那覇市長選 翁長ジュニアはなぜ負けた
目黒博(ジャーナリスト)
【まとめ】
・那覇市長選では翁長雄治候補が敗退し、「オール沖縄」が7市長選挙で全敗する結果となった。
・「オール沖縄」に属してきた城間幹子那覇市長の支持が知念覚候補の勝因だった。
・革新系と保守系の両陣営は、戦略の立て直しと体制の構築が急務である。
那覇市長選(10月23日投開票)で、翁長雄治候補は、知念覚候補に1万票差(約64,000対54,000)で敗れた。辺野古反対派「オール沖縄」は、今年行われた7市長選挙で全敗し、同陣営の将来を危ぶむ声が出ている。
<城間那覇市長の知念候補支持と「オール沖縄」の内部矛盾>
翁長ジュニアの最大の敗因は、「オール沖縄」に属してきた城間幹子那覇市長が、自公が推薦する前副市長の知念候補を支持したことだ。
同市長が、選挙告示日(10月16日)の知念候補出発式で、同候補の背中を両手で強くたたくように押し、選挙戦に送り出す映像がSNSで流れた。その際、城間氏は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。そこには、城間市長を支えてきた知念氏への感謝と信頼、そして期待と一抹の不安などが入り混じった思いがこもっていたように見える。その一瞬に、城間氏の知念候補支持の固い信念が詰まっている、と感じた人は多いだろう。
▲写真 知念覚候補を送りだす城間幹子那覇市長 出典:金城ツトム沖縄県会議員フェイスブックより
共産党を始めとする革新系市議団が、城間氏を「裏切り」と激しく非難し、市役所に押しかけ、同市長に知念氏支持の撤回を迫った。だが、革新系の強硬な城間市長批判は、むしろ共産党などの硬直した体質を露わにしただけだった。
▲写真 城間幹子那覇市長 出典:那覇市役所HPより
「オール沖縄」は、沖縄自民党の大物であった故翁長氏が、普天間飛行場の辺野古移設反対を共通のスローガンとし、保守と革新双方の妥協をとりつけて、何とかまとめ上げた勢力だ。故翁長氏が繰り返し唱えた「イデオロギーよりアイデンティティ」や「腹八分、腹六分」は、各勢力に対する、自らの政治的主張を抑えてほしい、という強い希望が込められていた。
だが、共産党などは、非妥協的な方針を変えないこともある。国、沖縄県、那覇市、浦添市の4者が合意した那覇軍港の浦添市移設計画に、米軍基地の県内たらい回し、として反対した件は、その典型である。
本来移設反対派だった松本哲治浦添市長が苦渋の決断で歩み寄るなど、複雑な経緯を経て辿り着いた4者合意に反対することは、革新系のイデオロギーを前面に押し出すことになる。それでは、ガラス細工のような協調体制は成り立たない。城間市長から見れば、このような革新系の動きは、「オール沖縄」の本来の姿からかけ離れている。
<自民党の内部対立と非主流保守系の知念氏支持>
一方の自公体制も順調だったわけではない。故翁長氏は、自民党を捨て、共産党などと手を組んだ反逆者である。その故翁長シニアの最側近であった知念氏を自民党が推薦することに、抵抗を感じる党関係者も少なくなかった。
また、保守系には、全体をまとめるリーダーが不在だ。さらに、優秀な人材が活躍できない、自民党組織の悪しき伝統も続く。人材育成を怠ってきたために、今回の選挙で勝てそうな候補は自民党内には見つからず、知念氏を推薦せざるを得なかったのだ。
一方、知念氏陣営は、保守分裂を防ぐために積極的に動いた。城間市長の知念候補支持表明の後押しもあって、様子見だった非主流の保守系が、雪崩を打って知念氏支持を打ち出すことになった。
▲写真 知念覚候補 出典:同氏インスタグラムより
<「オール沖縄」の弱点と知念氏の行政実績>
ところで、なぜ、まだ議員経験も浅い35歳の翁長ジュニアが出馬したのだろうか。知名度が抜群とは言え、余りにも無謀だったのではないか。
実は、陣営内の人材不足もまた深刻だった。主だった保守系や経済人が離脱し、「オール沖縄」は革新色が強まった。しかし、革新系の候補では、幅広い層の支持が得られない。革新系を立てられない以上、保守を自認する翁長氏以外の選択肢はなかったのだ。
革新系が経済政策に弱いことは皆知っていた。だが、コロナ禍でそれが余りにも露わになってしまった。子育てや生活への支援にしても、福祉のバラマキ策しか打ち出せない。革新系に、経済や生活の改善策を期待する人は少ない。
知念氏は、知名度の低さに加えて、スピーチの迫力不足や、魅力的なビジョンを提示できないなどの弱点はあった。とは言え、行政経験が長く、さまざまな局面で業務をこなしてきている。同候補であれば行政を任せられる、と有権者が考えたのであろう。
翁長ジュニアには、若さと「翁長家」の血筋以外に、有権者にアピールする材料はほとんどなかった。議員経験も短かいうえに、行政実績がないことは致命的であった。
今回の選挙で、翁長候補が辺野古移設反対を強調したのに対し、知念候補はこの問題から距離を取った。結果として、那覇市行政に辺野古問題を持ち込もうとする翁長氏と「オール沖縄」の戦略は、市民の支持を得られなかったと言える。
<今後の沖縄政治の展望:両陣営の内輪もめ>
「オール沖縄」は、市長選7連敗を受けて戦略の立て直しを迫られている。だが、反戦平和を基調とする革新政党中心の同陣営に、行政のニーズを把握し、経済政策を含む総合的な政策ビジョンを練り上げることができるだろうか。共産党の影響力が増しているうえに、社民、社大(ローカル政党)、立憲民主も内部対立が激しい。陣営を維持することさえ、容易ではないだろう。
保守系もまた内紛が多い。那覇市議会の自民党会派は、選挙の進め方をめぐって内部対立を抱えていたが、市長選直後に分裂してしまった。さらに、知念氏支持を打ち出した非主流保守系グループと自民党県連との関係も良好ではない。利権をめぐる思惑、故翁長氏との関係の濃淡など、火種は多い。
沖縄の自公陣営は、市長選には連勝したが、参院選と知事選では敗北を喫している。保守系全体をまとめるリーダーも理念も存在しない。大型選挙に勝利できる体制を構築できるかどうか。
「オール沖縄」と保守系の両陣営が漂流する状態が続いている。観光は立ち直りの気配を見せてはいるが、格差を生み出す産業構造の歪み、地域差などは手つかずのままだ。中国では習近平独裁体制が一挙に強化され、東アジアに不穏な空気が流れる。沖縄の政界、経済界、有識者たちが、危機感をもって、困難な状況を切り開く、具体的なビジョンを提示できるかどうかが問われている。
トップ写真:翁長雄治候補 出典:同氏フェイスブックより
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この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト
1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。