スパイ気球 中国国内で割れる意見
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#6」
2023年2月6-12日
【まとめ】
・米軍が撃墜した気球が中国政府全体で考え抜いた対米諜報戦とは到底思えない。
・中国側が何故報復しないのか。中国国内の意見が割れているためだと疑っている。
・中国政府内に「アメリカはけしからん」と思っている軍と、対米関係を改善したいと望む勢力が併存している、と推測する。
おっと、先週はすっかり原稿を完成して送ったつもりになっていたが、何と全く送っていなかったことに今ようやく気付いた。もう認知症なのか。
やや旧聞に属するが、今回は米空軍が撃墜した高高度スパイ気球を取り上げる。実際に米軍は既に4回も気球を撃墜しているのだから。これら全てが中国製という訳ではないだろうが・・・。
もう一つ気になったのが、日本のマスコミの「オフレコ破り」である。先週は政務の総理秘書官の閣僚への「お土産購入」問題を取り上げたが、今回は事務の総理秘書官のLGBTQ+関連「オフレコ発言」が「オフレコではなくなった」話が日本で大ニュースになっている。これも筆者には、よく分からないニュースである。
まずはスパイ気球から。
米本土上空を飛行し米軍が撃墜した中国のスパイ気球は、中国軍内で宇宙やサイバー戦を担当する戦略支援部隊が管轄し運用に関わっていたらしい。中国軍は気球の米本土侵入を中国の外交部にも報告しておらず、最高指導部は部門間の意思疎通の改善を指示したと報じられている。
やっぱりね、そもそも人民解放軍が外交部に知らせる訳はない。また、中国は民間気象研究用飛行船だと主張するが、筆者の疑問は米中双方に多々ある。例えば、米側はこれを「情報収集用」だとするが、今はかなり詳しい内容が衛星写真で見れるし、電波情報を取るにしてもあんな気球で良い情報が取れるとは思えないのだ。
それなのに、なぜあのようなタイミングで気球をアメリカに送ったのか。ブリンケン国務長官が中国に行くことは決まっていたはずだ。撃墜直後に中国側は報復を匂わせていたが、結局そのような措置は取っていないし、取れるわけもない。そう考えると、今回の気球が中国政府全体で考え抜いた対米諜報戦とは到底思えないのである。
百歩譲って中国側が言うように、気球が間違って飛んで行ったとしても、大型バス3台分くらいの大きな機材をぶら下げているのだから、軍が管理している気球であることは間違いなかろう。残骸を回収して詳しく調べれば、あの気球が軍事用であることが明らかになるはずだ。
最後は中国側が何故報復しないかだが、筆者は中国国内の意見が割れているためだと疑っている。わざとブリンケン訪中直前に気球を送りながら、中国が一切報復をしないとなると、中国政府内に「アメリカはけしからん」と思っている軍と、何とか対米関係を改善したいと望む勢力が併存している、という推測が成り立つのである。
この中国のスパイ気球については産経新聞のコラムでも取り上げたので御一読願いたいが、正直言って筆者も良く分からない。穿った見方はできるが、敢えて同コラムに書いたのは、2020年代の中国が1930年代の日本に似ており、日本の軍部のような対米関係改善を快く思わない向きが今の中国にもいる、という仮説である。
もう一つの「オフレコ破り」については、素晴らしい論考がある。元国連広報担当事務次長を務めた赤阪清隆大使の毎日新聞に対する批判的小論だ。要点のみ引用するのでご一読願いたい。
●毎日新聞のオンライン記事では、「岸田政権の中枢で政策立案にかかわる首相秘書官がこうした人権意識を持っていることは重大な問題だと判断した。ただし、(首相秘書官を)実名で報じることは、オフレコという取材対象と記者との約束を破ることになるため、毎日新聞は(首相秘書官に)実名で報道する旨を事前に伝えたうえで、3日午後11時前に記事をニュースサイトに掲載した」と記しています。
●ここで疑問がわきます。毎日新聞からの事前通報に、首相秘書官がどう応じたのかが説明されていません。毎日新聞は、実名で報道する旨を首相秘書官に伝えたということですが、オフレコを解除することについて首相秘書官が同意したとは書かれていません。同秘書官が、同意しなかった、あるいは返答する機会を与えられなかったのであれば、毎日新聞は「オフレコ破り」をしたことになります。そうではなくて、首相秘書官がオフレコを解除することに同意したのであれば、「オフレコ破り」にはなりません。
●仮に、今回のケースが、「オフレコ破り」だったとして、さて議論は、「オフレコであっても、その発言内容が社会的に重大な意味合いを有しており、オフレコを破ることが、より大きな公益にプラスとなる場合はオフレコ破りが許されるのか?」という問題につながります。私自身は、これまで長い間内外のメディアと接してきて、この議論は、国際的には通用しないと思います。
実は筆者も個人的に似たような経験を持っているのだが、この続きは2月13日の週の外交カレンダーに書くことにしよう。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:中国のスパイ気球と疑われるものを撃墜し回収する米海軍(2023年2月10日)出典:Photo by Ryan Seelbach/U.S. Navy via Getty Images