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.国際  投稿日:2022/7/12

安倍元首相殺害で欣喜雀躍する中国人


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国政府側は極めてノーマルなメッセージを日本に伝えているが、大陸の中国人の中には、多数心ない人達がいたのも事実である。

・微博(中国版ツイッター)のホットサーチのトップ10のうち9つが安倍元首相に関連する話題となっていたが、“祝福”や“歓喜”のコメントが多かった。

・『中国瞭望』(中国語記事のポータルサイト)には「安倍元首相が暗殺されて何が嬉しいのか」(2022年7月8日付)  という冷静な論評が登場した。

 

今年7月8日、安倍晋三元首相が、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で2日後の参議院選挙の応援演説中、凶弾に倒れた。その場で取り押さえられた山上徹也容疑者は、安倍元首相の背後から手製の銃で2回発砲し、弾丸が元首相の首と左上腕部に命中したという。

安倍元首相は、急遽、奈良県立医科大学付属病院へ運ばれたが、失血死している。山上容疑者の元首相殺害動機だが、母親が旧統一教会にのめり込み、同教会へ多額の献金をしたため、彼の家族が破綻したという。

実は、安倍元首相は、旧統一教会と関係が深い(a)と言われる。だからこそ、安倍元首相は、山上容疑者から狙われたのだろう。しかし、そうは言っても、同容疑者が安倍元首相を殺害する「直接的動機」とはなり得ない。あまりにも短絡行動ではないだろうか。

ちなみに、容疑者は安倍元首相の後ろから忍び寄った。奈良県警の警備に問題があったのは違いないと思われる。

さて、翌9日、習近平主席は、中国政府と国民を代表し、また個人の立場からも、安倍元首相の突然の悲劇的な死に対して深い哀悼の意を表し、その親族に哀悼の誠を捧げた(b)。同日、習近平主席と彭麗媛夫人から、安倍晋三元首相夫人、安倍昭恵氏に弔意とお見舞いのメッセージが送られた。

やはり同日、李克強首相も岸田文雄首相に対し、突然、安倍元首相が悲劇的な死を迎えたことに深い哀悼の意を表明した。

外交上のやり取りとは言え、中国側は極めてノーマルなメッセージを日本側に伝えている。

ところが、一方、大陸の中国人の中には、多数、心ない人達がいたのも事実である。

安倍元首相が狙撃されるというニュースが日本と全世界を揺るがした(特に、元首相が「親台湾派」だったので、台湾では激震が走る)。だが、日本国民の憂慮と各国の指導者たちの哀悼が相次いで表明されている中、中国の多くのネットユーザーは、CCTVの関連ニュース・情報の微博(中国版ツイッター)に、次のようなコメントを残した(c)。

例えば「昨日は(1937年、日中戦争が開始された)『7・7盧溝橋事件』、今日は、安倍が天に召される」というような類いである。何万通ものメッセージが殺到し、そのほとんどが安倍元首相を揶揄するものだった。

さすがに、心ある一部のツイッターユーザーは「大翻訳キャンペーン」を展開し、中国のネットユーザーの“減らず口”の一字一句を英語と日本語に翻訳して、世界に公開した。

中国では微博や動画など、この事件に対する論評がほぼ一色であることについて、林智群という弁護士は、中国が非常に“奇妙な国”(d)だと決め付けた。

7月8日午後8時現在、微博のホットサーチのトップ10のうち9つが安倍元首相に関連する話題となっていたが、“祝福”や“歓喜”のコメントが多かった。

これに対し、林智群弁護士は、「安倍元首相は中国人に何の危害も加えていないのに骨の髄まで嫌われた。だが、毛沢東主席は中国で多くの死者と災いをもたらしたが、尊敬の念を持って崇拝されている」と指摘した。

他方、『中国瞭望』(中国語記事のポータルサイト)に「安倍元首相が暗殺されて何が嬉しいのか」(2022年7月8日付) (e) という冷静な論評が登場した。一部を紹介しよう。

安倍晋三氏は、日本の近代史上最長期間(2886日)の首相である。在任期間中、日中関係は尖閣と台湾問題などで摩擦があったが、全般的に良好だった。

安倍元首相は日本国民が選んだ首相であり、国益を代弁するため日本の立場で話をする場合が多く、中国人には耳障りに聞こえることもあっただろう。しかし、すでに総理を退職した日本の高齢者に対し、あなたは彼の何を憎んでいるのか?

国家レベルでも、1978年から日本は中国に対する政府開発援助(ODA)を開始した。2018年まで計3兆6500億円(約2551億人民元)を支援し、40年間、中国の「改革・開放」をほぼサポートしている。日本は1979年から2011年まで32年連続中国の最大援助国だった。

たとえ見知らぬ国の見知らぬ人であっても、人間の基本的な道徳観からすれば、悲劇に対し、ほくそ笑むのはいかがなものだろうか。特に、暗殺などのテロ活動は世界から非難を浴びる。

もし、中国人が困っている時、外国人がこのように拍手喝采したり、ほくそ笑んでいたりしたら、どう思うだろうか。中国への侮辱だ、謝罪しろ、とでも言うのか。

実に、鋭い指摘である。

 

<注>

(a)『新月通信社 』(Shingetsu News Agency)「安倍晋三を殺した犯罪」(2022年7月10日付)

https://shingetsunewsagency.com/2022/07/10/the-crime-that-killed-shinzo-abe/

(b)『人民日報』「習近平、安倍晋三元首相の死去に際し、岸田文雄首相に弔辞を送る 李克強、岸田文雄首相に弔辞を送る」(2022年7月10日付第1面)

(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-07/10/nw.D110000renmrb_20220710_2-01.htm)

(c)『中国瞭望』「『小粉紅』(未熟な共産主義者)が安倍首相暗殺を『お祝い』 (それに対する)大翻訳運動が本格化」(2022年7月8日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/07/08/2502431.html)

(d)『中国瞭望』「中国のネットユーザーは災いを喜ぶ 弁護士は怒り爆発:非常に奇妙な国だ」(2022年7月8日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/07/08/2502493.html)

(e) (https://news.creaders.net/china/2022/07/08/2502429.html)

トップ写真:東京の増上寺で行われた安倍晋三元首相への追悼式で花を供える人たち(2022年7月11日 日本、東京) 出典:Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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