なぜ日本のマスメディアは遺体を見せないのか
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・日本のマスメディアは遺体の写真や映像を報じない。
・3.11の時もそうだったし、今回のウクライナ紛争でも同様だ。
・日本のマスメディアは、過度の自粛や思考停止に陥っているのではないか。
(この記事にはショッキングな写真が含まれています。ご覧になりたくない方は、写真部分を見ないでください)
3月11日、久しぶりに「ABEMA Prime」に出演してきた。テーマは、「日本のマスメディアはなぜ遺体映像を流さないのか」だった。(参考記事:テレビ局は津波や遺体の映像を流さぬ理由を議論し続けているのか…東日本大震災をめぐる報道現場の課題 #知り続ける | 国内 | ABEMA TIMES)
去年東日本大震災が起きてから10年の時に書いた「震災10年 放送されぬ『遺体』」という原稿を読んで、番組が声をかけてくれたのだ。
そう、日本のマスメディアは遺体の映像を映さない。新聞もテレビもだ。それは今回のウクライナ紛争でもそうだ。
象徴的だったのが、3月6日、ウクライナの首都キエフから北西約20キロのイルピンで、ロシア軍の砲撃により、避難しようとしていた家族3人(母親と子供2人)と同行していた知人男性、合わせて4人が亡くなった現場の写真の扱いだ。
この写真はニューヨークタイムズの1面トップに掲載された。以下の写真は少し角度が異なるが同じ現場である。ロシア軍の砲撃の瞬間の動画もアップロードされている。他の海外メディアでもこの写真は使われた。しかし、私の知る限り、日本のマスメディアで、この写真・動画を流したところはない。
写真)ロシア軍からの迫撃砲の攻撃を受けた家族ら4人を救助するウクライナ兵士達。4人は死亡した。 2022年3月6日、ウクライナ・イルピン
出典)Photo by Andriy Dubchak / dia images via Getty Images
読者諸氏はこの写真をどう思われただろうか?
番組内でも意見は分かれた。PTSDになる人もいるからマスメディアが残酷な写真や動画を流すことは控えるべきだとの意見の人もいれば、災害や戦争の悲惨さを知ってもらうためにはそうしたシーンを流すべきだとの意見もあろう。
写真)ドネツク地方ヴォルノヴァーハ近郊で、ロシア軍との戦闘により戦死したDenysHrynchukの葬儀で悲しみにくれる妻と家族達 2022年2月28日BILA KRYNYTSIA、
出典)Photo by Alexey Furman/Getty Images
番組でも話したが、日本のマスメディアが遺体の写真や動画を流さなくなって久しい。いつからかも判然としない。1970年、三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内に立てこもり、割腹自殺を行った時、新聞の号外に三島の生首が映った写真が掲載された。
また、1980年の新宿西口バス放火事件の時はバス車内の遺体の写真が新聞に載って社会に衝撃を与えた。その後、筆者にはマスメディアにあからさまに遺体の写真が使われた記憶がない。
写真)自衛隊駐屯地で自衛官らに檄を飛ばす三島由紀夫 1970年11月15日 東京都・市ヶ谷
これだけ長く遺体の映像を封印してきたマスメディアが突然、それを解くとも思えない。
問題は、遺体の写真や映像を扱わない理由だ。それも実は明確ではない。死者への尊厳や遺族感情への配慮、プライバシー、など理由は色々あがっているが、つまるところ、「自粛」以外の何物でも無いだろう。もしくは、何も考えずに「お蔵入り」にしているだけと推察する。(読者や視聴者からクレームが来るから)「どうせ使えないよね」、と。こうなると完全に「思考停止」だ。
ジャーナリズムを謳うなら、少なくとも遺体や残酷なシーンが映っている写真や映像を使うかどうか、編集部内で議論すべきだし、それ以前に各社なりの基準があってしかるべきだろう。もしそれらのコンテンツを使う場合は、読者・視聴者にきちんと説明した上で公開すべきだ。
Japan In-depthでは、災害や事件・事故、そして戦争などを報じるとき、読者に現実に起きていることを伝えるために必要と判断した写真・動画は積極的に使う方針だ。
欧米メディアと同じスタンスをとれといっているわけではない。イエロージャーナリズムでもないかぎり、何でもかんでも過激なコンテンツを流せば良いというモノではない。マスメディアには、本当にそのコンテンツを使う意味があるのかどうか、じっくり検討してもらいたい。
「過剰な自粛」や「思考停止」はジャーナリズムの死を意味する。
トップ写真)イルピン通りに横たわる市民の遺体。2022年3月6日、ウクライナ・イルピン
出典)Photo by Murat Saka/ dia images via Getty Images
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。