仏大統領選、危惧される「大衆迎合」
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#15」
2022年4月11-17日
【まとめ】
・前回に比べ今回の仏大統領選は接戦の見通しだ。
・外交・安保が「票」になることは稀であるため、大衆迎合を強化したルペンの支持拡大が予想される。
・左派支持者がどの程度ルペンを支持するかに注目したい。
今週は英語表現ではなく、外交・安保の本筋から入りたい。筆者が気になったのは仏大統領選だ。主要メディアはマクロンとルペンの決選投票が接戦となる見通しを報じている。5年前と同じだが、マクロンは前回(66%を獲得)のように圧勝できるかは現時点でも不明。結果は欧州の将来を左右しかねないため、とても気になる。
決戦投票は24日だが、複数の仏メディアは予想得票率が「マクロン52%、ルペン48%」といった接戦の見通しを報じている。筆者は現時点でルペンの勝利を予想している訳ではない。だが、仮にマクロンが勝っても、仏内政はよりポピュリズム、ナショナリズムに傾き、EUの結束を乱す方向に進まないか、若干危惧している。
各種報道によれば、第1回投票には12人が立候補し、仏内務省集計ではマクロンが27.6%、極右のルペンは23.41%、急進左派のメランションが21.95%だったが、もう一人の極右ゼムールは7%程度、共和党、社会党の候補は惨敗した。仏内政に詳しい専門家は驚かない数字だろうが、よく考えれば恐ろしい結果だと筆者は思う。
5年前、筆者はこのコラムで次のように書いた。
●先週末の日曜日にフランス大統領選挙の投票があった。結果は、ある程度予測されていたこととはいえ、既存二大政党の敗北と二人のアウトサイダー候補の決選投票進出が決まったということ。気の早い連中は、5月7日の第二回投票でのマクロン候補の勝利をもう予測し始めている。
●ルペンとメランションの一騎打ちとなれば反EU候補同士の決選投票となっていた。そんな最悪の事態だけは回避できたと安堵している人も多いというが、問題はそれに止まらない。既存政党の不甲斐なさは目を覆うばかり。39歳のマクロンが大統領になってもフランスの政治社会状況が改善するとは思えない。問題はポスト・マクロンだ。
今の筆者の見立てはこうだ。今回の数字が凄いのは、5年後の今も、フランス内政の両極化、すなわち既存の「中道勢力」の弱体化が進んでいることを示す可能性があるからだ。5年前筆者はマクロンを「アウトサイダー」と表現した。政治家としてそれほど強力ではないと思ったからだが、そうした状況は今もあまり変わっていない。
恐ろしいのは、ルペンが選挙戦術を変え、大衆迎合をより強め支持を拡大している可能性だ。報道によれば、マクロンは「ウクライナ危機でプーチン露大統領と対話を続ける姿勢が評価され、選挙戦を優位に進めた」のに対し、ルペンは「物価高騰への対策を訴えて中・低所得者層を取り込んだ」とされている。なるほどね。
All politics is localとは米下院のTip O‘Neill元議長の言葉とされているが、これを最初に使ったのは1932年、当時のAPワシントン支局長Byron Priceだったらしい。O’Neillが1935年の自身の初選挙でこの表現を使用し有名になったそうだが、フランスでも状況は同じではないか。おっと、またツマラナイ蘊蓄を書いてしまった。
それはともかく、もしこれが真理なら、有権者はマクロンよりルペンを選ぶかもしれない。古今東西、選挙で外交・安保が「票」になることは稀だ。マクロンのプーチン詣はパーフォーマンスだったが、ルペンの「経済政策批判」は選挙の定石、過小評価すべきではない。今回は、左派支持者がどの程度ルペンを支持するかがポイントだろう。
〇アジア
上海で感染拡大が続いている。孫春蘭副首相は「中国が『力強いゼロコロナ』戦略を捨てることはない」と述べたそうだ。CNNは「地方政府の当局者らは自らのキャリアアップを念頭に、いち早くゼロコロナ政策の流れに飛び乗る。それが習氏並びに同氏の好む政策課題への忠実さをアピールすることにつながる」と報じたが、慧眼である。
おっと、もう一つ、東京で行われた日比2+2会合は極めて重要だったと思う。あまり、知られていないようだが・・・。
▲写真 韓国議会でオンライン演説をするウクライナのゼレンスキー大統領 (2022年4月11日) 出典:Photo by Chung Sung-Jun / gettyimages
〇欧州・ロシア
ロシア軍が「ウクライナ東部のドネツク、ルハンスク両地域に対する再攻撃の軍備増強をほぼ完了したが、ウクライナ軍には応戦する準備ができている」とウクライナ国防省が明らかにしたそうだ。
停戦合意の可否はこの戦闘の結果次第である。「敗北の可能性」以外に、如何なる仲介努力もプーチンを説得することはできないだろう。
〇中東
ウクライナ関連で先週は中東非産油国のインフレ懸念を書いたが、今回は産油国、特にUAEのドバイの役割に触れる。朝日新聞は「船上で歓喜するオリガルヒ御曹司 届いた白いカード、制裁逃れの実態」と題する興味深い記事を掲載した。誤解を恐れずに言えば、ドバイはロシア富豪にとって最善の資金洗浄地ではないのかね?
〇南北アメリカ
先週、ワシントンで報道関係の団体が主催した夕食会で集団感染が発生、ガーランド司法長官、レモンド商務長官の閣僚2人やNY市長を含む67人が感染したという。おいおい、これって、日本だったら大騒ぎになるところだが、ワシントンで新たな措置という話は聞かない。これがアメリカなのか?当分米国出張は難しいのだろうか。
〇インド亜大陸
パキスタン下院が、不信任案可決によるカーン前首相の失職に伴い、野党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派のシャバズ・シャリフ党首を新首相に選出した。これでパキスタンの政治は変わるのか、それとも従来同様、軍部の支配が続くだけなのか。恐らく後者だろうが・・・。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:仏大統領選第1回投票日に行われたルペン氏が党首の国民連合の集会で巨大スクリーンが予想得票率を映す(2022年4月10日) 出典: Photo by Chesnot / gettyimages
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。