無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/12/6

金正恩、人民生活向上でまたも空手形


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金正恩氏が昨年末に言及した食糧難解決は空手形となった。

・人民愛を叫んで着工した病院建設はいつの間にかプロパガンダから消滅した。

・農場幹部らは処罰を逃れるために虚偽申告の準備を進めていたが、当局はホラ防止法で処分した。

 

昨年末、北朝鮮の金正恩総書記は党第8期第4回中央委員会総会で、2022年の基本課題を「5カ年計画遂行の確固たる保証を構築し、国家の発展と人民生活ではっきりとした改変を成し遂げ、祖国の歴史に栄光に輝く一ページを記すことである」と語り、各分野の課題を数字抜きで提示した。

そして、特には食衣住問題の解決で画期的な前進を遂げなければならないとして、2022年の中心課題は「コロナ防疫」と「食糧難解決」のための農業に力を集中することだと力説した。金総書記はこの総会の報告で農業と農村という言葉を143回も言及した。

反社会主義、非社会主義との闘争や軍事力強化についても強調したが、2022年の主要目標はあくまで経済、特には農業と食糧問題の解決だと位置づけていたのである。

金正恩2022年も食糧問題解決で空手形

しかし金正恩の農業と食糧問題解決の公約は空手形だった。農繁期を前にした干ばつと豪雨、特には4月末からの新型コロナ感染者の急拡大は、農業に甚大な打撃を与えたが、これらの対策には資金投入を行わず、食料生産がまたもや目標を下回わり国民生活の疲弊は加速した

韓国デイリーNKが定期的に行っている北朝鮮市場物価調査によると、11月27日基準で平壌の米価格は1kg6000ウォンと調査された。 新義州(シニジュ)と恵山(ヘサン)でも米価格が6000ウォン台を超えた不足分を輸入で埋めようとしたために為替レートも上昇している。

11月末の市場米価格が1kg6000ウォンを超えたのは、2012年以降10年ぶりとなる。 2012年11月には、水害や国際食糧支援の減少などで、前年1kg1000~2000ウォン台だった米価格が6000ウォン台まで急騰したことがあるが、今回の価格上昇はそれ以来のことである。

金正恩は大規模な温室農場と平壌で進めた住宅建設を大々的に宣伝することで、なんとか「人民愛」を示そうとしたが、それは大部分の住民の思いからはかけ離れたものだった。金正恩が「人民愛」を叫んで着工した「平壌総合病院」建設に至っては、コロナウイルスが蔓延する中ですら言及されず、いつの間にか北朝鮮のプロパガンダから消えていた。

金正恩は、こうした失政を覆い隠すために、ロシアのウクライナ侵略や米中対立の激化を利用する政策に切り替え、韓国における尹政権の登場と米韓合同軍事演習の復活を猛烈に批判して南北対立を煽った。特に年後半からは、核先制攻撃を法制化した上でのミサイル乱射に明け暮れ、主目標とした農業と「食糧難解決」の失敗を米韓に対する挑発行為で覆い隠した。

疲弊が進む農村

北朝鮮では、10月末までに全国的に収穫が終わり、現在は脱穀などの作業が行われているが(地域によってはそれらの作業も終えた)、農民の表情は非常に暗いという。一部では共同農場の生産物を盗み取る事態まで発生しているとのことだ。両江(ヤンガン)道では、食料にするために「じゃがいもの皮」まで集めて糧にしている状態だ。

平安北道(ピョンアンブクト)のある住民は、ラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に対して、「各協同農場で脱穀が終わろうとしているが、作況が悪く、軍糧米(軍に納める穀物)と国家計画分(ノルマ)を納めると、4人家族の場合で半年分の食糧しか残らない。農民も農場幹部も暗い表情を浮かべている」と伝えた。

営農資材の不足や相次ぐ自然災害による不作だが、国はそれらに対する対策や資金投入を行わず責任を下級幹部に転嫁しており、農場幹部の総和(総括)を行う計画を立てている。その対象になる幹部らはいま、処罰を逃れるために報告をごまかす手はずを整えるために奔走しているという。

金正恩の農業対策は「ホラ防止法

北朝鮮当局はこうした状況になることを見越して、蔓延する虚偽報告への対策をすでに準備していた。それが、最高人民会議常務委員会が531日に採択した「ホラ防止法」だ。

韓国の国家情報院が入手した法律の条文によると、この「ホラ」の定義は「功名心、利己心、責任回避など古ぼけた思想に染まり、自らの部門、単位(職場)の実態を虚偽報告し、国の政策執行と人民生活に厳重な害毒を与える結果をもたらす反国家的、反人民的行為」(第2条)と規定されている。

黄海南道(ファンヘナムド)の韓国デイリーNK内部情報筋は、道内でこの法が適用されたと思われる事例として、穀物生産の模範として評価されていた載寧(チェリョン)郡と安岳(アナク)郡の某協同農場管理委員長が、最近行われた検察所による検閲(監査)で、生産量を虚偽報告していたとして摘発されたと伝えてきた。

農場は、その年の農業に必要な営農資材などの購入のために借金をして、収穫の一部を返済に充てるのだが、摘発された委員長らの虚偽報告の手法は、この返済分までを成果に含めるというものだったという。

その背景には、コロナ鎖国による食糧難で、もはや働く気力が残っていない農民が増える中、労働力を確保して生産量を保つために「バレないように適量を持っていけ」と、国が厳しく禁じる穀物の横領を黙認することなどがあったとされている。

2人の農場管理委員長に下された処分は「革命化(下放)」だ。こうした処罰は、通常中央や地方の高位幹部に下されるものだが、農場の委員長に革命化処分が下されたのは異例のことだという。農場管理委員長たちへの処罰は、時が経てば呼び戻される高位幹部の「革命化」とは異なり、他の地域の平農場員として左遷されたまま元いた場所には一生戻れないものだ。

こうした処罰について内部情報筋は「虚偽報告を処罰するなら、わが国(北朝鮮)の幹部の9割以上が処罰されなければならなくなる」として、農場のみならず、虚偽報告が国のすべての部門で蔓延していると述べた。

人民生活向上の空手形乱発で「ホラ防止法」の適用を真っ先に受けなければならないのは、この法律を作った金正恩自身なのだが、彼はその責任をすべて下級幹部に押し付け、「偉大な首領様」に収まるプロパガンダをさらに強化している。

トップ写真:韓国ソウルの鉄道駅で北朝鮮の金正恩委員長のファイル画像を表示するテレビ放送を見る人々(2022.6.5) 出典:Photo By Chung Sung-Jun/getty images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."