プーチンをコーチングする その1 国民がリーダーを育てることができるのが民主主義社会

西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・ウクライナ紛争、トップが独裁者になると何が起きるか、人事コンサルタントの視点から考えてみる。
・「リーダーシップ分析」モデルによると、プーチン氏の指揮・指導力は〇だがコミュニケーション能力は✖である
・34人のジャーナリストが消えたり、野党指導者が神経剤で攻撃されたり、独裁者と言われても仕方ない。
ロシアのウクライナ侵攻。
実際、河東哲夫元駐ウズベキスタン大使によると、東部ではウクライナが軍を増強していたこと、ミンスク合意にウクライナが納得いっていなかったことなど紛争の種はくすぶっていたことも事実である。
シリアやクリミア問題の対応からみてロシアの行動は想定内とはいえ、多くの人が「プーチンはおかしい」といっている状況でもある。トップが独裁者になってしまうと何が起きるか、ということを人事コンサルタントとしての視点から考えてみる。
同国では、権威主義や独裁政権が確立して言論が統制され、ウラジーミル・メジンスキーのような歴史作家が人気になり、独裁者を感化・洗脳する。そうして勝てもしない戦争に突入し、長期的には制裁で経済が沈没、歴史の舞台から消える運命の瀬戸際まで追い込まれてしまっている。
リーダーに適切な情報が上がらないとこうなるという見本のような状況である。他国の指導者には偉そうかもしれないが、コーチの立場でプーチンについて考えてみたい。
■ プーチンのキャリアと特徴
まずはプーチンの2022年5月26日時点の経歴から。1952年10月7日、レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。プーチンの父方の祖父は、レーニンやスターリンの別荘におけるコックであったそう。
父親は潜水艦乗組員や内務人民委員部の破壊工作部隊として働き、独ソ戦ではドイツ軍支配地域に潜入して破壊工作を行う任務を担った。彼は片足を動かせなくなる後遺症を負い、終戦後は鉄道車両工場の熟練工として働いていた。共産党員でもあり、筋金入りの愛国者であったことが特徴的だ。
プーチンは両親が40代になってから授かった子供であり、子をすでに失っていたことから、事実上の一人っ子として溺愛され育った。一家はエレベーターもない共同住宅の五階で暮らしたそうだ。プーチンは自分が問題児だったと認めていて、共同住宅の中庭でけんかばかりしていた。
柔道に打ち込むようになって状況は好転。「柔道は単なるスポーツではない。哲学なのだ」というほど柔道は彼の人生に影響を与えている。ただし、子供のころから、スパイに憧れる点には権威主義志向が見受けられる。
1975年: レニングラード大学法学部を卒業、KGBに
1985-90年: KGBドレスデンでNATOについての情報収集
1992年: レニングラード副市長
1996年: ロシア連邦大統領府総務局次長
1999年: 第一副首相に
2000年: 大統領に
レニングラード大学のサプチャークを学長補佐として支え、サプチャークが市長になると副市長として支える。副市長時代は改革派として企業誘致などの仕事をしていたこともあり、私有財産・相続を認めるなど自由主義的な思想も示していた。エリツィンの支持を得てからは、信頼を集め、それが功を奏して一気に大統領にまで上り詰めてしまった。
■ 世界の評価と日本の評価
プーチンの人物評価は、KGBらしく二面性があるというものであった。KGB内での人事評価はそれほど高いものではなかったものの、実務面では評価を受けている。能力や実績を踏まえて、
・礼儀正しい
・冷静
・思慮深い
・勇敢、決断力
・実務的、勤勉
・約束したことは確実に実行する
との評価を受けていた。総じて実務派という感じである。
カメラの前では無表情であるが、時には人たらしの側面もみせている。
酒やたばこも控えることから壮健なイメージであり、日本でも「秋田犬好き」「柔道好き」ということもあり、比較的親しまれていた。仲が良く「ヨシ」と言われた元総理の森喜朗さんによると「細やかな配慮、ひとなつっこい」という評価だそう(朝日新聞出版「プーチンの実像」より)。外交面では、人たらしの側面も見せることも多かった模様である。
しかし、アメリカの政治家、大統領候補にもなったジョン・マケインさんによると「冷酷で賢い」「犯罪人」という評価である。

写真)プーチン氏、セルゲイ・ショイグ国防相、オレグ・サルコフ地上軍司令官、戦勝記念パレード 5月9日
出典)Photo by Contributor/Getty Images
■ リーダーシップと「事実」
国家レベルの政治家のリーダーシップとは何か。定義としては「多数の人間を一人の人間に従わせること、またはその技術と才能」となる。具体的に言うと、その他の人間から服従、信頼、尊敬、忠誠、協力を得られるような方法で人間の思考、計画、行動を指揮でき、かつそのような特権を持てるようになる技術及び才能ということだろう。
この定義に、リーダーシップの理論に独自の視点を加味したターンアラウンド研究所の「リーダーシップ分析」モデルに従って、分析をしてみよう。

【出典】リーダーシップ分析、筆者作成
ビジョン構築力は、△である。「古典主義と伝統的な価値観に夢中になっている民族主義者」のウラジミール・メジンスキーの思想に影響を受けすぎてしまった。彼を文化大臣にまで抜擢して以来、大統領補佐官にまで出世させてしまった。

写真)セレモニーに出席したプーチン大統領とウラジミール・メジンスキー補佐官2021年9月11日
出典)Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images
プーチン自身の論文で「今日のウクライナは、完全にソ連時代の産物である」との主張をしたり、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」との論文では「結局、我々は一つの民族なのだから」などの発言も。世界的に影響力を低下させ、NATOの東方拡大に対抗できない中、懐古主義に走ってしまった。
指揮・指導力は、〇である。これまでの実績や今回のような厳しい状況下でも確固たる基盤を持っている。
コミュニケーション能力は、✖である。部下とのコミュニケーション不足や対応は決定的な失敗であった。次回に詳しく書くが、プーチンを恐れた部下から的確な情報が上がってこなかった。
ちなみに、ターンアラウンド研究所の中島由美子さんの声診断では、「全体的にバランスがとれている」という能力評価であった。
■ プーチン・リーダーシップの「事実」
しかし、ダークサイドも明記しておかなければならない。民主主義国家を標榜する国で、起きていることは独裁者と言われても仕方のないことだ。
日本ではあまり語られないが、
・34人のジャーナリストが消える
・政敵が消える
・反対した経済人が国外に出る
という事実。すべてがすべてプーチンの責任ではないかもしれないが、反体制派のジャーナリストが消えたことは事実である。2020年には、野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏は猛毒の神経剤で襲撃された。
次回はプーチンの部下や権力構造、支援者などからプーチンのリーダーシップを考える。
(つづく)
トップ写真)プーチン氏、対独戦勝記念日、プーチン氏の父の肖像画を手に持つ 2022年5月9日
出典)Photo by Contributor/Getty Images