危険な賭けに出たプーチン
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#11」
2022年3月14-20日
【まとめ】
・プーチンは本気で「ダブルダウン=大きなリスクを取った賭け」を始めたのではないか。
・中国はロシアに恩を売る一方、ウクライナとロシア、米露の仲介に乗り出し、米中協力関係の復活に結び付けたいのだろう。
・米側は、対中露の情報戦で先手を打ち、中国がロシアに実施する可能性がある支援に関して懸念を伝達し、自重するよう求めた。
先週は英語化した仏語「デジャヴュ(既視感)」について書いたが、今週は「ダブルダウン」なる英語表現をご紹介する。
米国では政治交渉などに関する評論で最近流行の言葉だ。元々はブラックジャックのルールだから、カジノ用語らしい。日本カジノスクールの公式サイトには、「ダブルダウン」について次のような説明があった。
●ダブル・ダウン(Double Down)
カジノのブラックジャックで最初に配られた2枚のカードから、あと一枚だけ引くことを条件に、賭け金を最大2倍にまで増やせるルール。・・・積極果敢にやりたいところですが、賭けているカジノチップに追加する必要があるので、持っている資産との相談が必要・・・。
これが転じて「危険な賭けに出る。賭けを倍増する。リスクを取って投資を増やす。状況を一切顧みることなく、渦中の人間が世間・メディアに対してダメ押しする」といった意味で使われる。
これって、今プーチン大統領がやっている「倍返し」ではないかね。そう言えば、CNNで識者がよくPutin doubled downなどとコメントしていたなぁ。
先週は、「ウクライナは大善戦、キエフも未だ陥落していない。ロシア軍優勢は強まるだろうが、当面戦況は膠着状態にある」と書いたが、状況は徐々に変わり、今週あたりからプーチンは本気で「ダブルダウン」を始めたのではないか、そんな懸念がある。正に「大きなリスクを取った賭け」だと思うのだが、果たして「勝機」はあるのか。
懸念といえば、先週書いた「デジャヴュ(既視感)」も同様だ。現状は2001年の同時多発テロ後、対中懸念を深めていた当時のブッシュ政権が米中関係の舵を「対立」から「協力」に切った状況に似ていないか、という話だった。今週もそうした懸念を一層深めるような中国の動きが見られ、ちょっと気になっている。
14日付ワシントン発ロイターは「中国がロシア側の要請に応じて、ウクライナでの紛争支援に向けロシアに軍事的・経済的援助を行う意思を示したと米国が北大西洋条約機構(NATO)およびアジア諸国の同盟国に伝えたことが米高官の話で分かった。・・・中国側は計画があることを認めないことが予想される」などと報じた。
要するに、中国はロシアに恩を売る一方、いずれウクライナとロシア、いや米露の仲介に乗り出し、最終的には米中協力関係の復活に結び付けたいのだろう。米国が再び対中懸念を棚上げする外交に追い込まれる懸念はあるのだが、それについても今回米側は、対中露の情報戦で先手を打っているような気がする。
14日付日経は、Jサリバン大統領補佐官が楊潔篪共産党政治局員と7時間会談し、『中国とロシアの連携に対する懸念と、中国の行動がもたらす潜在的な影響や結果について率直に伝えた」、「中国がロシアに実施する可能性がある支援に関しても懸念を伝達し、自重するよう求めた」と報じたが、中国には馬耳東風か。
▲写真 BRICSサミットにて 習近平中国国家主席とプーチン露大統領(2019年11月14日、ブラジル・ブラジリア) 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images
先週の韓国大統領選挙の結果は「cautiously optimistic」だとネット版日経ビジネスの「世界展望・プロの目」に書いた。詳細は本文をお読み頂きたいが、要するに「あまり楽観的にならず、注意深く進めるべし」ということに尽きるだろう。韓国の「386世代」が日本の「全共闘世代」に相当するのだとしたら、386世代の「引退・隠居」にはあと20年かかるだろう。それまで筆者は待てないのだが・・・。
〇アジア
中国がロシアの対ウクライナ侵攻を事前に知っていたか、想定外だったかの議論がある。もし中国がロシアの侵攻を全く予想していなかったとしたら、中国の諜報機関は全員クビである。ロシアの「短期決着」を予想して「五輪後」にしてくれと頼んだのだろうが、想定外のロシア「苦戦」で中国に不利となり困り始めた、のではなかろうか。
〇欧州・ロシア
ウクライナ侵攻を受け、欧州諸国が軍備増強に動き始めた。独ショルツ政権は国防費の大幅増額に加え、米国との核共有のため、F35を購入すると発表するなど、戦後伝統の「平和主義」の転換するという。ドイツに続き、デンマークやスウェーデンも国防費をGDP比2%に増額する。なぜか、日本では今も考えられない話である。
〇中東
林外相が3月19~21日の日程を軸にアラブ首長国連邦とトルコを訪問する方向で調整していると報じられた。時宜を得た判断だし、時間があればもっと多くの国に行ってもらいたいくらいだ。それにしても日本の国会審議のシステムはどうなっているのか。こんな時に大臣に代わって答弁するのが副大臣だったのではないのか。
〇南北アメリカ
米運輸保安庁(TSA)が、公共交通機関でのマスク着用義務を4月18日まで延長すると発表した。CDCは「屋内でのマスク着用はもはや必要ない」としているのに、ということで、今回の延長決定には疑問の声も上がっているという。それにしても、日本でこんな議論は全く起きないのは、なぜだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ベラルースのルカシェンコ大統領と会談するプーチン露大統領 (2022年3月15日、モスクワ) 出典:ロシア大統領府
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。