりも後退していると言って良い。まず個々の隊員がもつファースト・エイド・キットだ。陸自の「個人携行救急品」はPKO用がポーチを除くと7アイテム、国内用は2アイテムに過ぎなかった。対して米陸軍は止血帯ポーチも勘定に入れれば19アイテムであり、約3倍である。しかも米軍が施している救急処置の訓練項目は59だが、陸自がやっているのは2項目しかない。筆者はこの問題を追求し会見でも多数質問し、記事も多く書いた。 

だが2014年、中谷防衛大臣、岩田陸幕長は共に記者会見で筆者の質問に答える形で陸自のPKO用の「個人携行救急品」は米軍の最新のIFAKIIと同等であると記者会見で強弁した。また当時の公開書類でも同様の主張がなされていた。だが、その後2015本年に発表された平成28年度防衛省行政事業レビュー」の「平成28年度防衛省行政事業レビュー外部有識者会合」資料では、この防衛省の公式見解が以下のように後退している。

「陸上自衛隊と米陸軍の個人携行救急品については、同等な部分はあるが、品目及び数量ともに少ない状況である」

このように防衛省は陸自キットの不十分さを認めている。また各アイテムについても、一部機能あるいは数量的に不足と認めている。だがそうであれば防衛省はそれまでの公式見解が誤っていたと認めるべきだが、それは行っておらず、こっそりと軌道修正をしている。その後016年11月15日民進党は自由党とともに「自衛隊員救急救命法案」(第一線救急救命処置体制の整備に関する法律案)を衆院に共同で提出した。残念ながら法律成立とはならなかったが、陸上自衛官全員に追加品も含めた救急品が支給されるきっかけとなった。実は筆者は民進党に呼ばれてこの件についてレクチャーを行っている。つまり陸自の携行衛生品が米陸軍のそれと同じレベルというのは、大臣や幕僚長も公的な発言をしたのに虚偽だったことになる。

このように防衛省や自衛隊の公式見解は正しいとは限らない。組織防衛のために事実を歪曲したり、嘘はつかないまでも事実を述べないことは多々ある。もう一つ例を挙げよう。

陸自のヘリ型UAV(無人機)だ。陸自はFFOS(Flying Forward Observation System)とその発展型で、偵察用に開発されたFFRS( Flying Forward Reconnaissance System長距離偵察システム)を運用してきた。これまた軍オタ諸君の自慢の国産兵器だ。だが開発と調達に350億円ほどかけた装備が大震災、放射能事故という「有事」にまったく役に立たなかったのだ。これを筆者が報じた。

ちなみに防衛省のFFRSの政策評価書の事業内容の説明では、

「(中略)~NBC(核・生物・化学)攻撃、災害派遣等の多様な事態に有効に対処できる無人偵察機」とあり、事業の目的にも、「~災害派遣等の多様な事態における適切な指揮活動を実施するためには、所要の映像情報の早期伝達が可能なシステムを保有する必要がある。無人偵察機は悪天候やNBC汚染下でも現場の詳細な情報をリアルタイムで映像にて得ることが可能である」

と、している。まさに東日本大震災で投入されるべき装備であった。

更に事業の達成状況に関しては、システムの構成、偵察能力に関する性能、探知・識別能力に関する性能、標定能力に関する性能、遠隔制御に関する性能に関してこれらを達成していると述べ、「極めて有用性の高い装備である無人偵察機を装備することが可能となった」と、結論づけている。これらは虚偽であった。

そしてこの件は国会で日本維新の会の中丸ひろむ議員の質問に対して徳地秀士防衛政策局長(当時)が答弁した。因みに筆者は中丸氏の質問作成に協力していた。

徳地防衛政策局長は使用されなかった理由を信頼性が低かったから認めている。だがFFRSに関しては導入から一年が立っていなかったことを言い訳にしていた。だがその後の熊本の震災でもこれらは使用されることはなかった。つまり実用に耐えないクズであるということだ。この件からも防衛省の公式発表が必ずしも当てにならないことは明白だ。

また防衛省と海幕は2008年度から調達が開始されたP-1哨戒機の稼働率を秘密にしてきたが、P-1の稼働率は現在でも3割程度に過ぎない。IHIの開発した国産エンジンと、光学電子装置の不備が原因だ。すでに運用は10年を超えており、よくある初期不良と言い訳はできない。だが軍オタたちは、P-1は名機であると主張していた。だが今年辞任した酒井良海幕長は辞任直前の会見で筆者の質問に答える形でP-1の稼働率は低く問題であるとの見解を示した。

情報の基本はまずは疑うことである。それはジャーナリストだけではなく、普通の人でも当たり前に要求されるリテラシーの基礎である。ところが軍オタたちは信じるところから始まる。これは宗教と同じである。

ぼくの大好きなP-1哨戒機の悪口を言うな、大好きな「推し」をけなされたアイドルファンと変わらない。兵器への偏愛を元に現実社会の国防を語るのは大変危険である。

(終わり。前編こちら

トップ写真:陸上自衛隊 10式戦車 出典:viper-zero/GettyImages




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."