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.政治  投稿日:2022/7/6

参議院選挙の本当の「争点」⑧ 人への投資、人的資本


西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

・人財こそが競争力の源泉。「生産性」や「働きがい」が低い日本の労働現場は相当深刻。

・自民と維新は公約で「ジョブ型」雇用への転換促進を掲げる。企業や国が支出する教育訓練費・職業訓練費は国際的に低い。

・「日本型人事」ではもうだめ。人的資本や人への投資を進めるにしても、「中身」「質」が問われなければならない。

 

「人への投資」が叫ばれている。

ビジネス界では人的資本という言い方をするが、いったい何なのか。これまで「費用」「コスト」と考えられていた人材を個人が持つ知識、技能、能力、資質等の付加価値を生み出す「資本」として捉え直す考え方である。

グローバル競争・ビジネス競争下で、人財こそが競争力の源泉であると認識されはじめてきているのだ。人財を「資本」として捉え、その価値を向上させる投資を行い、価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげることが企業経営に求められている。

この背景に、欧米などの投資家が企業の競争力は人材にあると考えるように、投資するにあたって人事情報の開示を求める動きがあり、それがISO30414という規格が作られるにいたった。経産省では、人的資本経営の実現に向けた検討会が実施されて、問題や変革の方向性が明確化されている。

【出典】経済産業省『人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~』(令和4年5月)

 

□ 日本の人材のひそかにヤバい現状

それでは、日本のビジネスパーソン・労働者の抱える問題点は何があるのか。仕事場や仕事の成果について、に限定してまとめると・・・・

①生産性が低い

②「働きがい」が低い

③学ぶ努力が低い

④労働者の幸福度が低い

といったところだ。

多くの労働者はやっている仕事が面白くなく、結果に自信がなく、幸せでもない、そして、学ぶ努力もしようとしないし、野望もないという実態が数字によってあきらかになっている。これは結構深刻な問題であろう。

昭和の高度経済成長を作った

・一度方向性が固まると一糸乱れず推進

・和を乱さない集団協調・協力

・あうんの呼吸と同質性の強さで認識を共有

・PDCAサイクルをしっかり回す

・細かいところまでの徹底的なこだわり

・正確さ・緻密さ

・ものづくりにみる、集団での改善活動

・技術や徹底的な機能重視

こうした日本経済の強みが強みどころか、今では逆に弱みになっている。グローバル競争下で求められる多様性、柔軟性、創造性・・・、こうした課題には日本のモデルではそもそも対応できない。だからこそ、「人的資本」「人への投資」は当然必要なのだ。

 

□ 各党政策比較

生産性革命、働き方改革など、安倍政権・菅政権・岸田政権で進んできたことも確かである。それなりに成果があったと言える。

今回の公約では、

・リスキリング:技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶこと

リカレント教育:義務教育期間や大学で学んだ後に、「教育」と「就労」のサイクルを繰り返す「教育制度」のこと

などが明記されていて、どの党もほぼほぼ似たようなことを言っている。

【出典】筆者作成

あえて差をというと、「ジョブ型」については見解を異にする。

ジョブ型とは職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこと。ポストで人を雇う仕組みで、一括採用、終身雇用を見直すということと同じ意味である。人への投資や人的資本にとっては、前提になってくる話だ。これまでの新卒一括採用終身雇用」の経済システム、日本型モデル、いわゆる「メンバーシップ型」では今後の経済競争に勝ち残っていけない。

【出典】筆者作成

人的資本や人への投資にいくら力を入れても、日本型モデルが温存されていては、まったくその効果が発揮されない。その意味で、ジョブ型は前提なのだ。これを明確にしているのは自民党、維新の会くらいであった。

自民党は「ジョブ型人材マネジメントとリカレント教育の推進」として、「在籍型出向・兼業副業・転職・起業を応援し、人材流動化を促進することにより企業組織・企業文化の変革やキャリアアップ支援に取り組み」などと踏み込んだ記載をしている。産業界が求める政策と言ってよいだろう。

維新の会は「『ジョブ型』雇用への転換促進のため、労働基準法を改正し、企業が労働時間ではなく仕事の成果で評価できることを可能にし、被雇用者を法的に保護します」と記載していて、雇用の流動化含めて明確にしている。

他の党は正規雇用が重要であるという認識であるのか、ジョブ型への言及はなかった。

 

□ 人への投資の「質」が問われる

高度経済成長の後に、企業が世界的なサービスを開発できず、電気製品などは新興国に追いつかれ、どうにもいかなくなったというのが失われた30年の結果だった。グローバル市場が求める、付加価値の高い製品・サービス・事業開発ができなかったことに経済停滞の原因があり、高度成長の手法が通用しなくなった時に、イノベーションが起こせなかった理由はひとえに人材育成面での要因が大いにあると思っている。

欧米より一周遅れて「人財育成」「人的投資」を考えるようになったものの、企業の支出する教育訓練費は製造業で国際比較しても低く、日本の職業訓練等の積極的労働政策の公的支出は国際的に低い。

【出典】内閣府資料

 

こうした状況を直視し、「日本型人事」ではもうだめだということを声高に言っていかないといけない。それなのに政治の主張・認識はずれたものが多く、マインドは昭和や平成のままである。

これまでの「人的資本」「人材育成」の延長線上で進めていても圧倒的にOECDの各国に勝てない。そのために、人的資本や人への投資の「中身」「質」が問われなければならないだろう。自民党の公約はかなり的確な問題意識に基づいた政策ではあるが、創造性、破壊的イノベーションについての記載があるともっとよかったと思う。各党に期待したい。

トップ写真:東京、地下鉄での通勤風景。

出典:Photo by Iain Masterton/Construction Photography/Avalon/Getty Images




この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者

経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家


NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。


慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。


専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。

西村健

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