無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/6/10

突如、再び対台湾政策を変えた米国


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・米国務省はHPの「米国と台湾の関係」を2018年の旧バージョンに戻した。米中和解が背景にあるか。

・バイデン政権の態度急変を見る限り、米中両国は「和解」の合意に達した事はほぼ違いない。

・蔡英文政権は、5月5日から25日まで米国に「台湾独立」の裏書きをしてもらったが、すぐに梯子を外された観がある。

 

既報の如く、今年(2022年)5月5日、米国務省はそのHPから「1つの中国」政策、及び「米国は台湾独立を支持しない」という文言を削除した。米国は、対台湾政策の大転換を行ったのである。

ところが、5月26日、ブリンケン米国務長官は、ジョージタウン大学で講演(a)し、「米国は一貫して『1つの中国』政策を維持してきた」と述べた。また、米国は「台湾独立を支持していない」と言明したのである。

更に、2日後の28日、米国務省はHPを2018年の旧バージョン(b)に戻した。その中には、当然「1つの中国」政策の継続や「米国は台湾独立を支持しない」という文言が含まれる。

なぜ、米民主党政権は、いきなり対台湾政策を変更したのか。

おそらく、その鍵は、5月10日に催された韓国の尹錫悦新大統領就任式にあるのではないだろうか。

北京は尹大統領就任式に、王岐山・国家副主席を送り込んだ。王の肩書きは、「習近平主席特別代表」という奇妙なモノであった。一方、ワシントンは同大統領就任式に、カマラ・ハリス副大統領の夫(いわゆる「セカンド・ジェントルマン」)、ダグラス・エムホフを米国代表団の団長として韓国へ派遣している。

▲写真 尹錫悦韓国大統領と王岐山中国国家副主席(2022年5月10日、韓国・ソウル) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

王岐山とエムホフはそこで会見した(c)という。2人の間で何が話し合われたかは、あくまでも推測の域を出ない。だが、その際、王岐山からエムホフに、中国国内で起きた「宮廷クーデター」(「反習近平派」による習主席の退位)に関する説明があったのではないかと思われる。

習主席の展開する「戦狼外交」(「対外強硬政策」)では、「米中和解」は難しい。そこで、王岐山は、米側に「北京が変わった」と印象付けたのではないか。

その後、バイデン政権の態度急変を見る限り、米中両国は「和解」の合意に達した事はほぼ違いない。

ワシントンはロシア・ウクライナ戦争で、習政権が(少なくても表向きは)ロシアを軍事的に支援していない点を評価したのだろう。そして、同戦争が続く限り、北京の対ロシア政策が不変である事を求めたのではないか。バイデン政権は、対ロシア戦略上、中国共産党との「和解」が不可欠だったのかもしれない。

他方、ワシントンは「米中和解」で、互いの高関税を引き下げ、両国の経済成長を目指したのではないだろうか。

仮に、現バイデン政権が「オバマ政権3.0」だとしよう(実際、一部の旧オバマ政権スタッフがバイデン政権入りしている)。もし、そうならば、中国との“協調”を目指しても不思議ではないだろう。

以上の理由で、ワシントンは、1度取り下げた「1つの中国」政策を復活させ、同時に、「米国は台湾独立を支持しない」と以前の主張を繰り返したのではないだろうか。

蔡英文政権としては、5月5日から25日までの約3週間、米国に「台湾独立」の裏書きをしてもらった。しかし、すぐに梯子を外された観がある。

ここで、国際法から見た台湾の地位についてごく簡単に触れておこう。

まず、1943年12月の「カイロ宣言」(台湾の中華民国への帰属を謳う)は、その“草案”は残存するけれども、“正文”(日付の入った3首脳の署名入り文書)は世界中、どこにも存在していない(d)。

カイロ会議では、チャーチル英国首相と蒋介石中華民国総統が、第2次大戦中の「ビルマ戦線」と大戦後の香港返還を巡り対立したため、署名には至らなかったという。

中国共産党は、しばしば「カイロ宣言」をもって、台湾の領有権を主張するが、その根拠は希薄である。

他方、第2次大戦後、日本の敗戦に伴い、マッカーサー太平洋軍司令官は、「第1号指令」で蒋介石に台湾の(領有ではなく)「統治権」を委ねた。

1949年12月、「国共内戦」に敗れた国民党が台湾へ逃げ込んだ。そこで、期せずして、同党政権(「国民政府」)は台湾を支配する。そのため、中華民国が台湾を領有したという説が唱えられるようなった。

ところで、1970年代初頭、「米中和解」に伴い、米国は中国に対し、「台湾は中国領土の一部」として“認識”している。

当時、誰が見ても実態は「2つの中国」(中華人民共和国と中華民国)にもかかわらず、大陸と台湾の両政府は、「1つの中国」(大陸+台湾)というフィクションを掲げた。米国も両政府の主張を受容したのである。

その後、台湾の「民主化」が深化し、台湾側は「1つの中国、1つの台湾」を謳うようになった。もしかすると、今日、米国の「1つの中国」政策はすでに“賞味期限切れ”になっているのかもしれない。

 

<注>

(a)『米国務省』「バイデン政権の対中アプローチ」

(https://www.state.gov/the-administrations-approach-to-the-peoples-republic-of-china/)

(b)『米国務省』「米国の台湾との関係」

https://www.state.gov/u-s-relations-with-taiwan/

(c)『ドイツの声』「尋常ではない2つのでき事 ブリンケンのスピーチがバイデン・習近平会談を示唆?」(2022年5月30日付)

(https://news.creaders.net/us/2022/05/30/2488876.html)

(d)『台湾國』「中華民国の陳水扁・呂秀蓮正副総統はいずれも中華民国を詐欺集団と公言した(新ファイル)」

https://www.taiwannation.com.tw/topic010.htm

トップ写真:尹錫悦韓国大統領とダグラス・エムホフ氏(カマラ・ハリス米副大統領の夫)2022年5月10日、韓国・ソウル 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."