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.政治  投稿日:2022/10/19

那覇市長選の注目点「翁長時代」は終わるのか?


目黒博(ジャーナリスト)

目黒博のいちゃり場

【まとめ】

・10月23日に投開票される那覇市長選を制する者は、沖縄県を制すると言われる。

・対立候補である知念覚氏と翁長雄治氏は、「辺野古問題」の扱いと知名度、行政能力をめぐって大きな差がある。

・雄治氏が落選すれば、「翁長時代」の終焉、そして、「オール沖縄」の終わりの始まりになりかねない。

 

10月23日に投開票される那覇市長選は、日本本土では余り話題になっていない。全県を対象とした選挙でも、「辺野古問題」の関係自治体の選挙でもないためだ。とは言え、沖縄政治の将来を占ううえで、見逃せないポイントも多い。現状を分析してみよう。

 那覇市長選の特殊性

沖縄においては、知事選挙、国政選挙のような大型選挙では、基地問題への県民感情や、候補者の人気が勝負のカギを握る。一方、市町村長の選挙では、生活に直接関係する政策の実績や内容、具体的な行政能力が決め手となる傾向がある

那覇市長選挙は、その両面を持つ。他の市町村長の選挙同様、候補者の行政実績や能力が問われるのは当然だ。しかし、那覇市には別の事情がある。同市は、故翁長氏が4期にわたり市長を務め、彼の最大の政治基盤であった。しかも、その前市長が、那覇市を拠点として「オール沖縄」陣営を築いた経緯があるからだ。

しかも、同市は、県都であり、その人口約32万は、県人口の5分の1以上を占める大都市でもある。大型選挙においては、那覇市を制する者は、沖縄県を制すると言われる

 知念候補と「オール沖縄」

今回自公推薦を得て立候補する知念覚前那覇副市長は、故翁長氏の最側近であった。対立候補は、同氏の次男翁長雄治氏であり、地元メディアは、今回の選挙を「身内対決」と呼ぶ。

候補者選考の段階では、「オール沖縄」と自公の両陣営が知念氏を奪い合った。一方では、知念氏は故翁長氏と非常に近い関係にあり、「オール沖縄」陣営に属すると見られた。他方、彼は「保守」時代の翁長市政を引き継いだので、その行政スタイルは自民党に近いとされる。

知念氏が、「辺野古問題」を前面に押し出す「オール沖縄」を嫌い、自公の推薦を得て出馬を決意すると、「オール沖縄」は切り札、翁長ジュニアを擁立する

知念候補に勝つには、「翁長家」の威光に頼る他はなく、「オール沖縄」としては、背水の陣で臨んだのだ。だが、もし雄治氏が落選すれば、陣営への打撃は計り知れない。「翁長時代」の終焉、そして、「オール沖縄」の終わりの始まりになりかねない

 故翁長氏と城間幹子現市長

故翁長氏は、2014年、普天間の辺野古移設に強く反対して「オール沖縄」陣営を築いた際に、城間副市長(当時)を市長候補に後継指名し、最側近の知念氏を副市長に据える。

城間・知念ラインは、翁長市政を継承したので、「オール沖縄」支持を表明してきたのは自然の流れだったが、積極的に「辺野古反対」を打ち出したわけではない。むしろ、市政への実務的な取り組みを優先してきた

「オール沖縄」と自公の両陣営が特に注目したのは、城間市長の意向だった。同市長は「オール沖縄」の応援を得て2期連続当選を果たしている。同陣営としては、城間氏の翁長ジュニア支持を期待したが、同氏は側近の知念氏を選ぶ

同陣営から「裏切り」批判も出た。しかし、本来、城間市長は保守中道を自称する穏健派だ。「オール沖縄」の革新系への傾斜が、同市長と知念氏を自公側に追いやったとも言える。

 「辺野古問題」に関する両候補の立場

両候補者の大きな違いは、「辺野古問題」の扱いだ。翁長氏は辺野古阻止を叫ぶ。他方、知念氏は玉城デニー氏の立場と県民の意志に理解を示しつつ、辺野古容認派を市長に選んだ名護市民の意見も尊重するとも述べ、この問題とは距離を取る

那覇市民は沖縄県民でもある。「沖縄県民」の立場では「普天間・辺野古」に関心を持つ。だが、普天間のある宜野湾市と名護市辺野古は、那覇市からは遠く、「那覇市民」として、この問題に切迫感を感じる人は少ない。知念氏の立場は、那覇市は問題の当事者ではないので、この問題に過剰にコミットすべきでないということだ。

だが、翁長候補は、「那覇市民」も「沖縄県民」である以上、「辺野古問題」に大いに関わるべきとして、「オール沖縄」としての立場にこだわる。

 知名度と行政能力との戦い

今回の選挙は、知名度と行政能力の戦いでもある。果たして、市民は、この対照的な両候補のうち、どちらを選ぶのであろうか

翁長氏は故翁長氏の次男であるため、人気は抜群だが、市議3年、県議2年と議員任期の途中で辞任している。35歳と若く、行政経験もない。政策研究の蓄積は乏しく、「名門翁長家」の血筋以外に誇れるものはなさそうだ

▲写真 翁長雄治候補 出典:同氏facebookより

一方の知念氏は、生え抜きの市職員であり、行政経験は長い。行政や政府関係者はそのち密さと実行力を高く評価する。反面、選挙戦は初体験であり、知名度でははるかに劣る。地道な実務家であるだけに、大胆なビジョンも提起できていない。城間市長の支持表明は追い風だが、それが知名度の低さと迫力不足を補えるかどうか。

▲写真 知念覚候補 出典:同氏twitterより

 両陣営内の動向

今回の選挙で興味深いのは、知念陣営に、かつて「オール沖縄」を支えた保守系、経済人が多数加わっていることだ。さらに、保守主流に反発してきた下地幹郎氏まで支持を表明し、あたかも保守合同が実現したかのようだ

そこには、勝ち馬に乗ろうとする思惑も見え隠れする。翁長氏の人気は高く、知念氏が勝利するかどうかは予断を許さない。しかし、「オール沖縄」陣営で影響力を増す共産党への警戒感が高まり、保守が合同する機運を作り出したことだけは確かである。

「オール沖縄」の課題の一つは、陣営全体がまとまるかどうかだ。党派間、党派内の対立が多いうえに、我(が)が強い共産党の影響力拡大も加わり、一体感はない。陣営が退潮に直面しているという危機感を、どれだけ共有できるか

 那覇市と東アジア情勢

東アジアに目を向ければ、沖縄を中心とした南西諸島は、軍拡を続ける中国の圧力にさらされている。安全保障上、沖縄の重要性は増している

自衛隊の重要な航空部隊が配置される那覇空港は、那覇市に位置する。那覇市が自衛隊と協力関係を築くのか、それとも「辺野古問題」をめぐって、沖縄県と那覇市が歩調を合わせて国との対決に突き進むのか。有事を想定した訓練などの際には、那覇市の役割が大きいだけに、市長選の結果は重要だ。

トップ写真:那覇市(2022.4.12) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト

1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

目黒博

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