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.国際  投稿日:2022/6/19

金正恩、党中委総会で大幅人事刷新、米韓とは対決姿勢


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・今回の党中央委員会総会の特徴は、人事問題を第一議題とし、党と内閣、武力機関に対する大々的な更迭・粛清が行われたこと。

・経済制裁と新型コロナの蔓延、自然災害と国際的孤立という四面楚歌に立たされた金正恩。

・残された突破口は、核の小型化とミサイルの多弾頭化、精密化の完成による米韓への脅迫政策だけ。

 

北朝鮮は6月8日から10日まで、金正恩総書記参席のもとで朝鮮労働党中央委員会8期5回総会を党中央庁舎会議室で開いた。

総会では、次のような議案が採択された。

1.組織問題

2.2022年度の主要党および国家政策実行状況の中間総括と対策について

3.現在の非常防疫状況の管理と国家防疫能力建設のための課題について

4.党規約と党規約解説集の一部内容の修正・補足について

今回の党中央委員会総会での最大の特徴は、組織問題、すなわち人事問題を第一議題とし、党と内閣、武力機関に対する党大会並みの大々的な更迭・粛清が行われたことにある。

人事問題が第一議題となったのは、金正恩政権で初めてのことだ。執権以来これまで、金正恩総書記は恐怖政治と人事権の乱用で中枢幹部を操縦してきたが、党8回大会後わずか1年半で大幅な人事異動を行わざるを得なくなった。そこには経済制裁と新型コロナウイルスの蔓延、そして自然災害と国際的孤立という四面楚歌に立たされた金正恩の焦燥と苦悩、そして迷走ぶりが示されている。

 更迭・粛清の主な矛先と粛清されていた朴泰成の復権

今回の更迭・粛清人事の主な矛先は、幹部の監察を任務とする検査委員会や社会安全省、そして検察部門に向けられ、軍内の感染蔓延を見過ごした軍総政治局、総参謀本部、軍保衛司令部への叱責は特に厳しかった。権英鎮(クォン・ヨンジン)軍総政治局長だけでなく、就任して1年も経っていない林光日(イム・グァンイル)総参謀長まで解任された。

今回人事で特に目を引くのは、党8回大会後に粛清されていた幹部の復権が目立ったことだ。党書記兼宣伝扇動部長だった朴泰成(パク・テソン)元書記に至っては平党員にまで落とされていたが、今回一足飛びに政治局委員となり党書記に復権した。この人事には気に入らない幹部を次々と更迭・粛清してきた金与正式人事を許容した「後悔」も伺える。

 異常人事の背景―「裸の王様」状態にされた怒り

今回の異常人事の背景には、核ミサイルとともに金正恩の最大の功績として宣伝してきた「新型コロナ感染者ゼロ業績」が、最近のコロナウイルスの爆発的感染によって、虚偽報告であったこと、金正恩が「裸の大様」状態にされていたことが明らかとなったことがある。

労働新聞は5月14日、金正恩総書記が街で流通する商品の品質が悪いと激怒し、党幹部らに猛省を促したエピソードを紹介したが、これなどは飢餓にあえぐ国民にとって切実な食料問題ではなく歯磨き粉を問題視する頓珍漢ぶりで、「裸の王様」を自ら暴露しているようなものだ。

党中央委員会総会が終わるやいなや、金正恩は6月12日に、これまで1度も開かなかった書記局会議を開き、幹部の職権乱用と官僚主義を撲滅しろと指示した。しかし、権力乱用と官僚主義の見本は金正恩自身なのだ。この「ネロナムブル」的指示も自身を「裸の王様」にした幹部たちへの怒りから出た行動だと推察される。

 金正恩に残された突破策は「核による脅迫」

今回総会では、今年上半期の国家政策の総括が行われ、対外分野で堅持すべき原則や今後の戦略の方向性も示されたというが、具体的内容は明かされなかった。

また北朝鮮国内で感染拡大が続く新型コロナウイルス対策も論議され、金正恩は地域ごとの封鎖に重点を置いた防疫から「封鎖と感染撲滅闘争を並行する新たな段階に入った」と評価したが、黄海道などではコロナだけではなく腸チフスと見られる新たな伝染病が蔓延し始めている。

四面楚歌状態の金正恩には、新型コロナウイルス拡散による体制の乱れと経済苦境で難局を外交で切り開く余裕はなくなっているようだ。残された突破口は、核の小型化とミサイルの多弾頭化、精密化の完成による米韓への脅迫政策だけだ。それを明確にしたのも今回中央委員会総会の特徴だと言える。

金正恩は総会で、「北朝鮮周辺の安全保障環境が非常に深刻だ」と指摘し、国防力強化のための目標達成を前倒しして急ぐべきだと強調した。金正恩はすでに年初からミサイルを連射し、7回目の核実験を準備するなど軍事的挑発で正面から対抗する姿勢を鮮明にしている。朝鮮半島情勢は2017年の緊張状態に再び戻りつつある。

トップ写真:ソウル駅のテレビモニターで金正恩総書記を見るソウル市民ら (2022年6月5日、韓国・ソウル) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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