みんな知らない 骨太すぎる「キシダノミクスと「3本の矢」【日本経済をターンアラウンドする!】その8
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・先日、閣議決定された、経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」。
・ポイントは、1「人的資本可視化」、2ジョブ型人事への転換、3リ・スキリング。
・未来の日本に必要な基盤になるようなことに着手しはじめた。
岸田政権への内閣不信任が否決された。衆議院の解散は回避された。創価学会を母体とする公明党との関係がこじれたこと、広島サミットで上がった支持率が息子さんの行動で急落が想定されていたことなどがあったためか、岸田首相は解散に打って出なかった。「解散権の根拠、主体、時期等に関する明確な規定をもたない」ために「解散権の濫用」と識者に批判された故・安倍首相のことも頭をよぎったのかもしれない。重大な対立がない場合に政権の都合で解散するようなことをしなかったわけで、岸田さんは穏健な判断をする人なのだろうと思う。
そして、先日、岸田首相は「骨太の方針」を打ち出し、閣議決定をした。骨太の方針とは、経済財政運営と改革の基本方針である。内容を見てみると、「新しい資本主義」で「成長と分配の好循環」を実現するため、賃上げ・物価安定を狙った様々な政策が並んだ。特徴的なのは労働分野である。相変わらず大手メディアは一部を除いて政策よりも、政局大好きで報道しないようなので、その政策的意味を伝えていこうと思う。
■ 本当に骨太な「労働市場改革」
ビジネス業界では盛んに言われている「人的資本経営」。人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、価値を最大限に引き出し、業績向上を進める経営のことである。この根幹となるのが、人や賃金はコストではなく、人こそ資本であるという考え方の転換である(以下参考)。骨太の方針でも、この考え方をもとに、人への投資に様々な政策を展開している。
図)筆者作成
なかでも、「成長分野への労働移動の円滑化」には注目すべきポイントがいっぱいだ。
【成長分野への労働移動の円滑化】
・失業給付制度において、自己都合による離職の場合に失業給付を受給できない期間に関し、失業給付の申請前にリ・スキリングに取り組んでいた場合などについて会社都合の離職の場合と同じ扱いにするなど、自己都合の場合の要件を緩和する方向で具体的設計
・自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた「モデル就業規則」の改正や退職所得課税制度の見直し
・求職・求人に関して官民が有する基礎的情報を加工して集約し、共有して、キャリアコンサルタントが、その基礎的情報に基づき、働く方々のキャリアアップや転職の相談に応じられる体制の整備等に取り組む
解雇規制については踏み込まなかった(踏み込めなかった)ものの、労働市場改革に踏み出した感がある。
■ 骨太の方針には3つのポイントがある。
第一に、「人的資本可視化」を岸田政権は進めている(骨太の方針には明確には書かれていないが)。人材育成をどのようにしていくのか、経営人事は今どのような状態なのかを上場企業は情報公開・可視化しなくてはいけないことになった。具体的には有価証券報告書への記載の義務付けである。
第二に、新卒一括採用、年功序列や終身雇用を支えたメンバーシップ型人事(様々職種を経験させるゼネラリスト育成)から専門性中心のジョブ(職能給)型人事への転換をさせていくこと。各人の役割が「ジョブディスクリプション(職務記述書)」によって規定された雇用形態に代わっていくのである。
第三に、旧態依然の産業にて雇用されている人たちに新しい技術や能力を身に着けてもらって(リ・スキリング)、成長分野に移ってもらうということ。
岸田政権は、この「3本の矢」を同時並行的に進めていくことによって、労働者を成長させ、労働生産性を上げ、企業経営を変え、収益改善をし、全体的に日本経済を成長させていくというシナリオなのだ。
図)筆者作成
■ 失われた30年を見直す、ほんとうの「改革」
確かに、政策の中身は30年前から論壇で言われていたこととそんな変わり映えがない。しかし、逆を言えば、やることはわかっていたのに長年手をつけられなかったということなのだ。その理由はさまざまであるし、ここでは詳しくは論じない。戦後日本経済社会の成功モデルの信奉者たち、危機感を感じていない利害関係者、目先の短期的な利益に猛進し自分は「勝ち逃げ」しようとする人たち、権限を手放さない権力者たちの考え方が支配的だったのか、世論も政府も企業も変われなかった・・・・のかもしれないが、本当のところはわからない。歴史的な背景や複合的な要因が絡んだ結果なのだろう。
しかし、先進国と比較して低い賃金、低い労働生産性、低い学ぶ意欲・モチベーション・・・。日本経済の病理の状況はより悪化している。1人あたりGDP(USドル)、平均賃金(USドル)、出生数、国民負担率を以下に示したが、本当に危機感を国民全員が共有するレベルといっても過言ではない。
表)筆者作成
そうした中、明らかになった骨太の方針。「骨太」という言葉を辞書で調べてみると、「骨が太い様子。骨組みが頑丈な様子」とある。そう、あくまで基本や根幹の方針なのである。
そして、ある意味、土台が崩れかけた今だからこそ、本当に求められているものなのかもしれない。今回の骨太の方針は、大きなアドバルーンをあげたりもしてないし、キャッチフレーズだけで中身のないものでもないし、目先の特定層へのばらまきのような経済政策でもない。未来の日本に必要な基盤になるようなことに着手しはじめたというのが特徴である。「日本経済の問題」解決のため、優先順位を明確にして、地道に政策を推進しようとしている岸田政権に期待したい。
(つづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7)
トップ写真:通勤する人々(本記事と直接的な関係はございません)
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。