無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/5/14

対台湾政策を大転換した米国


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・米国務省ウェブサイト「米台関係」の記述で、「台湾は中国の一部である」「台湾独立を支持しない」という文を削除。

・米国は「一つの中国、一つの台湾」政策へと明確に変更しており、将来、「『台湾独立』を支持する」方向で動く公算が大きい。

・米国は対台湾「曖昧戦略」を喧伝してきたが、それはあくまで“建前”に過ぎないだろう。

 

今年(2022年)5月第1週目、米国務省は、ウェブサイト「米台関係」の“事実状況”の記述を更新(a)した。

注目すべきは、1979年の「米中共同コミュニケ」にあった「台湾は中国の一部である」という記述を削除していることだ。同時に、「米国は台湾独立を支持しない」という部分も削除した(ただし、国務省はVOAの取材に対し「米国の『一つの中国』政策の方針は変わっていない」と答えたという)。

米国務省のHPを見ると、「米国は、台湾関係法、3つの米中共同コミュニケ、および6つの保証によって導かれる、長年にわたる『1つの中国』政策を有する」(b)と書かれている。しかし、「台湾は中国の一部である」、あるいは「米国は台湾独立を支持しない」とはどこにも書かれていない。

今般、米国務省HPの文言変更は、何事もなかったように行われている。だが、これは非常に重いメッセージを中国へ送ったと考えられよう。

すなわち、米国は「台湾は中国の一部ではない」、換言すれば「一つの中国、一つの台湾」政策へと明確に変更している。また、将来、「米国は『台湾独立』を支持する」方向で動く公算が大きい

ちなみに、以前から我々が主張している通り、「台湾独立」とは中華民国から「台湾共和国」への“国名変更”、及び“中華民国憲法改正”を指す(決して中華人民共和国からの「独立」ではない)。

▲写真 台湾の軍事演習(台湾・屏東、2019年5月30日) 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images

3年前、台湾の喜楽島連盟は「独立」に関する公民投票を推進しようとした。だが、米在台協会(AIT)の元理事長であるリチャード・ブッシュは、この件について郭倍宏・同秘書長へ米国の懸念を表明する書簡を送っている(c)。AITは米国の長期政策として、一方的な現状変更に反対し、また『台湾独立』の公民投票を支持しない事を明確化したのである。

このように、米国は「台湾独立」(“国名変更”と“憲法改正”)を事実上阻止してきた。なぜなら、「台湾独立」が、中国による台湾侵攻を招来しかねない(d)からである。

さて、今年4月、ロイド・オースティン米国防長官は魏鳳和国防相との電話会談で「米国は『一つの中国政策』に引き続き関与すると述べた」(e)という。けれども、これは米国が単に“二枚舌”を使っているだけではないか。

今まで米国は世界に向かって、対台湾「曖昧戦略」を喧伝してきた。しかし、それはあくまでも“建前”に過ぎないだろう。なぜなら、1979年の「台湾関係法」では、明快に台湾人の生命・財産・人権を守ると謳っているからだ。

実は、第2条(B項)の(4)・(5)・(6)の部分しか読まないと、米国の意図がよくわからない。表現が曖昧だからである。だが、(C項)の後段には台湾のすべての人民の人権の維持と向上が、合衆国の目標である(傍線―引用者)(f)と書かれている。この部分が最も重要ではないか。米国が台湾人の人権を守るという場合、その前提として、まず彼らの生命・財産を守らなければならない。そうでなければ、台湾人の人権を守ると言っても無意味だろう。

ところで、なぜ米国は「一つの中国」政策をやめたのか。その背景には、米国の対中強硬路線―北京五輪外交ボイコット中国企業のブラックリスト化新疆ウイグル自治区でのウイグル人強制労働による生産物への輸入制限法施行(g)等―が考えられる。

他方、米国人の中国に対するイメージの悪化も関係しているのかもしれない。「中国に対する否定的な見方が、この1年間で小幅に増加した。(中国に対して非常に否定的な見解を持つ40%を含め)10人に8人〔82%〕が中国に対して否定的な意見を持つ。これは2021年と比べて6ポイント増加し、2020年、この質問開始以来、最も高い数字となった」(h)という。

<注>

(a)『VOA』「米国が『台湾は中国の一部』を削除し、重大なメッセージを送る」(2022年5月9日付)

https://news.creaders.net/us/2022/05/09/2481826.html

(b) U.S. DEPARTMENT of STATE “U.S. Relations With Taiwan”(MAY 5, 2022)

https://www.state.gov/u-s-relations-with-taiwan/

(c)『自由時報』「AIT:米国は『台湾独立』の公民投票を支持しない」(2019年2月14日付)

https://news.ltn.com.tw/news/politics/paper/1267331

(d)その根拠は、2005年3月に制定された「反国家分裂法」の「第8条 『台独』分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」にある。

https://www.mfa.gov.cn/ce/cejp/jpn/zt/www12/t187198.htm

(e)『環球時報』「中国国防相、中国の決意を強調し、米国の挑発に警告 オースチンとの『遅い』最初の電話会談で」

https://www.globaltimes.cn/page/202204/1259868.shtml

(f)データベース「世界と日本」[文書名] 台湾関係法

https://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/JPCH/19790410.O1J.html

(g)『アジア・タイムズ』「米中関係:奈落の底から抜け出す方法を模索」(2022年4月8日付)

https://asiatimes.com/2022/04/us-china-relations-seeking-a-way-out-of-the-abyss/

(h)『ピュー・リサーチ・センター』「中国とロシアの連携は、米国にとって深刻な問題と見なされる」(2022年4月28日付)

https://www.pewresearch.org/global/2022/04/28/chinas-partnership-with-russia-seen-as-serious-problem-for-the-us/

トップ写真:米の台湾政策についての米上院外交委員会公聴会(2021年12月8日、ワシントンDC) 出典:Photo by Anna Moneymaker/Getty Imags




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."