官邸の稚拙なリスクマネジメント
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・総理秘書官が問題発言で4日、更迭された。
・オフレコ発言だが、内容が問題され、各新聞テレビが報じた結果。
・マスコミはオフレコだろうが報道するもの。それを肝に銘じることだ。
総理秘書官が4日、更迭された。なんでもLGBTに関しての差別的な発言が問題視されたという。ニュースを聞いていてあれ?と思った方もおられるだろう。
「オフレコの取材の中で・・」と言う部分だ。「オフレコ」なのになんでそれが報じられてるの?と疑問に思う人がいてもおかしくない。ニュースは不親切なのでその疑問に答えてはくれない。
官邸には大手マスコミの記者が常駐している。テレビの東京キー局や全国紙、ブロック紙、通信社などの記者だ。彼らは総理だけでなく、官邸に出入りする政治家や民間人に加え、官邸幹部から情報を取るのが仕事である。
よく総理大臣に向かって、「総理!おはようございます!」とか、「総理、~についてどう思いますか!」とか叫んでいるのが彼らだ。俗に総理番という。またぶら下がり会見(一人の相手に複数の社の記者が囲んでインタビューする形式。マイクは幹事社の記者が束ねて持つ)の周りに群がっているのも官邸に常駐している記者たちだ。
オンレコ(on the record)とオフレコ(off the record)の違いは、前者が公表を前提としているのに対し、後者は公表されないことが前提となっている。なぜオフレコ取材が存在するかというと、情報提供者が記者に情報を伝えやすくするためだ。匿名が前提となるので、政策決定や政権運営の背景などが入手しやすくなる。
オフレコなのにこうして報じられてしまうのはルール違反ではないか、と思う人もいるかもしれないが、過去、オフレコ発言が世の中に出たことは枚挙に暇が無い。マスコミとは、その発言がニュース性があると判断すれば、報じるものなのだ。
したがって、私が危機管理の話をするとき必ず言うことがある。それは、「取材にオフレコは存在しないものと思え」ということだ。マスコミのこうした習性を知っている老獪な政治家などは、「オフレコだけど・・・」と枕詞を言ってわざわざマスコミに書かせることもあるくらいだ。マスコミ側も知っていて書くわけだ。持ちつ持たれつとはこのことだろう。
話を某秘書官に戻すと、なんでも広報担当だったという。官僚に広報を担当させてはいけない。なにせ、自分で取材したことがないわけだから、マスコミの記者の習性などわかろうはずもない。いや、わかっていたつもりなのかもしれないが、普段付き合っている記者らがオフレコ発言を鬼の首を取ったかのごとく報じるとは夢にも思わなかったのかもしれない。
もともと記者側は、総理の発言の真意を探ろうということだったのだろうが、某氏は自分の意見(しかも差別的な本音)を記者に開陳してどうするのか。わざわざ格好のネタを提供してしまったわけで、危機管理的にはバツである。全国放送で繰り返し放送される事態になっているわけだから。自分のキャリアにマイナスなだけでなく、政権にもダメージを与えてしまった。
正解は、余計なことは一切言わない。もしくは、「総理の意図はご本人が言った通りです」くらいだろう。
記者はどんな手を使ってでもネタを取ろうとする。油断は禁物だ。自分の番記者(担当記者)だからといって気を許してはいけない。番記者があなたを褒めそやしたり、ライバルの情報をこっそり耳打ちしてくれたりするのは、あくまでネタが欲しいからである。それを忘れて、軽口をたたいたり、リップサービスをすればとんでもないやけどをする。今回その好例がはからずも世に出た、ということだ。取材をされる側の方はくれぐれもご用心を。それと、官邸は危機管理スタッフの人選を再考した方がいいと思う。老婆心ながら申し添えておく。
トップ写真:岸田文雄首相 2023年2月4日 東京・首相官邸
出典:首相官邸
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。